小説「LOVERS」新時代のきらぼし編③七夕の夜に、穏やかな日常が戻りますようにと願いを込めて
<前回のあらすじ>
音楽事務所「ゆうび奏社」に属するアーティストであるリオンのピアノ曲が、無許可かつノイズを感じさせる音に編集され、ラジオから流れてきた。先日ワライバにやってきた黒ずくめの女が属する組織の仕業に違いなかった。
プロのアーティストとしての誇りを傷つけられたリオンは、さくらが福岡のアトリエで描いた絵と、過去に描いた絵をマイクとスピーカーの代わりにして、「本物の音」を敵陣に響かせようと提案する。それを聞いたさくらは、魂の絵を譲ったすべての人に手紙を送ることを決める。
<ユージンからの手紙>
『さくらさんへ
ワライバのマスター大津理人さんからの依頼で、音村祐仁が代筆しています。以下、伝言内容です。
手紙に書いてあった計画(さくらさんの絵をスピーカー代わりに、リオンくんのピアノの音を鳴らす)の件、了解です。『サクライロ』の想いは、関東の『ワライバ』がたしかに承りました。計画が実行される日に向けて、さくらさんから譲り受けた絵の額を今から磨いておきます。当日を楽しみにしています。
***
ここからは私的な伝達になります。
ご質問にあったサザン☓BBのメンバーは、全員ピンピンしていますので安心してください。オレに限って言えば、リオンがピアノのエネルギーを注入してくれたクリスタルギターを弾いているおかげか、メンバーの誰よりも元気に、そして以前にもましてソロ演奏に熱が入っています。それを聴いた人たちも「元気が出る」と喜んでくれます。
7月15日。姪っ子である冬月のハーフバースデーに当たるその日を、最高にアーティスティックな日にしましょう。芸術家であるオレたちの手で電気を取り戻し、人々を笑顔にするため、オレたちも東京で「ライブ」します。
追伸:
再生エネルギー推進事業委員会について調べたところ、奇しくもゆうび奏社の近くに拠点があることが判明しました。ライブ当日はさくらさんの絵を事務所に配し、リオンのピアノ生演奏とオレたちサザン☓BBのセッションを直接聴かせる計画を立てています。
音村祐仁』
<さくら> 星に願いを〜手書きに思いを込めて〜
リオンくんの兄であるユージンさんからそんな手紙が届いたのは、私が手紙を郵送してから半月ほどが経った日の夕刻。ちょうどワライバのみんなで、「七夕まつりでもして氣持ちだけでも明るくなろう」と話していたときのことだった。
郵便配達員から手渡しで受け取ったそれは、まさに人と人とのエネルギー交換。しかもその手紙の文章は、無機質な印刷物ではなく、ユージンさんがペンを握って書いた直筆。角張っていながらも、一つひとつ丁寧に書かれた文字からは、彼の優しさと思いが伝わってくるのだった。

暮れかかる夕焼け空は、世界がどんな状況になろうとも変わらずに、いや、電氣が止まって工場が稼働していない分、以前よりも澄みきってみえる。チラホラと輝き出した星、あるいは流れ星に願いをかければ、この先の見えない不安からも開放されるのではないか。ワライバに集うアーティストでさえ、そんなことを口々に言いながら、芸術を支えに今日も生きている。
***
ワライバそばの湖畔から笹を取ってきて玄関に飾る。そこに、願い事を書いた短冊や星などの飾りを吊るしていく。私たちは、氣休めや夏の行事の一つだとは一切思っていない。真面目に願い事を書き、それが叶う未来を思い描いている。念や言霊の力を私たちは信じているのだ。

ろうそくもつけず、星あかりを楽しむ夜。一等星のベガとアルタイルはすぐに見つかった。
織姫と彦星は、年に一度の再会の場で、一体どんな愛の言葉を交わすのだろう。想像を膨らませていると、アトリエからリオンくんの弾く『キラキラ星』が聞こえてきた。
(うん、きっと織姫と彦星は、この音色のように美しい声で、純粋な想いを伝えあっているに違いないわ。)
目を瞑って聞き入っていると、
「まま! おほししゃま!」
すっかりおしゃべり上手になった冬月ちゃんが空を指差して言った。目をやると、まるでシャワーのようにたくさんの星が流れ落ちているではないか。
(きっと、冬月ちゃんが天の神様にお願いして降らしてくれたんだわ。ありがとう……。)
こんなにたくさんの流れ星は見たことがない! 皆は驚きながらも慌てて願い事を口にする。だが、ここの人たちの願いは一つ。
みんなが心穏やかに過ごせる日常が戻りますように――。
それ以外に、何を願うというのか。
***
冬月ちゃんが腕から下りたがったのでおろしてやると、彼女はニコニコしながらアトリエに向かっていった。きっとピアノを弾くリオンくんのもとに行きたいのだろう。その後ろ姿を見送った私は、みんなが集うワライバに足を向けた。
室内にいる人たちは、ラジオ放送を楽しんでいた。そこからはメジャーなアーティストの曲が流れ続けている。だが、以前は「心地よい」と感じたそれも、今では何故か心をざわつかせるノイズとして耳に届く。電氣を搾取する海外組織の日本支社であろう、『再生エネルギー推進事業委員会』が関わって、ラジオで放送する音楽にノイズを混ぜ、人々をより不安にさせようとしているのではないか……。そう思うのは、私の考えすぎだろうか。
その時、クリアに聞こえていたラジオに雑音が入った。そばにいた人が本体を叩く。
「最近、よく音が途切れるなぁ! こいつもいよいよ寿命か? それとも電池が尽き始めてるのか……?」
そう言いながらつまみをいじり始めるも、調子は良くならない。そのうちに諦めて電源をオフにすると、近くにいる人同士、誘い合っておしゃべりを始めた。
一連の様子を見た私は直感する。これはラジオの寿命なんかじゃない……。完全に電氣が使えなくなる前触れだ、と。
もし、本当にそんな日が来たら、人々はどんな行動に出るだろう?
完全に娯楽を失った人々の中には、パニックに陷る人もいるかもしれない。生きる氣力をなくし、絶望のどん底に突き落とされる人もいるにちがいない。だが、そんなときこそ芸術家の出番。
指先や体全体を動かすことによって生み出される作品には、生命エネルギーがたっぷりと注がれている。そのエネルギーを受け取れば、「本当に大切なものは何か」「生かされていることの意味は何か」「本当の愛とはなにか」を考え、行動に移すことができるはず。
外から受け取るだけではなく、「何もできない自分」の殻を破り、「なにか出来るかもしれない」と自分を奮い立たせること。それができた時、私たちは次のステージに進むことが出来ると信じている。

You are never powerless. Within you lies infinite potential and divine power.
<リオン> 7月15日、娘のハーフバースデーと重なる奇跡
こんな夜は星々の声がよく聞こえる。それを感じ取って指先から鍵盤を通し、音に変換する。星の輝く様子を「キラキラ」と表現するが、それを音にすると本当に「キラキラ」して聴こえるから不思議だ。
みんなからすれば、音村リオンのピアノソロコンサートを楽しむ夜。でも、おれにとっては宇宙と一体になって、全身全霊で「音」になる夜。
ピアノを弾くアトリエにはさくらの描いた絵が何枚もある。もしかしたらこのピアノの音色は、さくらが事前に手紙を送っている絵の持ち主にも届いているかもしれない。それはそれで構わない。
計画を実行する日は、7月15日。渾身の願いを込めて弾くピアノには、もちろん相当のエネルギーがこもるだろうが、こんなふうに、ただ落ちてくる音が絵を介して届くときもきっと、聴いた人の心は穏やかになるに違いないから。
氣持ちよく、一曲演奏し終えたところで冬月がやってきた。生後六ヶ月にも満たないというのに、もうよちよちと歩くようになったのだから驚きだ。無論、おれたちには分かっている。この混沌とした世界、そして命をすり減らしながらなんとか生きている人々を救うためには、一般的な子供の成長速度では間に合わない。それほどまでに世界はもう、待ったなしの状況だということ。
「どうした、冬月」
声を掛けると、彼女は抱っこをせがんだ。
「ピアノが弾きたいのかな?」
抱き上げて膝の上に乗せると、冬月は嬉しそうに鍵盤に指をおいた。
半月前に初めて弾かせたときから才能があると直感し、それ以来、彼女の氣が向いたときには弾かせるようにしてきた。が、その習熟度は常軌を逸している。ピアノ演奏を聴いただけでは、誰も生後六ヶ月未満の赤ちゃんが弾いているとは思いもしないだろう。あの時は冗談まじりに言ったが、本当に一歳を迎える頃にはステージに立てるんじゃないかと思い始めている。
ふと、いいアイデアが浮かぶ。
「……『サクライロ』の本物の芸術を敵陣にお見舞いしてやろうと思ってたけど、冬月が弾く純粋な音色も届けたいな」
この音が日本中に届けばきっと、どんな卑屈な人間の心も愛で満たされる。だって冬月は “ここにいるだけ” で、その “笑顔だけ” で、あらゆる人を許し、肯定してしまう力を持っているんだぜ? これだけ弾けるなら、一歳どころか生後六ヶ月でステージデビューさせてもいいんじゃなかろうか。
「今度、パパとママがやる『ライブ』に、冬月も参加してみる?』
問いかけると、冬月はキャッキャと喜び、舌足らずに答える。
「らぁぶ! らぁぶ! ちゃんもしたい!」
「そっかそっか。ライブしたいか。それでこそ、おれたちの子。救世主だ。……じゃあさ、この曲、練習しようか」
そう言って、さっきまで奏でていた『キラキラ星』を弾いて聴かせる。すると、一回ですぐに覚え、同じように弾き始めた。そこに、おれがアレンジを加えて連弾する。そこへ、さくらがやってくる。
「リオンくんの即興演奏にしては素直な音だなと思ったら……。冬月ちゃん、もうそんなに弾けるようになったの?」
「今、一回弾いて聴かせただけでこれだぜ? 今度のハーフバースデー・ライブで冬月をステージデビューさせようかと思ってさ」
「それはいい考えね! そうそう。今しがた、七夕まつりに来てくれた県の職員さんにライブの話をしたら、15日は博多祇園山笠の最終日だから、そこで生演奏しませんか? って提案してくれて。奇しくも去年の秋に博多駅前でライブしたとき、ピアノの手配をしてくれた方みたいで。いま返事をくれれば、すぐにでも動きますって言われたので、相談に来たの」
「祭りの日にライブ!」
その提案を聴いた瞬間、細胞が震えた。
「最高じゃん、それ。ここで弾くより絶対そっちのほうがいいよ! で、ここにある絵を駅前に運んで、かつライブペイントもするだろう? そりゃあものすごいエネルギーが動くぜ? やろう、駅前ライブ!」
「分かった。それじゃあ職員さんに伝えておくね」
さくらもワクワクしているのだろう。満面の笑みを浮かべ、軽やかな足取りでアトリエを出ていった。
以前だったら、「こんな時に祭りなんて……」という意見も出ただろう。だが、こんなときだからこそ、自分たちにできる精一杯のことをして人々を笑顔にしたいというのが、生き残った人たちの切なる願い。
そうでなくても、九州の人は生命エネルギーにあふれている。その、内側から湧いてくるエネルギーを祭りで発散したいという人は多い。交通手段が限られているから、ワライバからは氣軽にいけなくなってしまったが、伝え聞いた話によれば、電氣が制限されている状況下でも、出来る限りの手を尽くして街を盛り上げようと知恵を絞り、例年通りの日程で行っているという。
そんな情熱的な人たちとライブをするなんて、考えただけでワクワクする。
「『サクライロ』史上、最高のライブにするだけじゃない。冬月のハーフバースデーと、この国の再生を祝う宇宙一最高の日にしようぜ」
膝の上の冬月を後ろから抱きしめる。おれの想いに応えるように、彼女はピアノをポロンと鳴らした。
第四話はこちらから
新時代の綺羅星きらぼし編の前作に当たる「星の欠片編」はこちら
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