小説「LOVERS」新時代のきらぼし編②絵を描き、ピアノを奏でるのは、笑いあえる世界を取り戻したいだけ
<第一話・あらすじ>
「その停電は、仕組まれたものだった――」
世界をAIで支配しようとする海外組織によって、電力を奪われた日本。停電から1年が経ち、人々の不満と怒りが爆発寸前を迎える一方で、芸術家の聖地『ワライバ』では、分かち合うことで、電氣がなくても生きていくことができている。
そこで暮らすアーティスト、ピアニスト・リオンと画家のさくらは、「救世主」として生まれた愛娘・冬月の成長を暖かく見守りながら創作活動をしていた。
そこへ、突如として現れた黒ずくめの女が、穏やかな彼らの日常を脅かす。危機を察した冬月の「天使の笑顔」と、リオンの紡ぐ優しいピアノの音色に女は退散するが、それは古い世界との戦いの幕開けに過ぎなかった――。
<リオン> ラジオから流れる『偽物』のピアノ曲
「聞いてリオンくん。今日はなんと、冬月ちゃんが喋ったのよ!」
さくらたちを取り巻く不穏な空氣を感じ、それを払うようにピアノを弾いた。直後、アトリエにやってきた彼女が何を言ったかと言えば、不審者の報告ではなく我が子の成長である。その柔和な表情にホッと胸をなでおろす。
「冬月の成長はほんとに早いな。まるでかぐや姫だ。……姫、わたくしめの膝でピアノを弾いてみませんか?」
かしこまって冬月を抱きかかえ、膝の上に座らせる。
「ほら、こうやって弾くんだよ」
鍵盤に小さな手を導くと、冬月は笑いながら指を動かし始めた。
その指使いは、ピアノを習い始めたばかりの三歳児と言ってもおかしくない動きだった。もちろん、てんでバラバラの音ではある。だが、確実に素養はある。プロのピアニストであるおれが言うんだから間違いない。
「姫は生まれながらのピアニストですね。今から練習を始めれば、1歳を迎える頃にはきっとステージに立てるでしょう」
少しだけ大げさに言うと、冬月は理解しているかのようにポロンとピアノを鳴らした。
その響きを聴いた瞬間、とてつもないエネルギーを感じて身震いした。純粋無垢な冬月が奏でるピアノ。その音が放つ圧倒的な「光」は、彼女の微笑みにも匹敵する力があった。
(この子は本当に「救世主」として世界を救いに来てる。そうでもなければ、急成長したり、いきなりピアノが弾けたりするはずがない。本氣でおれたちと共創して、この世界を変えようとしてるんだ……。)
さくらもそれを感じたのだろう。冬月を暖かく見守りながらも、どこか緊張感をはらんだ表情をしている。
「……この子の才能に目をつけられなきゃいいけど」
母親としての直感か、さくらがつぶやいた。
「……そう言えばさっき、誰か来てた?」
冬月の話題から離れ、先程の “違和感” について尋ねると、彼女は何かを思い出したように体を震わせた。
「黒ずくめの女性が訪ねてきてね、こんな名刺をもらったの」
「……『再生エネルギー推進事業委員会』?」
「ワライバで電氣を不正利用してるんじゃないかって疑われて。調査したいって言われたんだけど、その瞬間に冬月ちゃんが笑顔を振りまいて助けてくれて……」
「そういうことだったのか」
とうとう魔の手がここ『ワライバ』に伸びてきたようだ。表向きは『電氣の不正利用調査』などと言っているようだが、おそらく彼らの目的は “おれたちの排除”。ここの存在を知った人たちが集い、既存の電氣なしで楽しく暮らすことを、『サクライロ』の芸術で人々が癒やされるのを、彼らは良しとしない。なぜなら、自分たちの作り出したシステムに依存させることでおれたちを支配し、コントロールしたいからだ。
◇◇◇
香府と名乗る女が『冬月対策』をして再びワライバに乗り込んでくるかもしれない。そう予想して尋ね人に目を光らせていたが、相手はより大胆な行動に打って出てくる――。
その日は本降りの雨。ワライバに出入りする多くの人が室内でくつろぎ、かろうじて運営されているラジオ放送に耳を傾けていた。そこから流れる音楽を聴くのが今の人々の小さな楽しみ。たとえ馴染みのない曲でも、音楽というだけで人々はこの「電氣のない世界」で生きる力をもらうことができるのだ。
少し前までなら、ラジオ局にリクエストを送り、お氣に入りの曲を流してもらうこともできた。しかし、通信手段を絶たれた今の人々は、ラジオ局が選んだ曲や情報を受け身で聴くしかない。
パーソナリティーが明るい調子で次の曲名を告げる。
『続いての曲は、皆さんよくご存知のあのユニット、『サクライロ』の音村リオンさんが奏でるピアノ曲です――』
それを聴いた誰もが身を乗り出し、椅子から立ち上がりかけた。が、曲が流れ出した瞬間に違和感を覚え、全員が腰を下ろした。一番驚愕しているのは、他でもないおれ自身だ。
「なんだよ、これ……」
流れてきたのは、おれの曲を模した全くの別物。これはおそらく、AIでアレンジしたものだろう。
「こんな、魂の籠もっていない『ただの音』を、音村リオンの曲だと言って全国放送するなんて……」
憤りを通り越して悲しくなった。膝の上の冬月も怒ってるみたいにブーブー唇を震わせている。
「香府って人の仕業かもしれない……」
青ざめた顔でいうさくらを見てハッとする。
(そうか……。ワライバに踏み入れれば、また「愛のエネルギー」にアテられてしまう。けど、こうやって間接的に攻撃すれば、自分の手を汚さずに済む……。)
まかりなりにもおれたちは、音楽事務所「ゆうび奏社」に属するプロのアーティスト。卑怯だと糾弾し、訴えるのが正攻法だが、そんなことをすれば相手の思うつぼ。所詮はその程度のアーティストだと言われるのは目に見えている。
「さくら。あっちがこないなら、こっちも遠隔で対抗してやろうぜ。何委員会か知らないけど、本物の芸術を見せつけてさ、くたびれた連中の心を癒やしてやろう」
「本物の芸術を見せつける、って言っても……。ピアノは持ち運べないでしょう?」
「エネルギーだけ、本拠地に飛ばせばいいのさ。博多の駅前でライブした時、兄貴のクリスタルギターに電氣を送ったみたいに」
<さくら> 人々に笑顔の火を灯すための『光の絵』
エネルギーを飛ばす――。
それを別の言葉に置き換えるなら、彼の弾くピアノの「心地よい音」で聴く者の心や意識を調律する。そのような意味合いになる。
ひとたび彼がピアノを弾けば、その音は遠く離れた場所にいる人にも好影響を及ぼす。彼が天才ピアニストと言われる所以はそこだ。
まだ冬月ちゃんがお腹にいる昨秋に博多駅前で行ったライブで、告知なしにもかかわらず大勢の人が集まったのも彼の能力のおかげだ。東京から社長貸与のプライベートジェットで駆けつけてくれた彼の兄、ユージンさんのエレキギターとリオンくんのピアノ、そして私の即興画から放たれた癒やしのエネルギーで、あの日は多くの人が幸福なひとときを過ごしたのだった。
ピアノを介してときおり神と交信できるリオンくん曰く、電氣が制限されているのは、海外のとある組織が我が国の電氣を吸い上げているからだ、と。
わずかばかりの電氣でなんとか命をつないでいる私達を尻目に、特定の組織や国だけが得をする。そんなことが許されるのか……。すべての人が安心して暮らすにはどうすればいいかを、一人ひとりが考えられたら世界はすぐに良くなるのに……。
私はワライバにある神棚に向かって手を合わせた。
「神さま……。どうか私たちに、みんなを守るための力をお与えください……」
熱心に祈っていると、頭の中に一つのイメージが降りてきた。慌ててアトリエに戻り、白いキャンバスの前に立ってイメージを描き下ろす。

無心になって描いたのは、宇宙空間に出現した扉のようなイメージ。描き終えた頃に、冬月ちゃんを抱いたリオンくんがアトリエに入ってくる。絵を見た彼はすぐに大きな声を上げる。
「さくら、それ! 使えるよ!」
「使える……?」
「うん。さっきの話の続き。おれが弾くピアノのエネルギーを飛ばすってやつ。あれを、さくらの絵を介してやるんだ。そうすりゃ、ピアノを動かす必要も、おれたちが移動する必要もない」
「……絵を、マイクとスピーカーにするってこと?」
「そゆこと」
あまりにも突飛な案。
「……リオンくんならともかく、私の絵でできるかな?」
「できるって! なぁ、冬月?」
彼が娘に声を掛けると、彼女は両手を上げてキャッキャと笑った。
「ほぉら、冬月も同意してる。……考えてみてくれよ。さくらの絵のほとんどはここにあるかもしれない。だけど、本当に魂を通わせた人には譲ってきただろう? 例えば、関東にある本家の『ワライバ』とか」
「あっ……」
「そう。おれが、さくらの絵を通して音を伝えようと意図しながらピアノを弾けば、きっとさくらの他の絵に共鳴しておれの奏でるピアノの音が聴こえる。おれは、そう信じるよ。大丈夫。だっておれたちは『光の創造主』だぜ? なんだってできるさ」
ちょうど一年前、神さまから直接、私たちの使命をそのように仰せつかったリオンくんは自信たっぷりに言った。ちょっぴり自信がない私が返事に困っていると、心の中に冬月ちゃんの声が聞こえてくる。
――パパのいうとおり。ママの絵には特別な力があるんだから大丈夫。ふづきちゃんも力を貸すから、やってみようよ!
救世主としてこの世に生まれた彼女から直々のメッセージをもらっては、やらないわけにはいかない。
「うん、そうだね。この世界のために芸術を捧げる、それが私たちの使命なんだもんね」
改めて、いま描き上げたばかりの絵を見る。中央から放たれる圧倒的な光をみているうちに、この絵なら音を転送する装置として機能するかもしれないと思いはじめる。
「私、手紙を書くわ。私の絵を持っているすべての人に。そしてこの計画を伝える。この国に、電氣と人々の笑顔を取り戻すために」
「さっすが、魂のパートナー。理解が早いぜ」
「まま、しゅごーい!」
喜ぶリオンくんに抱かれた冬月ちゃんが、声に出して「すごい」と私を褒めてくれた。
「えー?! また、おしゃべりが上手になって! すごいのは冬月ちゃんの方よ!」
「あぁ、ほんとにすごいぜ。だってまだ、五ヶ月だろう? 冬月、次はパパって言ってごらん? ……って、言わせようとしても言わないんだよなぁ!」
顔を見合わせ、三人で笑う。この、魂を共鳴しあえる時間が何よりも尊い。半径1メートルの、小さな幸せをこれ以上奪われないためにも、芸術を差し出し続けようと胸に誓った。
第三話はこちらから
新時代の綺羅星編の前作に当たる「星の欠片編」はこちら
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