人事制度|企業事例:SCSKは、上位役割への挑戦をなぜ「先行投資」に変えたか
上位の役割を任せる前に、今の等級に合わせて仕事を小さく整えてしまう。
その瞬間、組織は安全になるかもしれない。
けれど、それでは次の役割を担える人は育ちにくい。
一方で、役割だけを先に大きくしても、報酬、評価、権限、上司の支援が旧来のままなら、それは挑戦ではなく、負荷の先送りになり得る。
2026年7月、SCSKは能力・経験を基準とする職能等級制度から、担う役割を基準とする「役割区分制度」へ移行した。
注目したいのは、上位役割への挑戦である「ストレッチアサイン」を、社員への先行的な人的資本投資と位置づけ、報酬と連動させたことである。
これは、等級制度を入れ替えただけの話ではない。
「まだ次の役割で十分な成果を証明していない人に、どのように次の仕事を託すか」
その問いを、人事制度の中に組み込もうとする試みとして読むことができる。
この事例の要点
SCSKの制度改定では、職能等級制度から役割区分制度へ移行し、職務内容と報酬の連動性を高めた。
加えて、
上位役割への挑戦である「ストレッチアサイン」と報酬を連動させる
社員がキャリア志向に応じて職掌を選択できるようにする
担う役割の大きさに応じて報酬水準を設定する
成果だけでなく、成果創出に至る行動も評価する
60歳以降も年齢ではなく役割に基づいて報酬を決定する
戦略的重要度の高い職種には柔軟な処遇を可能にする
といった仕組みが組み合わされている。
ここで見えてくるのは、役割基準の制度へ移行する目的が、単に「仕事の値段を細かく決めること」ではないという点である。
事業戦略に必要な人材へ、
役割、配置、成長機会、評価、処遇をどう接続するか。
SCSKの事例は、その接続を考える材料になる。
制度改定の背景
SCSKは、経営戦略・事業戦略に即した「動的な人材ポートフォリオ」を構築し、その充足に向けて採用だけでなく、育成、配置、評価、処遇を連動させる考え方を示している。
統合報告書2025では、人的資本として、専門性認定者、コンサル・ビジネスデザイン人材、高度PM人材、先進技術者育成研修修了者などを示している。SCSK単体の2025年3月期実績では、専門性認定者6,109名、コンサル・ビジネスデザイン人材523名、高度PM人材219名、先進技術者育成研修修了者2,349名とされている。
さらに、キャリア開発基盤「iCDP」と人的資本管理システム「LAP-HCM」を活用し、人材情報を可視化・分析しながら、各組織のマネジメントや育成計画、社員のキャリア形成につなげている。
つまり、今回の制度改定だけが突然現れたわけではない。
どのような人材が必要なのかを考え、その人材を育成・配置し、どのような役割を担ってもらうか。
その一連の人材マネジメントの延長線上に、今回の役割区分制度を位置づけることができる。
変更された制度の中身
公表資料から確認できる変更は、大きく四つある。
1.「能力・経験」から「担う役割」へ
SCSKは、能力・経験を基準とする職能等級制度から、担う役割に基づく「役割区分制度」へ移行した。
狙いとして明示されているのは、職務内容と報酬の連動性を高めることである。
これまで何を経験してきたかだけではなく、「現在どの程度の役割を担っているか」を処遇の基準として強く見る方向への転換といえる。
2.ストレッチアサインを「先行投資」にした
今回の改定で特に特徴的なのが、上位役割への挑戦である「ストレッチアサイン」である。
SCSKはこれを、社員への「先行的な人的資本投資」と明確に位置づけ、報酬と連動させるとしている。
目的は、意欲ある社員の可能性を引き出し、成長スピードを高めることにある。
ここには重要な発想の転換がある。
通常の昇格では、
成果を出す → 能力を証明する → 上位等級へ上がる → 報酬が上がる
という順番になりやすい。
ストレッチアサインは、その順番の一部を前に動かす。
次の役割を任せる → 挑戦期間をつくる → その挑戦に報酬をつける → 成長を促す
という考え方である。
挑戦を「成果を出した後のご褒美」だけにしないところに、この制度の面白さがある。
3.報酬と評価も役割に合わせて動かした
報酬については、担う役割の大きさに応じた水準を設定する。
評価についても、役割に応じた成果だけではなく、成果創出に至る行動を評価対象とすることが明記されている。
また、今回の制度改定とは別に、現行制度に基づく定期昇給と貢献度に応じた特別加算を実施し、全社平均5.0%の報酬水準引き上げも行うとしている。
ここは区別して読んだ方がよい。
5.0%の引き上げそのものが役割区分制度の報酬設計なのではなく、人事制度改定と並行して実施された報酬水準の引き上げである。
制度改定と賃上げを同時に行っている点は興味深いが、両者を同じものとして扱わない方が正確である。
4.年齢や職掌を固定的な境界にしない
60歳以降の継続雇用についても、一律に報酬水準を見直す制度を改め、年齢や経験ではなく、役割に基づいて報酬を決定する方向へ変更した。
さらに、社員自身がキャリア志向に応じて職掌を選択できる仕組みを設け、戦略的重要度が極めて高い職種を「戦略職種」と位置づけ、柔軟な処遇を可能にしている。
年齢、過去の経験、既存の職掌によって人を固定するのではなく、今後どの役割を担うのかを人事管理の中心へ寄せようとしていることがわかる。
この制度で、本当に注目したいこと
ここからは、公開資料そのものではなく、この事例からの実務的な読み取りである。
私が最も注目したいのは、ストレッチアサインそのものではない。
「役割を先に渡すなら、会社も先に何かを渡す」という考え方である。
人材育成では、
「もっと難しい仕事を経験させよう」
「次期管理職にプロジェクトを任せよう」
「若手にも大きな仕事を任せよう」
という話がよく出る。
しかし実際には、
仕事だけ増える。
責任だけ重くなる。
通常業務は減らない。
決裁権は変わらない。
評価基準も変わらない。
報酬も変わらない。
ということが起こる。
これでは「育成機会」ではなく、本人から見れば単なる追加業務になりかねない。
SCSKがストレッチアサインと報酬を連動させたことには、少なくとも、
会社が成長を期待して役割を先に渡すのであれば、会社側も一定の投資を先に負担する
という思想を読み取ることができる。
「先行投資」が「先行負荷」にならないために
ただし、報酬をつければストレッチアサインが成功するわけではない。
ここから先は、各社が制度設計・運用上検討すべき論点になる。
たとえば、上位役割を任せるのであれば、
何をもって「上位役割」とするのか
どこまで権限を渡すのか
既存業務をどこまで減らすのか
誰が支援するのか
どの期間を挑戦期間とするのか
何を成果として見るのか
途中で役割を見直す条件は何か
元の役割へ戻った場合の処遇をどうするのか
まで考える必要がある。
これらが曖昧なまま「ストレッチだから」と仕事だけを大きくすれば、先行投資は簡単に先行負荷へ変わる。
重要なのは、挑戦させることではない。
挑戦できる条件を会社側がどこまで整えるかである。
この事例を支える会社条件
SCSKの制度だけを切り取って、自社へそのまま持ち込むことは難しい。
その背景には、すでに一定の人材マネジメント基盤が存在する。
SCSKは、事業戦略と人材ポートフォリオを接続し、キャリア開発基盤「iCDP」を運用している。
また、人的資本管理システム「LAP-HCM」によって人材情報を可視化・分析し、人材戦略、組織マネジメント、育成計画、社員のキャリア形成に活用している。
この基盤があるからこそ、
「誰に、どの役割を任せるか」
を考えやすくなる。
役割基準の制度では、制度表以上に、役割を見つけ、人を見立て、配置する能力が問われる。
管理職の役割も変わる
もう一つ重要なのが、管理職である。
職能等級制度では、管理職は部下の現在の能力や成果を評価する役割になりやすい。
一方、ストレッチアサインを本格的に運用するのであれば、それだけでは足りない。
「この人に次に何を経験させるか」
「どこまでなら任せられるか」
「何を支援すれば役割を広げられるか」
「今の役割は過大ではないか」
といった判断が必要になる。
つまり管理職は、単なる「現在の成果の査定者」ではなく、「次の役割への移行を支える人」でもある。
ここまで管理職の役割を変えられるかどうかが、ストレッチアサインの実効性を左右する可能性がある。
自社に置き換える時の留意点
役割基準の処遇へ移るとき、最初に決めるべきことは「役割給を何%にするか」ではない。
まず、自社における「役割が大きくなる」とは何かを決める必要がある。
担当範囲が広がることなのか。
意思決定の影響範囲が大きくなることなのか。
専門性が深くなることなのか。
組織を率いることなのか。
不確実性の高い仕事を引き受けることなのか。
ここが揃わないまま処遇だけを役割基準にすると、旧来の序列を別の言葉へ置き換えただけになりやすい。
次に考えておきたいのが、挑戦がうまくいかなかった場合の扱いである。
ストレッチアサインから元の役割へ戻ることが、そのまま「降格」や「失敗」として扱われるのであれば、社員も上司も安全なアサインを選ぶようになる。
試行期間、役割の見直し条件、本人への説明、報酬の扱いなどを、任命時点から考えておく必要がある。
また、60歳以降の処遇を役割基準へ変更する場合も、単に年齢による一律減額をなくせば終わりではない。
期待役割、配置、評価、本人の選択、賃金、退職給付や社会保険等との関係まで含めて検討する必要がある。
個別企業で実際に制度変更する際には、就業規則、労働契約、変更の合理性、経過措置などについて別途確認が必要になる。
公開情報からは、まだ分からないこと
この事例について注意したいのは、制度改定の成功が確認されたわけではないことである。
公開情報から確認できるのは、
制度改定の目的
役割区分制度への移行
ストレッチアサインの考え方
報酬・評価制度の方向性
60歳以降の処遇
職掌選択
戦略職種の考え方
人材ポートフォリオなど既存の人的資本施策
までである。
一方で、公開資料からは、
ストレッチアサイン対象者を具体的にどう選ぶのか。
どの程度の報酬差が生じるのか。
役割を解除する基準は何か。
評価者間のばらつきをどう調整するのか。
社員が制度をどう受け止めているのか。
制度によって実際に成長速度や配置が変わったのか。
までは確認できない。
制度は2026年7月に改定されたばかりである。
したがって、この事例を「成功した人事制度」として見るのはまだ早い。
むしろ、
挑戦を求める制度をつくるなら、会社は何を先に差し出すのか。
その問いを考える事例として見る方がよい。
この事例から、自社で問うべきこと
自社では、上位役割を「すでにできる人」にしか渡していないだろうか。
それとも、次の事業に必要な経験を積ませるために、あえて先に役割を渡す場面があるだろうか。
その役割を任せたとき、本人には何が渡るだろう。
仕事だけだろうか。
それとも、
権限。
時間。
支援者。
学習機会。
報酬。
まで一緒に渡るだろうか。
さらに、挑戦がうまくいかなかった人を、次の挑戦から遠ざける制度になっていないだろうか。
人を試すために役割を与えるのではない。
人が、まだつくったことのない価値をつくれるようになるために役割を渡す。
SCSKのストレッチアサインを見ていると、役割基準の人事制度が本来向き合うべきなのは、等級表の精緻さではなく、そこなのだと思う。
確認した資料と留意点
SCSK株式会社「人事制度の改定に関するお知らせ」(2026年5月1日)https://www.scsk.jp/news/2026/pdf/20260501_3.pdf
SCSK株式会社「統合報告書2025」https://www.scsk.jp/ir/library/report/pdf/scsk/scsk_report2025.pdf
内閣官房・経済産業省「ジョブ型人事指針」で、目的、対象、等級、報酬、評価、配置、導入プロセスを分けて検討する観点を確認した。SCSK個別の運用や成果を示す資料ではない。https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/atarashii_sihonsyugi/pdf/jobgatajinji.pdf
本稿では、SCSK株式会社「人事制度の改定に関するお知らせ」(2026年5月1日)を中心に、2026年7月の人事制度改定、職能等級制度から役割区分制度への移行、ストレッチアサイン、報酬・評価制度、60歳以降の処遇、戦略職種について確認した。
また、SCSK「統合報告書2025」および人的資本関連の公開情報から、人材ポートフォリオ、プロフェッショナル人材、キャリア開発基盤「iCDP」、人的資本管理システム「LAP-HCM」など、制度改定の背景となる人的資本施策を確認した。
なお、制度の具体的な運用基準や社員の受け止め、導入後の成果については、現時点の公開資料では十分に確認できない。本稿のうち、ストレッチアサインに必要な支援条件や失敗時の扱い、管理職の役割などに関する記述は、公表された制度内容を踏まえた筆者の実務的な考察である。
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