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小説「LOVERS」星の欠片編⑦ 人々の心に明かりを灯す「救世主」の産声と、苺の愛


 ここに生まれた奇跡、生きている喜び、そして生かされていることの意味。それは、みずみずしい苺のような愛でもあり、聖母の慈悲の笑みでもあり、愛と調和の世界を、自らが存在することによって創り出していくことでもある。この星で生きるのは苦しいけれど、その苦しみを乗り越えることができた時、人は本当の自由と愛を手にすることができるんだ。




<リオン> 光の創造主たちが起こした「奇跡」


 博多駅前でのライブのあと、不思議なことに街の灯りが戻った。わずかではあるが、数カ月ぶりに電氣が使えるようになったのだ。この現象は、おれのピアノに命を吹き込まれたクリスタルギターを鳴らす兄貴の周辺、関東圏でも起こっているという。

 みんなはこれを見て「奇跡が起きた」と言い、おれたちを崇め奉った。しかし、おれたちに言わせればその「奇跡」は、起こるべくして起きたこと。なぜなら、おれたちは光の創造主アーティストとしての役目を果たしただけだし、さくらのお腹の中にいる赤ちゃん、「冬月ふづき」にいたっては、存在しているだけで世界を救う「救世主」だからだ。

 もちろん、そんなことは公然とは言わない。寒さが本格化する前に、ほんの少し電氣が使えるようになった。それがどれだけ人々の心の支えになったことか。小さな暖房を囲んで人々が笑顔を見せる。それを見守ることでおれたちも幸せになれる。それで充分じゃないか。


◇◇◇


 寒さが厳しくなりつつあるここ、福岡の田舎町で初めて年を越した。さくらのお腹はいよいよ大きくなり、いつ生まれてもおかしくないほどに膨れ上がっている。

「ほんとに風船みたいだよね。でも大丈夫。ぱちんと破裂したりはしないわ」
 ハラハラしているおれに対し、さくらは平然としている。これまで以上に聖母の風格を表す彼女が愛おしい。

 妊娠の報告を聞いた時には、子供のいる生活がさくらの芸術性をしぼませてしまうのではないかと心配した。けれど今の彼女を見れば、それは杞憂に終わりそうだ。

 敬愛するさくらのために、そしてこれから生まれてくる我が子のために今日もピアノを弾く。かじかむ手に息を吹きかけながら。




<さくら> 沢山の愛に支えられて産み落とす、新しい命


 結局、超音波検査を受ける機会がなかったので、未だ性別は分かっていない。しかし、私もリオンくんも、お腹の中の子が夢に出てきた女の子であることを確信し、ずっと「冬月ふづき」と呼びかけ続けている。周囲の人達はそんな私たちを見て「すでに腕の中にいる赤ちゃんに話しかけているみたいね」と笑う。生まれる前の赤ちゃんには何も理解できないのに、と言わんばかりに。

 しかし、私たちは、何ヶ月も前からこの子に最大限の敬意を表している。だってこの子は、誰がなんと言おうとも神様が私たちに贈ってくれた「星の欠片」であり「救世主」なのだから。


◇◇◇


 私はその日、一枚の絵を描いた。お腹の中にいる赤ちゃんを彷彿とさせるような、あたたかみのある絵。それは、リオンくんのピアノ演奏を聴いているときに、ふと降りてきたイメージを形にしたものでもあった。




「さくらはほんと、おれが音で表現する世界観を見事に絵にしてくれるよなぁ。おれ今、まさに冬月のことを想いながら弾いてたんだ」

「うん。私も冬月ちゃんの胎動を感じながら描いた。もしかしたら、もう生まれるかもしれない。出産予定日は1月30日だけど、そんな氣がするの」

 医師も、早く生まれる可能性は充分あると言っていた。そのくらい、順調に育っている。

「リオンくんのピアノの音が、この子の成長を促しているに違いないわ」

「それもあるだろうけど、やっぱりさくらの内側から湧く創作のエネルギーが冬月に良い影響を与えてるんじゃないかなぁ?」

「うん、きっと両方ね」
 描きあげた絵に満足し、少し離れたところから眺める。まるで、その絵を見て喜んでいるかのようにお腹が「ボコボコ」っと動く。冬月ちゃんも氣に入ってくれたのだと思うと余計に嬉しくなる。

「いつ出てきても大丈夫だからね。私たち、待ってるからね」
 そう声をかけたからだろうか。その晩、本当に陣痛が始まった。


***


 私たちが車をもっていないことを伝えると、一人の親切な看護師が、産婦人科医院からワライバまで車を走らせ、私を迎えに来てくれた。定期的にやってくる陣痛に苦しむ私を見た看護師は、助手席に座った私の手を何度も握ってくれた。そのたびに礼を言うと彼女は、「困った時はお互い様。こんなご時世だもの。みんなで助け合いましょうね」と言って微笑んだ。

 その笑みに励まされ、なんとか医院にたどり着く。陣痛の合間を縫って分娩室に向かう。 

 分娩室にはわずかばかりの明かりが灯っていた。その、ほの暗さがかえって神性な空間を作り出す。「救世主」が降臨する場にふさわしい、凛とした空氣感が漂う。

 しかし、そんなことを考える余裕があったのは、ほんのわずか。陣痛の間隔が短くなってくると、痛みに耐えることしかできなくなる。早くこの時間が過ぎてほしいと、そればかりを願い始める。

 そんなとき、ここにはいないリオンくんが、アトリエで弾いているであろうピアノの音が脳内で鳴り響く。彼は、そばで出産を見守るよりも、ピアノを奏でることで私を支えることを選んだ。

 細胞レベルで一つになった私たちはいまや、どれだけ離れていても互いを感じることができる。たとえこのような状況であっても、彼の強い想いはもちろんのこと、その指先から奏でられるピアノの旋律さえ、彼の細胞の振動を通して私に伝わる。もしかしたら、私が感じているこの痛みも彼に伝わっているかもしれない。

「音村さーん、赤ちゃんの頭、見えましたよ! もうちょっと、頑張って!」

 看護師さんの声がうっすらと聞こえ、反射的に全身に力を込める。何度も励まされ、そのたびにいきんで……を繰り返す。それも限界に達したとき、元氣な産声が聞こえた。

 その産声は、私がイメージしていた赤ちゃんのそれとは全く違った。まるで天使が吹き鳴らすラッパのような、美しくも目が覚めるような声。私は、出産の喜びよりもその「産声の神々しさ」に涙が溢れた。

 よくみれば、赤ちゃんを取り上げた医師や看護師も涙している。
「あぁ……。こんな赤ちゃん、今まで見たことがない。こんな産声も聞いたことがない」
 医師たちは口々にそのような言葉を漏らしながらも、赤ちゃんを私の顔のそばにつれてきてくれた。

「可愛い女の赤ちゃんが生まれましたよ。おめでとうございます」

「あぁ……」
 そのあまりの神々しさに言葉を失った。生まれてきてくれてありがとう、とか、可愛いとか、そんな言葉をかけてあげたいと思っていたのに、いざ彼女を前にしたら、そんな言葉は似つかわしくないと感じる私がいた。

 私はその姿を前に、ただただ涙を流すことしかできなかった。




<リオン> 存在しているだけで愛と調和の世界を作り出す我が子をこの腕に抱く


 アトリエにいながらにして、冬月の産声を聞いた氣がした。普通に考えれば、隣でもない産婦人科医院で生まれた赤子の声が聴こえるはずもない。おまけにその声らしきものは、この世のものとは思えないほど美しい音色だったのだから尚更だ。

 けれども、おれは確信していた。それが、冬月がこの世に誕生した合図だということを。

 連絡を待たずとも、おれはすぐさま医院に駆けつけた。まだ夜が明けきらない暗闇の中、全速力で自転車を漕ぎながら。

 肩で息をしながら医院の夜間窓口を叩き、来院の経緯を伝える。すると看護師は驚いた様子で「すごいタイミングですね。ほんの少し前に生まれたばかりですよ!」と言ってすぐにおれをさくらの待つ部屋に通してくれた。

 おれが部屋に入った時、ちょうど窓から朝日が差し込み、室内を明るく照らし出した。そこに浮かび上がる、さくらと生まれたばかりの赤ちゃん。その姿は、宗教画に描かれた聖母子像そのものだった。

 その、あまりの神々しさに、息をすることさえ忘れそうになった。だが、さくらの微笑みによって呼吸を取り戻し、そっとそばに歩み寄る。

「おめでとう」

「無事に女の子が生まれたよ。リオンくんのピアノに励まされて」

「おれは何もしてないよ。……二人とも元氣そうで良かった。っていうか、ちっちゃいなぁ」
 生まれたばかりの赤ちゃんは、想像以上に小さかった。

「抱っこしてあげて」
 さくらが冬月を差し出したので、恐る恐るこの腕に抱く。

 ほとんど重さを感じないその体はしかし、とてつもないエネルギーを秘めていると直感した。神はこの子のことを、赤子の姿で生まれても決して無力な存在だと軽んじてはいけないと言った。うん、抱いただけで分かる。この子は、ただ者じゃないって。

 そんなことを思っていると、腕の中の赤ちゃんが大あくびをした。普通の赤ちゃんと何ら変わらないしぐさに、自然と笑みが溢れる。

「……冬月って、顔してる」
 片腕に抱き、空いた方の手で頬をつんつんする。その頬の柔らかさとあったかさを感じた瞬間、この命は絶対に守らなければいけないという、親としての責任感を抱く。

「一緒に、この世界を良くしていこうな……」
 まだ表情をもたないはずの冬月が、かすかに微笑んだように見えた。その笑みは、おれを取り巻く空間を鈴の音のように優しく震わせる。

 1月15日。予定より半月ばかり早く、冬月が誕生したこの日を、おれは一生忘れない。


🔊楽曲「Strawberry Love」



5月5日、こどもの日に贈る、子供の命に思いを馳せる物語。
いかがでしたか? 今日はぜひ、あなたの身近にいるお子さんを
かわいがってあげてくださいね🥰

第8話「最終話:愛と調和の世界で鳴り響く天使の祝福」はこちら


↓ 第1話から読みたい方はこちら ↓


↓ 二人が福岡で「ワライバ」を作り上げるまでのお話。

前作「LOVERS」サクライロ編はこちら ↓


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