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過去の成功体験が、会社を止める―「前はうまくいった」が危険になる瞬間

「昔は、このやり方でうまくいっていたんです。」

事業承継後の会社に入ると、こうした言葉を聞くことがあります。

先代の時代には通用していたやり方。
古参幹部が経験で身につけてきた判断。
長年の取引先との関係。
現場で当たり前になっている仕事の進め方。

それらは、会社を支えてきた大切な資産です。

だから私は、過去のやり方を否定すればいいとは思っていません。

むしろ、会社が今も続いているということは、過去のやり方に一定の合理性があったということです。

問題は、過去のやり方そのものではありません。

過去の成功体験が、今の環境に合っているかを確認しないまま、判断基準になっていることです。

ある後継者も、まさにその状態にいました。

会社には長年のやり方がありました。
取引先との関係もある。
現場の進め方もある。
先代時代から続く暗黙のルールもある。

後継者本人は、変えたいことがありました。

もっと数字を見て判断したい。
投資の優先順位を整理したい。
現場任せではなく、会社全体として改善したい。
将来に向けて、新しい打ち手も考えたい。

しかし、いざ変えようとすると、簡単には進みません。

「今までこれでやってきた」
「前はこれで問題なかった」
「そんなことをしたら現場が混乱する」
「取引先との関係が崩れるかもしれない」

こうした言葉が出てきます。

それ自体は、決して悪い反応ではありません。

現場や古参幹部にとっては、過去のやり方こそが会社を守ってきた方法だからです。

ただし、ここで後継者が苦しくなるのは、過去を否定したいわけではないのに、変えようとすると「過去を否定している」ように見えてしまうことです。

後継者は未来を見ている。
古参幹部は過去に支えられた現在を守っている。
どちらも会社を良くしようとしている。

それでも、話が噛み合わない。

なぜなら、見ている時間軸が違うからです。

第2回でお話ししたように、会議が決まらない会社では、判断基準がそろっていないことがあります。

売上なのか。
粗利なのか。
キャッシュなのか。
投資余力なのか。
現場負荷なのか。
将来の成長なのか。

これらが混ざったままでは、会議は決まりません。

そして、もう一つ厄介なのが、

過去の成功体験が、無自覚に判断基準になっている状態

です。

「前はうまくいった」
「昔からこうしている」
「この業界ではこれが普通だ」

こうした言葉は、一見すると経験に基づく正しい判断に見えます。

しかし、会社を取り巻く環境は変わります。

人件費は上がる。
材料費も上がる。
採用は難しくなる。
取引先の要求も変わる。
銀行の見方も変わる。
社員の価値観も変わる。
設備投資の負担も重くなる。

過去と同じ売上を上げても、同じようにお金が残るとは限りません。

過去と同じ人員で、同じように現場が回るとも限りません。

過去と同じ取引先と付き合っていても、同じ粗利が残るとは限りません。

だから必要なのは、過去を否定することではなく、

今の環境で、そのやり方がまだ機能しているかを確認すること

です。

ある会社では、最初に大きな改革案を出すのではなく、まず仕事の流れとお金の流れを整理しました。

どの仕事に時間がかかっているのか。
どこで情報が止まっているのか。
どの商品・案件で粗利が残っているのか。
売上はあるのに、なぜ資金が苦しいのか。
借入返済後に、いくら投資に回せるのか。

一つずつ整理していくと、見えてきたことがありました。

過去のやり方の中にも、残すべきものがある。
一方で、今の環境では見直すべきものもある。

つまり、全部を変える必要はなかったのです。

大事なのは、

残すもの
変えるもの
一度試すもの
今はやらないもの

を分けることでした。

これができると、会議の空気が変わります。

「昔からこうだから」ではなく、
「今もこのやり方で粗利は残っているのか」

「前はうまくいった」ではなく、
「今の人員と資金繰りで再現できるのか」

「やった方がよさそう」ではなく、
「どこまで試して、どの数字で判断するのか」

という会話に変わっていきます。

後継者にとって重要なのは、先代や古参幹部に勝つことではありません。

過去の成功体験を、今の会社の判断材料に変換することです。

過去の経験には価値があります。

ただし、そのまま答えとして使うのではなく、今の環境に照らして見直す必要があります。

この変換ができないと、会社は止まります。

変えたい後継者と、守りたい古参幹部が対立する。
会議では本音が出ない。
最後は社長が一人で抱える。
そして、また同じやり方が続く。

その結果、売上はあるのにお金が残らない。
現場は忙しいのに改善が進まない。
投資したいのに動けない。
社員に任せたいのに任せられない。

こうした状態になります。

逆に、過去の成功体験を整理できると、会社は少しずつ動き始めます。

「これは残そう」
「これは今の環境では合わない」
「これは小さく試そう」
「これは資金に余裕ができるまで待とう」

このように分けられるだけで、後継者はかなり楽になります。

なぜなら、すべてを一気に変えなくてよくなるからです。

後継者が苦しくなるのは、変えたいからではありません。

何を変えるべきで、何を残すべきかが分からないから苦しくなるのです。

過去を否定せず、未来に合わせて整理する。

これが、事業承継後の経営でとても大事な作業です。

もし今、

「昔からこうだから」と言われて話が進まない
「変えたいのに、先代や古参幹部に遠慮してしまう」
「何を残して、何を変えるべきか分からない」

そう感じているなら、まず必要なのは大きな改革ではないかもしれません。

過去の成功体験を、今の会社の判断基準として使える形に整理すること

かもしれません。

会社を継ぐということは、過去を捨てることではありません。

過去を理解したうえで、今の環境に合わせて、自分の経営として引き受け直すことです。

次回は、

「なぜ社員は当事者意識を持たないのか」

についてお話しします。


はじめての方へ

私は主に、
事業承継後の後継者、
第二創業フェーズの経営者、
新規事業責任者の伴走支援を行っています。

経営の正解を提示するのではなく、
頭の中を整理し、
判断基準を明確にし、
経営チームが機能する状態をつくることを重視しています。

過去のやり方を否定したいわけではない。
でも、このままでいいとも思えない。
何を残し、何を変えるべきか分からない。

そう感じる時ほど、必要なのは精神論ではなく、構造の整理です。

もし今、
「相談できる相手がいない」
「頭の中が整理できない」
「自分の経営に切り替えたい」

そんな状況であれば、お気軽にご相談ください。

※事例は一部加工しています。実在の企業・人物とは関係ありません。

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熊谷 篤
実戦経営アドバイザー/中小企業診断士

承継・第二創業・新規事業の現場で、経営者が判断できる状態をつくる伴走支援を行っています。

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