ジークアクスを振り返る③シイコ・スガイ(クスコ・アル)総括:のりかな突発250709
2025年7月8日、1時20分。
さて、前回投稿から少し間が空いてしまったけど、
引き続き、ジークアクスを振り返っていきましょう♪
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ジークアクスを振り返る①第一話感想:のりかな突発250701|のりかな

ジークアクスを振り返る②三話までの感想:勧悪懲善:のりかな突発250703|のりかな

ジクワ映画版から最終話までの約半年、平均5千字×31記事=約15万5千字
(新書1.5冊分!)の感想記事の山を、表紙の解説に絞って要約した振り返り
記事を何度かに分けて投稿していきます!
:
ガンダムのテレビ版43話を、映画3つに要約するようなものですね(笑)
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さて、ここで二回目までのまとめをやると、それだけで千字くらい
使ってしまうので、最終的なまとめは最後にやるとして、まずは
振り返りを進めていきます!
というわけで4話、シイコさんの話から。
:
ジクワの1~3話は映画館で観た内容の繰り返しでした(笑)。
なので僕的には、4話でようやく、テレビ版ジクワの1話が始まる!
とワクワクしていました。
しかも初代ガンダムのオマージュキャラでもない、映画で登場済みのキャラ
でもない、新キャラかつ初登場キャラであるシイコさん。
登場したと思ったらあっさり退場したシイコさん。
一体何だったんだ⁉
…というわけで、僕的には思い入れの強いキャラクターとなったようです。
シイコさん関連の記事が3つもあるし(笑)。
:
:
シイコさんと聞いて、でも最初に思いついたのは、クスコ・アルでした。
(実は新キャラではなく、シャリアとかと同じ一年戦争キャラ⁉)
偽名でC子と名乗り、名字を変えるために菅井氏と結婚した、年上の女性。
でも小説版ガンダムを読んだのが昔すぎてよく覚えてない…。
確か小説ではアムロに倒された、ジオンのニュータイプだったはず。
そのアムロも直後、名も無き一般兵の乗るリックドムに討たれ、
あっさり戦死。
シャアはその後、ジオンで革命を起こし、革命運動の旗頭となったキシリア
をも誅殺して権力を掌握する、みたいな終わり方だった気が…。
(ジクワと同じ、シャアが勝つエンド!)

ここで小説版を買い直すのも、ブームに
乗っかるミーハーみたいでカッコ悪いし…
と思いまだ買ってない(笑)

:
小説版の記憶があいまいで、エビデンスもないので記事には書きません
でしたが、僕の中ではシイコさんはジクワ版のクスコ・アルで、あっさり
戦死したニュータイプの恋人とは、アムロ君のことだったんじゃないか?
と当時、思っていました。
ジクワ世界で幸運を手にし、贔屓されまくったシャアやシャリアがいる
一方で、割を食った他のキャラクターたち。
その最たるものがアムロ君だったのでは?

「シャアがガンダムで活躍する世界⁉なら僕の出番はどうなるんだ?」
:
ガンダムを手に入れられず、そのニュータイプ能力を活かせる機会も、
ホワイトベースの仲間たちとの出会いも果たせなかったアムロ君は、
画面に登場することもないまま、敗色濃厚となった連邦軍に強制的に
徴兵され、一年戦争を生き延びることもできなかった…。
…と考えると、特定のキャラを贔屓して活躍させる二次創作的な改変の
非道さというか、ネガティブ面が浮き彫りになりますね。
:
(のび太君がしずかちゃんと結婚すると、ジャイ子が不幸になる…)
:
そしてそんなアムロの恨みを引き受けたキャラが、C子だったと考えると、
僕的には一番しっくりきます。
…そう思いながらも、最終話までに別の形で、ジクワ版アムロが登場する
ことで仮説があっさり否定される可能性もあり…。
…でも今振り返ると、結局アムロ君は最後まで登場しなかったので、
やはり4話で、「登場できなかった」という形で登場していたんだ、
と考えるのが正しいと思えます。書いとけばよかった(笑)。

答え:4話ですでに登場していたから。↑
シイコの目の前で、赤いガンダムに堕とされた名も無きマヴが、
作者ララア(=鶴巻監督)に憎まれ活躍の場を奪われた、アムロ君だったのだ。
アムロに嫉妬し執着し、守ろうとし、ニュータイプの才能に技量で追い
つこうと努力を重ね、100キル以上重ねた連邦軍の英雄、クスコ・アル。
…つまり100人以上殺した殺人鬼ですね!
アムロを喪い、ジオンが勝利した世界では、彼女は英雄でなく殺人鬼、
戦犯になってしまいます。

今回は、シイコの背景を妄想している部分だけ振り返ります☆
逮捕を免れるため、中立国であるサイド6に亡命し、普通の主婦に
成りすますために菅井氏と結婚し、名字を変えたシイコ。
(※シイコの名前については、Cusco AlのCをとってCコ、というバレバレの
釣りに引っかかるのもどうかと思うので、当時はスルーしました(笑)。
クスコをCコと伏せ字にしたのは制作陣で、名字を変えたのはシイコ本人
の意志だと考えています。)
:
子供を設け、普通の主婦を演じているうちに、本当に普通の主婦になれる
かも…と期待してしまうシイコさん。
しかし官憲にはとっくに見つかっていたのでしょう(´;ω;`)。
彼女の逮捕を先延ばしにしてたのは、利用価値があるからです。
元連邦軍のモスク・ハン博士に開発させた、危険な新技術の実験台
としての価値。
それは正史ならアムロ君が使うはずだった、マグネットコーティング技術。
テストに耐えられる技量を持ち、かつ、失敗して死んだとしても問題に
ならない、都合のいい「戦犯」であるシイコ。
ただ、シイコを乗せる予定のテスト機ゲルググと、互角に戦える相手が
現れず、先延ばしになっていた。
…不幸なことに、赤いガンダムがクランバトルで目立ち始めた結果、
こいつを当て馬にすればいい、と試験のめどが立ってしまう。
シイコの日常、ささやかな幸せの日々はその時、終わりを迎えた…。
赤いガンダムのせいで。
(だから、シイコが赤いガンダムを目の敵にするのは当然なのです。)
:
いつものように夫を送り出し、坊やを預け、買い物に出かけたシイコの
もとに、男が近づく。
「シイコ・スガイ、本名クスコ・アルだな。来てもらおう。」
「…ジオンの官憲ね。私を逮捕する気なら、この場で死ぬわ。」
「子供を残して死ねまい。お前が戦犯だったと知れば、
坊やはショックだろうな。ママが処刑されるのもつらかろう。」
「…脅しのつもり?私になにをさせたいの?」
「お前の腕を見込んで、テストパイロットをやってもらうだけだ。
おとなしく従えば減刑もするし、テスト中に死んだとしても、
坊やには正体を黙っておいてやる。悪い話ではないだろう?」
「…あの赤いガンダムと戦うのね?」
「察しがいいな。さすが連邦の元エース。」
:
こんなやり取りがなされ、シイコはテストパイロットを強要される一方、
赤いガンダムに復讐する権利を得たのだと、妄想してます。

シイコにとってのガンダムとは、ニュータイプとはなんでしょうか?
:
ライバルであり、恋人であり希望でもあったアムロを奪い、今また、シイコ
がようやく手に入れた家族、普通の幸せをも奪いに来た死神、
赤いガンダム。
クランバトルの一位を目指し、無自覚に対戦相手の夢や希望を奪っていく
シュウジとマチュ。世間はニュータイプの再来と噂している。
推しであるシャアに都合のいい、他のキャラにとっては理不尽でしかない
二次創作世界を作ったニュータイプ・ララアと鶴巻監督。
…もちろんシイコは、ララアや鶴巻監督といった上位存在を知りません。
アムロが邪魔だから殺し、都合が悪くなるとシャアも消してしまう、
勝手な二次創作者。
そんな奴がいると知れば、シイコは許さないでしょう。
そんなララアの罪深さを知りながら、ララアを全肯定すると決めたのが
シュウジで、だから二人は殺し合うしかなかった。
ララアの罪の犠牲者代表であるシイコと、ララアの罪を認めながらも、
ララアを守り続け、手を汚す覚悟を決めた、シュウジの対決…。
:
(もちろんここで言うララアは、鶴巻監督が二次創作した「弱いララア」
であって、初代ガンダムのララアは二次創作の世界に逃げたりはしない
でしょう。監督が自分たちの所業を自己批判するために用意したのが、
ララアとシュウジと、シイコだったのでは、と考えます。)
:
アムロを唐突に失い、仇である赤いガンダムも消えてしまった。
そうして得られた普通の幸せも、今また奪われようとしている。
そんな理不尽な世界で、創造主など認知できないシイコは、
「この理不尽な世界では、希望にすがっても唐突に奪われるだけだ。
幸せは実力で奪い取るしかないんだ」と納得するしかない。
希望を騙るニュータイプなんて、詐欺師でしかない。
「ニュータイプの再来」に期待してしまうからこそ、反発も
強くなるのかもれません。
:
ニュータイプが幻想にすぎないことを、実力を以って証明してみせる。
「ニュータイプを殺す」と宣言することで、アムロを守れなかったあの日の
自分にマチュを重ね、守って見せろと発破をかける。
シイコにテストパイロットを強いたモスク博士らも、危険なテストとは
いえ、殺し合いを強要したわけでは無いのに、ニュータイプを倒すには
殺す覚悟で挑まないといけない、と考えたのか、シイコは殺し合いの
道を選び、ついにシュウジを追い詰めます。
「勝った!」
勝利を確信したシイコ。しかしその時…。

次の瞬間、シイコのゲルググの背後にワープします。

死闘の決着はつきました。
しかしもし、二人の真剣勝負に水を差した存在がいるとすれば、
それは誰なのか?
:
視聴当時は、死力を尽くしてもなお、ニュータイプ・シュウジには
敵わないのか、と単純に思っていました。
でも最終話まで観終わった今、ここでシュウジが不自然に消えるのは、
ララアによるプチ・ゼクノヴァだったのではないか?
…と考えてしまいます。
シャアやシュウジを贔屓する眠り姫ララアにとって、シュウジを殺させる
訳にはいかないし、シュウジを殺すと宣言したシイコを、生かしておく
理由もない。
この世界に希望なんて無く、ただ実力を磨いた者だけが勝つ。
そんな理不尽を受け入れて強くなったシイコを、さらなる不条理が襲う。
この二次創作の世界では、希望にすがらず実力を磨いたところで所詮、
創造主(作者)に愛されなければ幸せにはなれない。
その理不尽さを痛烈に批判するために、シュウジの不自然な勝利を
あえて描いたのではないか?と僕は思います。
ララアに憎まれない限り、シュウジやシャアは、実力で勝てない相手
(シイコやアムロ)に対しても、反則勝ちしてしまう。
…このジクワの世界は根本的に間違っている。
ララアという神がいる限り。
:
死の間際、ワープしてゲルググの背後にいる⁉と気付いたシュウジは、
それがララアの恩寵だと気付いたでしょう。
そしてララアが間違っていたとしても、最後まで罪を共有すると決めた
シュウジには、手を汚し続ける覚悟がある。
ララアの意図を察し、最後まで愛するララアに従う、と決めた自分自身の
意志で、シイコ殺害の罪も背負ったシュウジ。
シイコだけでなく、ララアの改変によって戦死したアムロ、敗戦した連邦の
市民たち、恐らくA級戦犯になったであろう、レビル将軍やゴップ中将…。
いろんな人たちの不幸を、シュウジは世界を改変したララアと共に、
背負っていかなければならない。
そして彼らの不幸が「必要だった」といえる結末を、未来を創る責任が、
ララアというか、二次創作世界を作った鶴巻監督にはあるのだと、
僕は思います。
:
「なぜアムロは殺されなければならなかったのか、代わりにどんな希望が
あるのか?」というシイコの命がけの問いに、彼女を殺したシュウジは、
「僕はララアと鶴巻監督が創る世界を信じる」、と応えたことになります。
「どんな犠牲を払っても、僕がどんなに手を汚しても、二人はきっと、
その犠牲を上回る素晴らしい未来を創ってくれるはずだ、僕はそう
信じてる。」
:
その信に、監督は応えられたのでしょうか?
:
:
マチュ「お子さんがいるのに、なんで…」

もうしばらく坊やの母親を続けられたかもしれないわね。
「坊やはかわいいわ。旦那も優しいし。」
「でもね、何かを手に入れるために、何かを諦めなきゃいけないなんて、
そんなの理不尽じゃない?」
「望むものすべてを手に入れられたら、どんなに幸せか…。」
「ニュータイプとかいう選ばれた人たちなら、それができるのかしら?」

諦めろ、と言うのは理不尽だ。
ニュータイプという上位存在、ララアや鶴巻監督になら、
シャアやララア、アムロやシイコ、
みんなの望みすべてを叶えられるのか?
出来ないのなら、私は私の坊やのためだけに、戦う。
ジークアクスの最終回は、シイコやアムロの理不尽な犠牲を贖えるもの
だったのでしょうか?
それもこの振り返りで、皆さんと一緒に再考していきたいと思います☆

表紙には、シイコ姉さんがいまわの際に「はっ」と気づく表情と、
「Zガンダム」のライラ姉貴の画像を使ってますね♪
シイコは何に気づいたのか?
:
シイコがガルバルディを想起させる、ジムっぽいゲルググに乗るのも、
姉御だったり、ニュータイプを嫌う実力派パイロットだったりするのも、
視聴者に「ライラだ!」と気づかせるためのフックだと思います。
(詳細は元記事で!)
ライラは死の間際に、オールドタイプの愛の限界に気づきます。
シイコが「はっ」と気づいたのも、それと同じなのではないか?
二人の重要な共通点。彼女らは、何に気づいたのか?
:

↑質問者も回答者もガノタだと思うけど、ガノタでもライラの台詞は
理解できない様子…。
ライラがカミーユに討たれ、爆死する直前にこの台詞が登場します。
人間を、「只者じゃない奴」と区分けした途端、ライラにとって人間は、
「人間=仲間」と「只者じゃない奴=脅威=敵」に二分されてしまう。
この二分する機能こそ、人間の知性そのものです。
しかしその副作用として、「只者じゃない奴=脅威=敵」に区分された
存在を愛することはできなくなってしまう。
仲間は愛せるのに、敵は殲滅しなければ、むしろ大事な仲間を守るために
こそ、敵をやっつけなければ、となってしまう。
これが、オールドタイプの愛の狭さ、限界だと僕は解釈してます。
「人間=仲間」は愛せるけど、「只者じゃない奴=脅威=敵」とか、
「只者以下=劣った奴ら」を同じように愛することができない。
勉強ができない奴をいじめたり、逆に優秀なクラスメートを排除しようと
したり。「普通どうし」しか愛せない。
前回の記事でもふれたとおり、ドズル・ザビは部下や家族を大事にします
が、敵である連邦兵に対しては容赦がない。
この理不尽な愛のギャップが、オールドタイプということなのか…。
それに気づいた瞬間、ライラは爆死します。
そして、シイコもまた…。
:
シイコは赤いガンダムのパイロットを「ニュータイプ」とレッテル貼りし、
「愛する坊や」とは別カテゴリーに置きます。
この先何度も、アムロや坊やを奪うために、赤いガンダムはやってくる。
彼らを守るために、今ここで脅威を排除しなければならない。
アムロを守るために、100人以上、手を汚し続けたシイコ。
しかし死の間際に気づいたのは、赤いガンダムのパイロットもまた、
誰か愛する存在のために、手を汚し続ける覚悟を決めた男だということ
でした。
自分がアムロや愛する坊やのために、人殺しになっても構わない、地獄に
堕ちても構わない、と覚悟を決めたように、シュウジもまた、愛する誰か
のために、覚悟を決め、自分を脅威に感じて殺したのです。
最終回を迎えた今、その誰かとは、ララアだったと分かります。
そしてララアもまた、愛するシャアを守るために、彼の死を回避する
ために、世界を改変する罪を犯したのだと、知っています。

赤いガンダムのパイロットが、自分と同類だと気付いたシイコは、彼の苦しみを理解する。
私と同じだ。
そうか、「それがお前の望む「全て」か。」
「全て」って、たった一つの願いのことだったのか。

私もそうだった。
そう気づいたシイコは、自分を殺したシュウジを赦す。
これからも生き続け、苦しみ続けるシュウジに
憐みと、愛おしさを感じたんだと思う。
:
もし世界中の人間が、愛する誰かのために脅威を排除しようと恐れ合い、
銃を向け合っているのだとすれば、そのことに気づき合えれば、「敵」も
また、同類だったんだと気付くはずです。
「仲間」と「脅威」という二分でなく、「似た者どうし」だと
気付けば、互いに許し合うこともできるはず…。
人の革新、「戦争なぞせんで済む人類」とは、そういうことだと思います。
とはいえ。
何かを二分する分析能力は、仏教では「分別知」と言ったりしますが、
それは知性そのものなので、それを失くすと馬鹿というか、赤子に
戻ってしまいます。難しいですね…。
:
さて。
もう7千字超えたので、そろそろ締めましょう。

岡田斗司夫氏のゼミで、シイコのスティグマ戦術を茶化していたので、
弁護してみた記事です!
スティグマ戦術がSF的に怪しそうな部分は以下の3つかと。
反論①:ワイヤー当てられるならビームライフルのビーム当てればよくね?
反論②:ワイヤーはどうやって敵機にくっついてるの?強く引っ張ったら
外れちゃうでしょ?
反論③:そんな細くて硬いワイヤー無いでしょ⁉普通切れちゃうよ。
:
さらに、記事を書いてるうちに気づいてしまった反論④についても
考察してます。
:
反論④:ワイヤーの鉤を敵機にひっかけたら、ワイヤーにテンションが
ググっとかかるときに自機だけでなく、敵機もワイヤーに引っ張られて
よろめくというか、引っ張られるはず。そしたらなんかおかしいと
バレるのでは?
:
これら4つの想定される批判に対して、元記事で弁護を試みているので、
シイコ推しの皆さんは読んでみてください(笑)。
:
というわけで今回は、シイコ・スガイについて総括してみました!
「もしもシャアが恵まれていたら…?ジオンが勝っていたら…?」
という、ガノタが一度は夢見るであろう「もしも」が実現した世界で、
皆が幸せになるわけではない、という当たり前の事実というか、
その犠牲者たちの存在と怒りを、視聴者に分からせるためのキャラが、
シイコだった、という気がしますね。
そんなシイコの訴えをビームサーベルで黙殺して、ジクワという
二次創作世界の物語はまだまだ進んでいきます!
まだ4話…⁉Σ(・□・;)
と、というわけで、また次回♪
Thank you for reading!
:
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元記事リンク↓
ジークアクス4話感想:相手を敵と拒絶してしまうから…シイコとライラの気づき:のりかな毎日エッセイ250506|のりかな
作品の批評と、「作品の感想」の批評をする必要について:少しだけシイコの話:のりかな毎日エッセイ250514|のりかな
「ジークアクス感想」を批評する②:岡田斗司夫氏編:シイコのスティグマ戦術を弁護してみる:のりかな毎日エッセイ250530|のりかな
あと、ジークアクス本編はアベマで!
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興味のある方はこの機会にぜひ!
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ではまた♪
