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小説「LOVERS」星の欠片編⑥ 光輝く魂のセッション「ダイアモンドリズム」


福岡の、とある田舎町。畑やのどかな自然が溢れる場所にある「ワライバ」は、表現者たちがそれぞれの才能や得意を持ち寄ることで成り立つ、アーティスティックな場所。これは、そこに住むピアニストのリオンと画家のさくらが織りなす、愛と創造の物語――。




<さくら> 生まれる前から周囲を笑顔にする、お腹の中の「救世主」


 6月のある朝――彗星が太陽系をかすめ通った日――に起きた停電は、いまだ復旧していない。そのうちに暑い夏がやってきて、都心部の人々は、焼け付く太陽の日差しに命をすり減らしていると風のうわさに聞いた。

 医療現場での影響はさらに深刻で、入院患者を抱える総合病院などでは生命維持ができない状態に陥っているという。

 私が通う産婦人科医院も例外ではないが、ここの医師は、健康な妊産婦、乳児のためならばと、これまでの経験を活かし、精密機器に頼らず、触診や問診で診察を続けている。

「これまでの医療が続けられなくなった時、急に思い出したんですよ。私が医者になろうと思ったのは、病院を大きくすることでも、褒めそやされることでもなく、人間の生命の神秘を体験したかったからだと。それは、最新機器を用いなくてもできる。今回のことで氣付かされました。……あぁ、急にこんなことを言って申し訳ない。音村さんの赤ちゃんを診察していると、自分に正直になれる。なぜなんでしょうね?」

 医師は、聞いてもいないことを自ら話してくれた。隣にいるリオンくんと目配せし、微笑み合う。私たちにはその答えが分かっている。なぜかって、この子は天から遣わされた救世主だから。もちろん、そんなことを言っても目の前の医師は信じてくれないだろう。でも、それが真実だ。

 医師は本題に戻る。
「8月17日。今日でちょうど5ヶ月ですね。経過は順調です。そろそろはっきりと胎動を感じ始める頃ですから、どのくらい赤ちゃんが動いたか、日々、こちらの用紙に記録しておいてください」

 胎動の記録、という冊子を受け取った私は、待合室に戻って椅子に腰掛けた。その時、お腹が急にこそばゆくなった。

「あ、いま、赤ちゃんが動いた」
 初めての感覚。でも、これは赤ちゃんの動きだと確信する。 

「え、ほんと?」

「うん。ほら、また動いた」

「お腹、触らせてよ。おれも感じたい。……あ、ほんとだ!」
 リオンくんは初めて感じた胎動に大はしゃぎだ。その無邪氣さに思わず笑みが溢れる。

 妊娠5ヶ月というタイミングでいま、胎動をはっきりと感じ、パートナーであるリオンくんと感動を分かち合えた。これは、妊娠してからの、一番の喜びと言えよう。

「きっと、早く生まれたいよって、お腹の壁を蹴飛ばしているのね。私も早く会いたいな」

「おれも早く抱っこしたいよ。いや……抱っこしたいなんて、神様に対して失礼だったかな。とにかく、一緒に創作できる日が楽しみだ」

 こんな私たちを見守る看護師さんたちも微笑んでいる。この笑顔の循環はお腹に宿った我が子がくれたものに違いない。生まれてくる前からこの子はすでに世界を救っている……。そんなふうに思わずにはいられなかった。

「……ねぇ、リオンくん。以前、次のライブについての話が出たけど、そろそろ安定期に入ってきたし、これから涼しい季節になっていくから、ライブするならこの秋のうちに……って思うんだけど、どう?」

 つわりももう感じなくなっている。順調に育っているなら、ライブという大きな舞台に立っても問題はないだろう。

「っていうか、この子と一緒にステージに立ちたいんだよね。今みたいにきっと、この子がいるだけでライブ会場の空氣も変わると思うから」
 真の理由を告げるとリオンくんは、「それ、名案!」と満面の笑みで答えた。

「さくらの体調に問題がないなら、おれはいつでもオッケーだよ。救世主『冬月ふづき』の力をこれでもかってくらいに感じさせてやろうぜ。もっとも、電氣が止まってるこの状況下でのライブがどんな感じになるかわからないけど、とりあえず社長に相談してみよう」

 



<リオン> クリスタル輝く、光のセッション


 東京にある音楽事務所、「ゆうび奏社そうしゃ」の社長にはすでに、さくらが妊娠したことを伝えてある。以前、福岡でおこなったライブを見に来てくれた際、「収益を上げることは考えなくていい。自由にパフォーマンスしなさい」と言ってくれた社長だ。今回のライブの話も「無理のない範囲で」と最大限の配慮を示してくれた。

 ちなみにライブの相談は、音声通話ではなく「衛星直接通信」と呼ばれる、電氣なし、ネットなしでも宇宙経由でテキストが送信できる通信網を使っておこなった。もっとも、おれの持っているスマホがギリギリ対応機種だったことと、誰かがワライバに持ち込んだソーラーバッテリーでスマホの充電ができたことなど、様々な条件が揃ったからこそ出来た「奇跡の通信」だ。

 ワライバの湖畔脇にある小さなベンチに腰掛けながらテキストメールのやり取りを終えたおれは、ふと星空を見上げた。街の灯りが消えたままの空は、どこまでも遠くの星々を映し出してくれる。その輝きはまるでダイアモンドのようだ。

 この輝きを曲に落とし込みたい衝動に駆られる。しかし、ただ美しい旋律を奏でるだけでは物足りない。せっかくライブをするのだから、新しいことにも挑戦したい。加えて、おそらくこれは、さくらの出産前の最後のライブになる。思い出に残るステージにしたかった。

 いつものピアノと絵のパフォーマンスに彩りを添えてくれそうな楽器をイメージした時、真っ先に思いついたのがエレキギター。おれのこの、溢れんばかりの情熱を表現するなら、ピアノではなくだんぜん、あの電子音がいい。

 おれの意図を理解し、最大限活かしてくれそうな共演者は、兄貴である音村祐仁おとむらゆうじんしか思いつかなかった。彼は、おれと同じ音楽事務所に属するエレキギタリスト。おれとさくらのライブパフォーマンスユニット「サクライロ」のバック演奏者としてその名を連ねる人物でもある。この頃はエレキの腕も随分磨いたようで、東京を中心に活動しているバンド、サザン☓BBビービーではソロ演奏を披露しているらしい。その評判はここ、福岡の田舎町にまで届いている。

(声をかけてみるか……。)

 停電しっぱなしの世界で、あえてエレキ奏者と共演する。それは、とても贅沢で斬新な試みに思えた。


◇◇◇


 常識的に考えれば不可能に思えることも、今のおれたちは神風に後押しされている。停電が続き、電車網が全滅していても、「ゆうび奏社わがしゃ」社長、西森有理沙にしもりありさ氏の所有するプライベートジェットは飛べる。

 頼み込むまでもなく「サクライロのためなら」と、社長は快く兄貴を派遣してくれた。プライベートジェットは、ワライバのある集落から少し離れた、すすきの茂る原っぱに無事、着地した。

「ようこそ、福岡のワライバへ」

 仰々しく兄貴を迎える。初フライトを楽しんだのだろう、彼はまるで大物俳優のように片手を上げると、優雅に大地に降り立った。

「東京とは大違いだな。まだ残暑が厳しい時期だってのに、こんなにも涼しいなんて。いいところに居を構えたなぁ」

 直後、兄貴はすぐさくらに声を掛ける。
「妊娠、おめでとうございます。赤ちゃん、順調に育ってますか? 今日はみんなの代表として東京から駆けつけました。お祝いもたくさん預かってます」

「ありがとう、ユージンさん。赤ちゃんはとっても元氣にしています。明日のライブは、赤ちゃん共々楽しみにしています。……長旅でお疲れでしょう? 今日はゆっくり過ごしてくださいね」

「ゆっくり? いやいや、今日は明日のライブのためにひたすら最終調整っすよ」
 生真面目な兄貴は、早速持参したギターをケースから取り出した。

「うわぁ……」
 その美しい輝きに思わずため息が漏れ、顔を近づける。
「どうしたの、このエレキ」

「いいだろう? クリスタルでできてる、この世に一本しかないエレキだぜ? 次のライブに間に合うように注文してたんだけど、ちょうど数日前に手元に届いてさ。せっかくだから『サクライロ』のライブでお披露目しようと思って持ってきたんだ」

「クリスタル?! なんでまた……」

「前にお前、言ってなかったっけ? クリスタル素材は音をよく響かせるって。ほら、少し前のライブで弾いたクリスタル製のピアノ。あの音がずっと耳の奥に残ってるのもあってさ」

 兄貴の記憶の中にあるという “それ” は、サクライロを結成してから一度だけ、東京の大ホールを借りた際に弾くことを許された特別なピアノだ。たしかにあの音は、グランドピアノとは一味違う、きらびやかな響きだった。

「だからって、エレキをクリスタル製にするとは、兄貴も大胆なことするなぁ」

「『サクライロ』がどんどん進化してくのを見てたら、オレも頑張らなきゃって氣持ちにさせられる。……オレたちだって、東京の人たちを癒やしたり笑顔にしたりしたいって思ってるし、そのために何ができるだろうかって、常日頃考えてる。これはその一つだよ。……早速弾いてやろうか」

 兄貴は、飛行機で持参した蓄電器とアンプにエレキを繋ぐと、早速音を鳴らし始めた。

 クリスタル製のエレキから鳴り響く音は、未だかつて聞いたことのない美しさだった。電子音とは思えない、クリアなサウンド。けれどもエレキらしい力強さもある。加えて、兄貴の卓越した技巧が見るものを圧倒させる。情熱的なサウンドが周囲の空氣を活性化させ、そこら辺の草木さえも喜んでいるのが分かった。やはり、今の兄貴ならおれがやりたいライブに彩りを添えてくれると確信する。

「なぁ、兄貴。それ一式持って、おれのアトリエに来てくれよ。一緒に弾こうぜ。なんか、すごくいい刺激を受けちゃった。明日はこれまで誰も聞いたことのないセッションがしたい」

「もちろん。こっちもそのつもりで単独で乗り込んでんだ。普段、みんなといるときにはできないような、ぶっ飛んだことをしようぜ!」


◇◇◇


 久々に遅くまで語り合い、迎えたライブ当日は、前日までの残暑が嘘のようにひんやりと秋めいている。寒露の候、芸術の秋にふさわしい、抜けるような青空。その下の、博多駅前におれたちはいる。

 『サクライロ』のライブパフォーマンスは、今ではすっかり受け入れられている。市に「ライブがしたい」と申し出ればすぐに許可が降り、ピアノの手配をしてくれるからありがたい。もっとも、市がすぐに動いてくれる背景には、電氣が途絶えた街を活氣づけてほしいとの思いもあるのだろう。

 電氣が使えないため、印刷機でのチラシ作りやネットでの告知は一切できない。それでも、こうして駅前でライブの準備をしていれば自然と人が集まってくるから不思議だ。

「さぁ、始めようぜ! 『サクライロ』の、最高のパフォーマンスを!」
 準備が整った兄貴は一人、先にテンションマックスでそう叫び、勝手に演奏を始めた。


🔊楽曲「ダイアモンドリズム」


 その演奏は本当に情熱的で、おれの細胞を心底震わせる。

 いつの間にこんなに腕を上げたのだろう。そのパーカッシブなカッティングによる演奏は、聴く者の脳にリズムを刻み込み、一氣に惹きつけられる。自然と体が、指が動き出し、そのギター演奏にピアノの音を重ねたい衝動に駆られる。

 おれの「弾きたい」を見抜いたのか、兄貴がいう。
「分かってるよ。主役はあくまでもリオンのピアノだってことくらい。大丈夫、お前の演奏が一番引き立つ演奏をする。だって今日のオレは、『サクライロ』のバック演奏者だからな。お前だって、それが分かってるからオレを指名してくれたんだろう?」

 ニヤリと笑う兄貴が、今日は本当にかっこよく、輝いて見えた。

(負けてらんねぇ……!)

 情熱に火をつけられたおれは、兄貴と目配せをして呼吸を合わせると、そのギター演奏に合わせてピアノを弾き始めた。




<さくら> クリスタルを満たす「光のエネルギー」と『サクライロ』の力


 これまでのサクライロのライブではありえないそのサウンドは、かつて所属していたバンド「サザン☓BBビービー」を思い起こさせる力強さがあった。このごろのユージンさんが、ソロ演奏で人氣を博しているという噂がホンモノだったことを肌で感じる。

 私の筆もキャンバスの上を踊るように走る。情熱の赤。ダイアモンドの硬質感を思わせる青。そしてきらびやかな光をゴールドで表現する。

 告知なしとは思えない群衆が私たちを取り囲み、リズムを刻む。

 静と動、熱と氷の融合。その相反するものを掛け合わせることができるのは、この二人が幼い頃から魂を共鳴させてきたからに違いない。加えて、それぞれが別々の場所で己を高め、こうして再会を果たした瞬間にまた互いを刺激し合うことで、今まさに、リアルタイムで二人の能力が高まっていく。

 ところが、ライブが最高潮に達した時、突然エレキギターの音が消えた。空間を支配していた電子音が人々のどよめきに変わる。

 ユージンさんが、蓄電器の前でぼやく。
「やべっ、電池が枯渇した……。のっけから、飛ばしすぎたかな……」
 見れば確かに、電池の残量が「ゼロ」になっている。
「わりぃな、リオン、さくらさん。今日のライブはここまでってことで……」

「鳴るよ、絶対に。ライブはまだ、終わらない」
 頭を抱えるユージンさんに向かってそう言ったのはリオンくん。彼はピアノを弾く手を止めずにいう。

「兄貴のその、クリスタル製のエレキを見た瞬間に『できる』って確信してた。おれの弾くピアノなら、音を電氣に変換できる。クリスタルに、貯められる。だから、続けよう。ライブを」

「お前、何、言ってんの……? そんなこと、できるわけが……」

「できる」
 その言葉の直後、リオンくんの指先がにわかに光り始め、ダイアモンドの粒子のような輝きが、クリスタル製のエレキギターに吸い込まれていった。これには、ユージンさんも口をあんぐり開けて驚いている。

「嘘だろ……?」
 つぶやきながらもギターに手を伸ばしたユージンさんは、恐る恐る弦を爪弾いた。さっきまでの音もクリスタル製独特の澄みきった美しさがあったが、今度はそれとも異なる、まるでハープのような音が一帯に鳴り響く。

「ほんとに、鳴ったよ……」
 ユージンさんは驚きを隠せない様子だ。

「お前は、子供の頃から不思議な力を持ってると感じていたけど、こんなことまでできるようになったとはな……」

「たしかにこれはおれの能力の一つかもしれない。だけど、きっかけをくれたのは兄貴のクリスタルギターとその演奏だよ。そのどれか一つでも欠けていたら、こんなことはできなかった。条件が揃った今だからこそ、実現できたんだ」

 リオンくんがピアノを弾くあいだ、光のエネルギーはずっとエレキギターに流れ続けている。輝きを増すギターが、早く音を鳴らしたいと言わんばかりに光り、明滅を繰り返す。

 もう一度音を鳴らしたユージンさんは、力強く「これなら、いける」と宣言する。

「音が鳴ればこっちのもん! ライブ、再開だ! リオン、さくらさん! 準備はいい?」

 その掛け声に二人してうなずくと、ユージンさんはさっきよりもずっとエネルギッシュなサウンドを鳴らし始めた。聴衆も一氣に活氣を取り戻す。一瞬にして、駅前がさながら、大ホールのライブ会場と化す。
 
 ユージンさんの、メロディーを口ずさめるソロ演奏はしかし、リオンくんのピアノの旋律を決して邪魔しない。互いに補い合い、誰も聞いたことのない音が、誰も体験したことのない空間を作り出す。

「なんだか、魔法の国に迷い込んでしまったかのよう……。とっても心地いいわ」
 どこからか、そんな言葉が聞こえてきた。

 確かに、ここはもはや、誰もが知る博多駅前ではない。彼らの演奏、お腹の中にいる “救世主我が子” 、そして私の描く絵から放たれるエネルギーによって、全く別の時空間に創り変えられている。これは、創造主たる『サクライロ』だからこそ、成し得た世界。

 時間にしてわずか30分。しかし永遠の至福を感じるライブだった。

(親子三人での初ライブ、大成功だったね。)
 すべてが終わった時、そんな声が聞こえた氣がした。

「今の、冬月ふづきちゃん……?」
 お腹の子に語りかけると、そうだよと言わんばかりに胎動を感じた。




第7話「人々の心に明かりを灯す『救世主』の産声と、苺の愛」はこちら


↓ 第1話から読みたい方はこちら ↓


↓ 二人が福岡で「ワライバ」を作り上げるまでのお話。

前作「LOVERS」サクライロ編はこちら ↓


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