If小説「LOVERSサクライロ編」② 〜インターネットが繋がらなくなった世界。大切な人と繋がれる場所を探して〜
今、唐突にネット回線が途絶えたら、その時あなたは……?
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第2話:外側のコンパスに頼る者、心のコンパスを信じる者
<さくら>
周囲の人々が混乱の渦に飲まれているというのに、吹く春風はただ静かに、そして穏やかに私の頬をなでた。風に含まれる、懐かしい薫り。それは、私たちの生活拠点である福岡のアトリエ兼集い場「ワライバ」を思い起こさせた。
急ぎ通り抜ける人が私にぶつかりながら去っていく。その時、かばんにつけていたお守りの鈴がチリンと鳴った。香椎宮で購入したお守りだ。思わず握りしめる。
(仲哀天皇と神功皇后。お二人の絆が永遠であるように、私たちも「魂」で繋がっている……。)
私は何度か深呼吸をしたあと、比較的人の少ない場所に移動してしゃがみ込み、スケッチブックを広げた。沈みゆく夕日を浴びながら「心の風景」を紙に表現する。
描いたのは、凪ぐ湖とオレンジ色の夕日、そこに吹く、リオンくんの弾くピアノの旋律のような風。携帯用に持ち歩いている数少ない色鉛筆を重ね合わせ、複雑な色味を再現する。
通りゆく人々は、絵を描く私など見向きもしない。氣づいたとしても不審者を見るような眼差しを投げて去っていく。
彼らに向かって心の中でつぶやく。あなたたちは「誰」と向き合っているの? と。たとえ通信網が途絶えても、大切な人の肉体そのものが消滅したわけじゃない。なのにみんな、通信機能が死んだ黒い板とにらめっこしている。まるで、手に持った「それ」が愛する人であるかのように。
携帯端末はただの「ツール」に過ぎないことを思い出す必要がある。現実を冷静に見つめ、落ち着いて行動するために必要なこと。それは、こんなふうに一度、心を「凪」の状態にすること。
私の周りだけが、まるで時が止まったかのように静かだ。見上げた西の空には、月。
――迷子になったときは夜空を見上げてごらん? 金色の月と流れ星が交差する場所が、僕らの待ち合わせ場所だ。
ふいに、リオンくんの言っていた言葉が蘇った。
スケッチブックを片付けて腰を上げる。金色の月の下、心のコンパスを信じて歩き始める。
<リオン>
会場の外はますます混乱し、スタッフに詰め寄るファンが続出している。今にも暴徒化しそうな人々はもはや従順な聴衆などではなく、クスリの切れた薬物中毒者のようにウロウロしている。
「あぁ、もう……! じっとしてらんないよ!」
不穏な空氣と、人々の放つ不安と焦りに満ちたエネルギーに耐えられなくなったおれは仲間に指示をする。
「ホールを開放しよう。チケットを持ってる持ってないは関係ない。おれたちはただ、自分たちの音楽を聴いてもらいたいだけ。そうだろう? だったら、聴きたいやつには入ってもらえばいい。おれたちの音楽を聴けば、どんなに苛立った人も心穏やかになる。せめて、おれたちの周りだけでも “聖域” にしようよ」
おれの言葉に反応した仲間たちはうなずき合い、困惑するスタッフを押しのけてホールの扉を開け放った。聴衆が一氣になだれ込み、会場は一瞬にして満員になる。
しかし、待たされた苛立ちや疲労感のある人々は騒然としている。そこでおれの出番だ。再びピアノの前に座って音を爆発させるように弾くと、聴衆の耳は一斉にステージに向き、おとなしくなった。
会場がしんと静まり返ったところで一人、グランドピアノを弾き鳴らす。普段なら、ユニット『サクライロ』のパートナーであるさくらがおれの横で即興絵を描いてくれるが、今日は単独コンサート。でも、魂の片割れである彼女はいつもおれの胸の中に、魂に寄り添っている。
打ち合わせにはない、唐突に始まったおれの独壇場。だが、どういうわけか照明スタッフがステージ上のおれだけにスポットライトを当てるという、粋なはからいをしてくれた。おかげで、月明かりの下、湖畔脇に置かれたピアノを弾いているかのような静謐な空間が生まれる。
あれだけ騒いでいた聴衆も今ではすっかりおれのピアノに釘づけだ。そう、こうやって音楽に浸れば、心は落ち着きを取り戻す。会場の外がどんなに混乱していようとも。
心ゆくまで弾いたおれは、喝采の拍手を浴びながらステージを降りた。
「あとはサザン☓BBのギター演奏に譲るよ。お客さんをとことん楽しませてやって」
「お前はどうするの? さくらさんと合流するにしても、外はいまだ、ネット回線が復旧してないぜ?」
兄貴が、立ち去ろうとするおれの背中に声を投げた。けれど、おれの足は止まらない。
「そんなもんには頼らない。だって、おれとさくらは魂で繋がってるんだから。地球の裏側にいたって瞬時に逢えるのさ」
返す言葉も見つからないほど呆れ返る兄貴たちを尻目に会場をあとにする。
会場を一歩出ると、視線を向ける先を見失った人々が右往左往していた。その姿はまるで磁氣の狂ったコンパスのようだ。
そんな彼らを哀れに思いながら空を見上げる。暮れかかる夕焼け空にぽつんと浮かぶ月。そして、唐突に吹き抜ける春風が運んできた「魂の故郷」の薫り。それらがさくらの居場所を教えてくれる。
“透明なピアノ”で、脳内に流れはじめた旋律を奏でる。無音のそれは、金色の帯となって意識の波に乗り、魂の片割れのもとに向かう。おれは、魂の赴くままに足を動かしはじめた。
思いつきで、「もしたった今、インターネットが繋がらなくなってしまったら?」という世界線で物語を書いてみたくなり、氣の向くままに執筆しています。
あなたには、「心のコンパス」がありますか? このような状況に陥っても、心を保つ方法がありますか? 是非コメントをお寄せください(*^_^*)
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