カフェNullといちごシロップの午後 1話【創作大賞2025】【全6話】
1 いちごシロップの午後
ある日の午後のこと。
ゆらは、おばのやっているカフェ「Null」(ヌル)で店番をしている。おばのしおりさんは、裏庭で花の手入れをしている。店番と言っても、そんなにお客さんが来るわけでもないから、気ままなものだ。
ゆらは、水色のリネンシャツの袖をまくって、窓ガラスをきゅっきゅっと磨く。それから、しおりさんから頼まれたいちごシロップを作り始める。作り方は前に教わって、淡い緑色のノートにメモしてある。
まず、いちごのへたを取ってそっと洗う。あんまりきらきらして甘そうなので、1つ食べてしまう。いちごを鍋に入れて、レモン汁をぽたりとたらす。砂糖を入れてかき混ぜる。
ゆらが、このカフェの店番をするようになったのは最近のこと。テーブルが3つだけの小さなカフェで、しおりさんが仕入れたヨーロッパの雑貨を売っている。今はティーカップ、クッキーの型、トートバッグに絵本が並んでいる。メニューはシンプルで、コーヒー、紅茶、果物シロップのソーダ。それにトーストに果物ジャムを添えたものだけ。
「ジャムとシロップは旬の果物で手作りするの。そうしたら、どの季節に来た人も嬉しくなるでしょう?」
しおりさんがそう言っていた。
しばらく置いておくと、だんだんいちごから水分が出てくる。いちごをつぶさないように混ぜる。その後に、さっと火を通す。
「ここからは目を離してはだめ。いちごの形が残っているところで火を止めること。」
しおりさんの声を思い出す。甘い香りが、店いっぱいに広がる。ゆらは、自分が淡いピンク色の光の粒に包まれている気がする。
店のすみっこには、猫のタビーが丸くなっている。灰色の猫で、足だけ白いからタビー。寝息が小さくクークー聞こえて、背中が動いている。
ゆらは、こんな時間が好きだ。どんな時よりも気持ちがほどけていくのを感じる。
