人事制度|比較検討:ジョブ型を全社員へ広げる時、何を先に開くか
ジョブ型人事を管理職から導入した会社では、次に「一般社員まで広げるべきか」が問いになりやすい。
けれど、本当に決めるべきなのは対象人数ではない。
社員が、自分の仕事を理解できる。次に目指せる仕事が見える。
そして、なぜその人がその仕事に就き、どのように評価・処遇されるのかをたどれる。
全社員化とは、その状態をどこまでつくれるかという問題である。
等級の適用範囲を広げるだけでは終わらない。
ポジションをどこまで開くのか。
異動を誰が決めるのか。
上司はキャリア形成をどう支えるのか。
職務が変わったときの評価や処遇をどう説明するのか。
デクセリアルズと中外製薬は、いずれも管理職層からジョブ型人事を始め、その後、一般社員を含むより広い範囲へ展開した事例である。
ただし、制度を見ると重心は異なる。
デクセリアルズは、グローバルで職務・グレード・報酬を接続する基盤づくりを進めている。
一方、中外製薬は、ポジションの公開と手挙げによる異動を組み合わせ、社員自身が次の仕事を選べる仕組みを強く打ち出している。
同じ「ジョブ型の全社展開」でも、何を先に開くべきかは、会社が解こうとしている問題によって違う。
二社は、何を変えたのか
一つ目は、デクセリアルズである。
同社は2023年4月、国内の管理職層を対象にジョブ型人事制度を導入した。
成長戦略から必要な組織と職務を定め、それぞれの職務について職務記述書と職務グレードを設計する。
報酬についても、従来の保有能力や経験年数などの人材特性ではなく、担うジョブの職責の大きさを起点として設定する仕組みへ転換した。
その後、2024年度から、人的資本戦略の基盤として「グローバルの標準であるジョブ型人事制度を全面的に導入した」と公表している。
背景にあるのは、海外売上比率が約67%を占める事業構造である。
現在は、事業戦略を起点として必要な職務を定義し、成果責任に応じてグローバルで統一したグレードを設定。
報酬については外部市場をベンチマークしながら、国・地域・グレードごとに水準を設定する考え方を採っている。
一般社員向けに定義した職務とキャリアマップも順次社内公開し、社内公募と組み合わせてキャリア形成を支援している。
二つ目は、中外製薬である。
同社は2025年1月、すでに幹部社員へ導入していたジョブ型人事制度を一般社員にも拡大した。
特徴的なのは、職務等級制度だけでなく、全ポジションの要件を明確にして社員へ公開し、人事異動や昇格を原則としてポスティングによって行う仕組みを同時に打ち出したことである。
空席ポジションへ社員自身が応募し、選考を経て異動する。
従来の会社主導の任用から、本人の意思を起点とした異動へ移していく設計である。
さらに、高度専門ポジションを従来の2.5倍へ拡大し、挑戦によって創出した価値を評価する目標制度も導入した。
2026年4月からは、一定の条件を満たす社員について雇用上限年齢を撤廃している。
なお、現在の会社説明では、新入社員など業務習熟段階にある一部社員については職務等級制度の対象外としている。
「全社展開」と「全員に同じ制度を一律適用すること」は、必ずしも同じではない。
二社では、先に解こうとした問題が違う
デクセリアルズでは、グローバルでの人財配置と報酬基準をつなぐ必要性が強い。
必要な職務を事業戦略から定め、その職務の責任の大きさを共通のグレードで捉える。
さらに市場水準と照合して報酬を設計する。
国や組織を越えて人材を獲得・配置していくのであれば、「この仕事はどの程度の責任を持つ仕事なのか」を比較できる共通言語が必要になる。
ここで全社展開する意味は、単に同じ人事制度を広げることではない。
仕事を比較するための「ものさし」を、組織の共通基盤にすることにある。
一方、中外製薬が強く開いたのは、次の仕事への入口である。
職務内容を明確にしても、空いているポジションが分からず、そこへ自ら応募することもできなければ、配置は会社主導のまま残り得る。
そこで、ポジションの要件を開示し、空席を公開し、本人が手を挙げる。
ジョブ型人事を、単なる職務の格付けではなく、社員が自分のキャリアを選択する仕組みへ接続している。
デクセリアルズは「仕事のものさし」をそろえる必要性が強く、
中外製薬は「次の仕事への入口」を開く必要性が強い。
どちらも職務を明確にしている。
しかし、解こうとしている問題が違えば、実装する順番も同じにはならない。
全社展開で共通して必要になる三つの条件
1.仕事を説明できること
まず必要なのは、各ポジションが何を担い、どの成果に責任を持つのかを、社員が理解できる状態である。
職務記述書を作ること自体が目的ではない。
配置を考えるときも、評価をするときも、報酬を説明するときも、育成を考えるときも、同じ仕事の定義へ戻れる。
そのための共通言語として職務を定義する。
制度を全社員へ広げるほど、この基盤の重要性は高くなる。
2.次の仕事へ動けること
職務を明確にしただけでは、社員のキャリア形成にはつながらない。
「あなたの仕事はこれです」と示されても、次にどんな仕事を目指せるのか、その仕事に就くために何が必要なのか、どうすれば候補者になれるのかが分からなければ、社員から見えるのは現在地だけである。
中外製薬がポジション公開とジョブポスティングを組み合わせているのは、この問題を正面から扱う仕組みと見ることができる。
デクセリアルズでも、一般社員向けの職務・キャリアマップの公開と社内公募が進められている。
仕事を開示するなら、その仕事へ動く経路も開く。
ここまでつながって、初めて職務情報がキャリア形成に使われ始める。
3.上司が理由を説明できること
制度を開くほど、管理職に求められる対話は増える。
「なぜ自分はこの職務なのか」
「なぜこのグレードなのか」
「次のポジションへ行くには何が足りないのか」
「応募したのに、なぜ選ばれなかったのか」
制度だけでは答えられない問いが増えていく。
デクセリアルズでは、中長期的なキャリア形成と成長支援を目的として1on1を推進し、2024年度までに経営層から部長・課長層を対象とした研修を実施したうえで、現在は係長層まで対象を広げている。
ジョブ型を全社展開する費用を考えるなら、制度設計やシステム改修だけでは足りない。
管理職が職務・評価・キャリアについて対話する時間と能力も、制度運用のコストとして見ておく必要がある。
導入後、何が起きたのか
デクセリアルズでは、2024年度にグローバル標準のジョブ型人事制度を全面導入し、職務・グレード・市場ベンチマークを接続する仕組みを進めている。
同社は2024年度のエンゲージメントサーベイについて、2022年度の結果と比較して、部長・課長層の全体的なエンゲージメントと、上司のマネジメントを含む目標・業績管理に関する項目が改善したとしている。
会社自身は、ジョブ型への制度変更を通じて、事業戦略と職務・業績目標の連鎖が明確になったことによるものと捉えている。
ただし、ここは慎重に見たい。
エンゲージメントの変化には、制度改定以外にも、経営施策、上司との関係、事業環境など複数の要因が影響する。
公開情報から、制度変更単独の効果を切り分けることはできない。
また、職務グレード変更の実績、報酬の分布、社員個々の受け止め、職務定義を継続的に更新する負荷などは、公開情報だけでは十分に分からない。
中外製薬については、導入から一定期間が経過し、運用実績も少しずつ公開され始めている。
2025年のサステナビリティ関連データでは、ジョブポスティング応募者に占める女性の割合が30.0%、合格者に占める女性の割合が35.2%であったことが公表されている。
また、同社の2025年11月の発信では、制度開始後、最短で4段階の飛び級昇進を果たした社員も生まれたとしている。
つまり、ポジション公開と手挙げによる異動は、制度上存在するだけでなく、実際に運用され始めていることまでは確認できる。
一方で、どの職種でどの程度の異動が起きたのか、応募者全体の規模、応募しなかった社員への影響、評価・報酬への納得感などは、公開情報だけでは十分に確認できない。
制度を導入したことと、制度が定着したこと。そして、成果が出たことは分けて見る必要がある。
全社員化しないという選択肢もある
職務の棚卸しが途上で、管理職自身が役割期待を十分に説明できない会社であれば、全社員化を急ぐ必要はない。
管理職、専門職、特定職種などから始め、先行範囲で職務定義、評価理由、異動時の扱いを検証する方法もある。
その運用を通じて、
「どこまで職務を細かく定義するのか」
「何を全社共通にするのか」
「誰が職務を更新するのか」
を確かめてから対象を広げる。
それも一つの設計である。
キャリア自律を促したい会社でも、直ちに等級制度全体をジョブ型へ変える必要はない。
空席ポジションの見える化、社内公募、小規模なジョブポスティング、必要スキルの開示から始めることもできる。
先に「社員が本当に動くのか」を確かめてから、等級・報酬との接続を検討する方法もある。
逆に、事業再編やグローバル配置がすでに進み、国や部門によって仕事の価値を比較できないこと自体が経営上の障害になっている会社では、部分導入を長く続ける方が問題になることもある。
全社員化の判断は、制度がどこまで完成したかだけではない。
今ある制度の違いが、事業や人材配置の意思決定をどれほど妨げているかからも考える必要がある。
会社によって、先に開くものは違う
海外拠点との協働や専門人材の獲得が経営課題となり、国や地域を越えて職務責任と市場水準を比較する必要がある会社では、デクセリアルズ型の論点が強くなる。
この場合に重要なのは、職務定義を作ることだけではない。
誰が職務を評価するのか。
グレードを誰が更新するのか。
市場報酬データをどう使うのか。
国や地域による報酬差をどう説明するのか。
共通の「ものさし」を維持する仕組みまで考える必要がある。
一方、研究開発、営業、製造、管理部門などの間でキャリアの入口が見えにくく、異動が会社主導に偏っている会社では、中外製薬型の論点が強くなる。
全ポジションを一度に精緻化できなくても、
どの仕事を公開するのか。
誰が応募できるのか。
誰が選考するのか。
選ばれなかった社員に何を返すのか。
ここから決めていくことはできる。
若手社員の育成や計画的な配置転換が競争力の土台となる会社では、一定期間の対象除外や段階適用も考えられる。
ただし、「当面対象外」とするのであれば、その社員が何を経験し、いつ職務基準へ移るのかを示したい。
移行条件がないまま二つの制度を並べると、暫定措置がそのまま固定化する。
広げない制度にも、移行の道筋が必要になる。
全社員化を考える三つの判断軸
二社を比較すると、ジョブ型の全社員化を「職務記述書が何%完成したか」だけで判断しない方がよいことが見えてくる。
見るべきなのは、職務を開いたあとに社員が動けるか。
そして、その結果を会社が説明できるかである。
一つ目は、比較可能性である。
組織や国をまたいでも、職務の責任、グレード、報酬の考え方を比較できるか。
「この仕事は、会社にとってどの程度の責任を持つ仕事なのか」を共通の基準で扱える状態である。
これは、デクセリアルズ型の基盤になる。
二つ目は、選択可能性である。
社員が次のポジションを知り、そこへ行くために必要な経験や能力を理解し、自ら挑戦できるか。
仕事を定義するだけではなく、社員がその仕事を選択できる状態である。
これは、中外製薬型の基盤になる。
三つ目は、説明可能性である。
配置、評価、等級、報酬が変わったとき、その理由を本人の仕事と会社のルールを結びつけて説明できるか。
ここが弱いまま全社員化すると、社員から見える制度は「キャリアを選べる仕組み」ではなく、会社から仕事を格付けされる仕組みになりやすい。
比較できる。選べる。説明できる。
ジョブ型を広げる準備度は、この三つから見た方が分かりやすい。
この事例から、自社で問うべきこと
まず問いたいのは、なぜ自社が職務基準を広げたいのかである。
グローバルな人材配置を可能にしたいのか。
採用市場に合った報酬を整えたいのか。
専門人材が次の役割へ挑戦できるようにしたいのか。
社員自身がキャリアを選択できるようにしたいのか。
それとも、現在の配置や評価の不透明さを減らしたいのか。
目的によって、先に開くものは変わる。
次に、ポジションを公開した後を考えたい。
応募が集中する仕事はどこか。
反対に、応募されない仕事はどうするのか。
応募できなかった社員に、どのような能力開発や次の機会を示すのか。
優秀な社員が他部門へ応募したとき、現在の上司は送り出せるのか。
ポジションを開くことは、情報公開だけでは終わらない。
それまで部門が抱えていた「人を動かす権限」にも変化を起こす。
処遇への影響も、制度導入後に説明すればよい論点ではない。
職務やポジションの変更によって等級や賃金が変わり、実質的な労働条件の不利益につながる場合には、制度の狙いとは別に、変更の必要性、不利益の程度、変更後の内容、周知方法、労使との協議状況などを含め、個別の事情に即して検討する必要がある。
そして、導入した一年後を見る。
職務情報は更新されているか。
空席ポジションは公開されているか。
社員は実際に手を挙げているか。
異動した人にも、残った人にも、次の成長機会が見えているか。
管理職は、なぜその職務、その評価、その処遇なのかを本人へ説明できているか。
全社員化の成否は、制度の対象者を広げた日に決まるのではない。
社員が自分の現在地を理解し、次の仕事を見つけ、選び直せる状態を、組織が更新し続けられるかで決まる。
確認した資料と留意点
本稿では、デクセリアルズのジョブ型人事制度導入に関する発表および人財マネジメントに関する公開資料、中外製薬の新人事制度発表、自律的キャリア設計および人的資本関連の公開資料を確認した。
デクセリアルズについては、2023年4月の国内管理職層への導入、2024年度からのグローバル標準としての全面導入、職務・グレード・市場報酬を接続する制度設計、職務・キャリアマップの公開、1on1研修等を確認している。
中外製薬については、2025年からの一般社員へのジョブ型人事制度の拡大、全ポジション要件の公開、原則ポスティングによる異動・昇格、高度専門ポジションの拡大、2026年4月からの雇用上限年齢撤廃等を確認した。また、制度開始後のポスティング応募・合格に関する一部データや飛び級昇進の事例も公表されている。
厚生労働省は、職務給について「従業員の能力や特徴ではなく、仕事内容や役割の重要さに基づいて給与を決める制度」と整理する一方、その形態や位置づけは企業ごとに異なるとしている。
また、就業規則によって労働条件を変更する場合には、変更内容の合理性や労働者への周知など、労働契約法上の論点が生じる。
本稿は、公開された制度内容から自社で検討すべき論点を抽出したものであり、両社の制度の優劣や、ジョブ型人事制度そのものの一般的な有効性を結論づけるものではない。また、個別企業における制度変更の適法性や個々の社員の処遇を判断するものでもない。
職務給は仕事内容や役割の重要さを基礎に給与を決める仕組みであり、形態や位置づけは企業ごとに異なると厚生労働省も整理している。労働条件の変更に関する一般的な注意点は、同省の労働契約法の解説を参照した。本稿は個別の制度変更の適法性や個人の処遇を判断するものではない。
導入後の社員の受け止め、異動・昇降格・報酬の実績、制度による定量的な効果は、両社について公開情報だけでは十分に確認できない。公開された制度内容から自社の検討論点を抽出したものであり、二社の優劣や一般的な成功を結論づけるものではない。
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