小説「LOVERS」星の欠片編⑤ 愛にあふれる、新しい世界〜天空の城のLOVERS〜
<さくら> 電氣がなくても、太陽の光さえあれば生きていける
彗星を見送り、朝日を出迎えた丘を下る。その足取りは軽く、まるで背中に翼が生えたようだった。
それだけではない。地上と丘とをつなぐ、なんの変哲もないはずの石階段が、私の目には光の道に見えはじめたのだ。
私の目がおかしくなったのかと思い、隣りにいるリオンくんに確かめてみる。
「さくら、それ、正解」
しかし彼は、私の問いにそう答えた。
「おれの目にも同じように見えるよ。うん、これは行きに登った石の階段じゃない。神からのメッセージを受信したおれたちは、あの瞬間に光の創造主として生まれ変わったのさ」
「……私、今ものすごく体が軽くなったように感じるんだけど、もしかして本当に、背中に翼が生えてたりする?」
「あはは。さくらがそう感じるなら、きっと生えてるよ。強く願えば大空だって飛べるんじゃないかな?」
「ええっ?! それはさすがに無理でしょう!」
「無理なことはないさ。さっきの神様の言葉、聞いただろう? おれたちは新しい時代を創る創造主。そして、さくらのお腹に宿った子は救世主だ、って。空を飛んでも全然不思議じゃないよ。……おれが先に飛ぼうか?」
そう言うなり、彼はものすごい勢いで光の道を下り始めた。その後ろを、私はゆっくりと降りていく。
***
丘を降りきった場所に広がるのは、いつもの見慣れた湖畔の風景のはずだった。しかし、その全てが違って見えた。
いや、見えているものは全く同じ――芒種(6月6日頃)を過ぎ、青々とした若葉が揺れる田畑。そこに燦々と降り注ぐ太陽の光。渡る爽やかな風。澄み切った青空。その中を飛ぶ鳥――。だが、それらは皆、溢れんばかりの生命力を放ち、瑞々しく、そして神々しくそこに存在していた。
一度アトリエ兼ワライバに戻り、室内の照明をつける。が、やはり停電しているのか、明かりはつかなかった。
「氣にすることはないさ。ほら、おひさまがこんなにも明るく照らしてくれてんだ。人工の照明なんていらないよ。……あ、おれ今、いい曲が降りてきた」
彼は急ぎ足でアトリエに向かい、早速ピアノを弾き始めた。それは、明け方に見た彗星の輝きを感じさせる響き。それでいて、朝日を思わせる温かみもあった。その音に身を委ねていると、自然と全身がほんわかと、あったかくなる。
「あぁ、私も絵が描きたくなってきた」
彼のピアノ演奏を聴くと、大抵私も筆を走らせたくなる。すぐに新しいキャンバスをイーゼルに立て、感じるままに絵の具をとって描画していく。
***
絵を描き終え、二階の自室に向かった私は、今日の素晴らしい出来事や感じたことを書き留めておこうと日記帳に向かった。もう、長いことこうして手書きで日々の感情を書き残している。振り返って読むことはあまりないけれど、時々見返してみると、当時の記憶が蘇り、懐かしくも切ない氣持ちになる。私の人生は大抵、苦悩と切なさでできているから。
一通り綴ったところで階下から声がする。
「さくらー。お客さんだよ。さくらの絵を見せてほしいって」
ここ、ワライバには時折、私の絵を見たいという人がふらりとやってくる。売ったり絵の依頼を受けたりすることはないが、観覧は自由に出来るよう、いくつかの絵を集い場であるワライバ内に展示している。
「はーい、今行きます」
返事をし、急ぎ降りていく。
「だめだよ、さくら。ここの階段は急なんだから。万に一つ、足を滑らせたら大変だぜ?」
いつもの調子で駆け下りると、その先で待っていたリオンくんに注意された。
「お腹の赤ちゃんのことも考えないと」
「もう、リオンくんは心配性だなぁ。まだお腹は大きくないんだから、大丈夫だって……。ほら、私は一人で大丈夫だから、リオンくんは自分の部屋にでも行ってて」
赤ちゃんがいる、と言うだけで接し方を変えられる。それがちょっと悲しくてぶっきらぼうに彼を二階の部屋に押しやる。
「……分かった。それじゃ、おれは二階でおとなしくしてるよ」
私の態度が変わったのを察してか、彼はすぐに階段を上がっていった。
<リオン> さくらの想いを音に〜🔊楽曲「天空の城のLOVERS」〜
普段どおり接すればいいものを、妊婦というだけで過剰にその身を案じてしまう自分に苛立ちを覚えた。敏感なさくらは多分、今のおれの発言に傷ついたに違いない。後でフォローを入れなければ。
おれの自室は二階にある。さくらと別にしてあるのは、それぞれのプライバシーを守るためだ。普段は決して無断で入ることはない。なのに、足を踏み入れてしまったのは、彼女の部屋のドアが開けっ放しだったこと、そして窓から吹き込む風のせいで室内の紙類が飛ばされるのを見て、衝動的に体が動いてしまったためだ。
飛ばされた紙は、そのほとんどがデッサンだった。庭に咲く花や風景の一部を描き写したであろうそれには、さくらの「今」が凝縮されていた。
丁寧に紙の向きを揃え、机に置こうとして「あるもの」に目が止まる。それは、さっきまで書いていたであろう日記帳。
見てはいけない――。そう思いつつも、衝動を抑えきれなかった。窓から入り込んだ風でめくれ、開いていたのは春頃の記録。妊娠する以前の心情を綴ったそれは、詩のようでありながら、彼女の赤裸々な思いが紙面上で開花したもの。
「さくら……」
彼女のことは、その絵や、実際に体を重ね合わせる体験の中で知っているつもりだった。けれど今こうして、彼女の筆跡を通してその想いを改めて確かめた瞬間、体の奥底から止めどなく音が溢れ出てきた。ソメイヨシノの花びらの、美しい、けれど、あっという間に散ってしまう短命の切なさを含んだ音はまさに、ここに綴られたさくらの想いそのもの。
指で日記の文字をなぞりながら、脳内で音を響かせる。
あなたを想いながら濡らした枕 窓の外は華散らす春の嵐
心はどこまでも遠い銀河のかなた あなたの温もり 恋しがる事の罪
この痛みを分かち合った孤高の幻影 言葉なんかじゃ絶対理解できない
空の高い所で交わっている 消えることのない大切な思い出
サクライロの季節が移り変わっていくよに
永遠の眠りにつくまで その声響く
天空の城のLOVERS この体寄り添わせたい
天空の光に導かれ 震わせてるこの奇跡
彼女の、深くて熱い想いに魂が震えた。言葉や態度からは決して見えてこない、さくらの本心が “ここ” にある。
美しい世界にしたい。人々を癒やしたい。今でこそ、そんな理想を掲げて活動しているが、ここに至るまでに詰め込まれた常識や規則は、しっかりおれたちの脳に刻み込まれている。どれだけ抵抗しようと努力しても、ふとした瞬間にそれらが顔を出し、振り回されそうになることはいくらでもある。
男女の付き合い方も例外ではない。
恋愛は互いの自由を奪う関係だから恋人にはしない。そう宣言しても、本能的衝動が抑えられなくなってさくらの体を求めたことは何度もある。そのたびに「これは快楽を得るためではなく、彼女と宇宙の真理を探求するためだ」と言い聞かせながら交わり続け、結果的には子供を授かるに至った。傍から見ればこれはもう、普通の男女が愛し合った結果でしかなく、どうやったって言い逃れることはできない。
人は、自分を納得させるために「理由」を欲する。もやもやする感情に「名前」をつけたがる。本当に大切なのは、今この感情を味わっている自分がここに存在しているという、その事実だけなのに。
おれはそれを、ピアノを弾くことで感じることが出来る。味わうことが出来る。だけど多くの人にはそれが難しい。さくらほどの芸術家であっても、こんなふうに思いを日記帳に吐露しなければ自分を保てない日があるのだと知る。
「リオンくん……」
少し怒りを含んだような声に驚き、そっと振り返る。さくらが真っ直ぐにおれを見つめている。
「ごめん、日記帳、開いてたからつい……」
「読んでしまったのね……。ひどいわ」
さくらは頬を膨らませたが、直後に小さくため息を漏らした。
「……なんてね。そこにおいておいた私も悪かったわよね。リオンくんを咎めることはできないわ」
「デッサンした紙が風で部屋中に散らばってしまったから、拾ってここに置こうとしたら、目に入っちゃって。ほんと、ごめん。……だけど、さくらの想いを知ったらすごくいい曲が降りてきて、いま頭の中で鳴らしてたんだ。さくらの日記って、とても詩的で、まるで楽譜みたいだった。それで見入っちゃったってのもあるんだ」
「え? 日記が楽譜? リオンくんにはそう読めるんだ? 意外な発見」
「それはおれの方」
言いながら笑うと、彼女も笑った。おれはさくらを抱き寄せて言う。
「……さくらは、おれと恋愛したかったの? なんかここに書いてある言葉を読む限り、そうだったのかなって」
「…………」
さくらは少しの沈黙のあとで、おれの胸に顔をうずめた。
「……こんな私でも、この三十数年の人生の中で何人かの男性に恋い焦がれたことはある。だけど、その中でもリオンくんは別格。言葉にするのはとても難しいけれど、あえて言うなら……。そう、神様を好きになってしまったような、許されない恋をしてしまったような感覚、って言えばいいのかな。ここに書き綴ったのはその時の氣持ち」
「おれはそんな特別な存在じゃないよ。さくらと同じ、人間」
「リオンくんの感覚ではそうなんだと思う。だけど、ピアノを弾くその姿は、すべてを知る神そのものよ。あなたのピアノの音は宇宙の音。純粋な光。それを間近で聴けるだけでも幸せなことなのに、好意を抱き、愛されたいと願うなんて『罪』だなって……」
「ったく……。今頃になってまた、昔のさくらが顔を出してる。さくらは救世主の母親、つまりは聖母様だってこと、忘れてない? もっと自信を持とうぜ」
そういった後で彼女の手を引いて階段を降り、アトリエにあるピアノの前に導く。そして今しがた、さくらの日記をたどりながら浮かんだ旋律を奏でる。
「天空の城のLOVERS、この体寄り添わせたい。天空の光に導かれ、震わせてるこの奇跡……」
とても印象的だった文章をサビのパートに当て、口ずさむ。普段歌うことのないおれが歌を披露したからか、演奏を終えて振り向くと、彼女は目を丸くし、涙していた。そんな彼女に微笑みかける。
「おれにとってもさくらは特別だよ。さくらがおれの音を絵で表現してくれたとき、本当に感動したんだ。あぁ、おれの感じている世界をそのまま映し出してくれる人がこの世にいたんだ、って。さくらと共創すればするほど想いが膨らんで、氣付けば細胞レベルで一つになりたいと願っていた。その結果が、今」
椅子から立ち上がり、彼女に寄り添う。
「さくらは今、幸せ?」
「ええ、もちろん。最高に幸せよ」
「それでいい。……さくらが感じていた当時の氣持ちはいま、おれのピアノで光になった。その光は天に昇り、再び地上に戻ってさくらの中で昇華された。もう何も憂うことはない。生まれてくる子供と一緒にこの世界で羽ばたき続ける、でいいじゃん?」
「うん」
彼女のうなずきを見て、もう大丈夫だと安堵する。
「あ、そうだ。今弾いた曲、次のライブでお披露目しようよ。すんごいエネルギーの籠もった曲だから、聴いた人はきっと圧倒されるはずだよ」
「え、リオンくん、歌うの?!」
「まさか。おれはピアニストだから歌わないけど、さくら、歌う?」
「私だって画家だもの。歌なんて歌えないわ」
「そう、おれたちにはそれぞれの得意がある。でも、掛け合わせることで歌うような響きが生まれる。それは、ホント」
「そうかもしれないね」
微笑み合うおれたちのそばで、野鳥たちが二人の想いを代弁するかのように歌う。優雅に、そして楽しそうに、今ここを生きていることを喜んでいるみたいに。
「ねぇ、次のライブと言わずに、今、披露するのはどう? いつもワライバに来てくれるみんなにも聴いてもらいたい。私もすごくいい曲だと思ったし、これ、今まで聴いたリオンくんの即興曲の中でも一番じゃないかなってくらい、光を感じる曲だったから」
絵を、描きたいの。そういうなり、さくらは今すぐ始めようと言わんばかりに絵の具の準備を始めた。
「天空の城のLOVERS……。どんな絵になるか、おれも見てみたい。……よーし。それじゃあ早速、予告なしの即興ライブ、やっちゃうか!」
「ええ!」
意気投合したおれたちは、ワライバに集まっていた仲間をアトリエに呼び寄せて特別ライブを開催した。
彗星の導いた天空の光が世界を包み込んだ日。何もかもが浄化され、何もかもが光を放っている。ここには幸福しか存在しない。半径1メートルどころか、ずっとずっと、どこまでも自由で、愛にあふれている。
世界は確かに、新しく生まれ変わった。

第6話「光輝く魂のセッション『ダイアモンドリズム』」はこちら
↓ 第1話から読みたい方はこちら ↓
↓ 二人が福岡で「ワライバ」を作り上げるまでのお話。
前作「LOVERS」サクライロ編はこちら ↓
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