ポール・マッカートニーは音楽より人格がスゲェ
いや、音楽もスゲェけども。
でも、年をとるごとに、彼の人格の凄さを感じる。
これは、私の周りの老人も同じ意見だ。
でも、若いもんにはわからんかもしれん。
クラウス・フォアマンみたいな古いビートルズの知り合いから見ても、最初からポールがグループのリーダーだった。
音楽的才能とともに、常識とコミュニケーション力があったからね。
私がレコード会社の人間だとしても、まずポールと話をしようと思うだろう。
でも、ポールはできる限りグループに溶け込んで、ジョンやジョージを抑圧しないようにしていた。
当時は若かったのに、その頃から寛容と忍耐がきたえられていた。
ジョンやジョージにも音楽的才能があった。ただ、アルバム1枚のコンセプトとか、トータルな作品のイメージを持っていたのはポールだった。
ジョンやジョージの才能を抑圧しないようにしつつ、自分のイメージどおりのアルバムを作るようポールは努力した。プロデューサーやスタジオの人々を味方につけたのも彼だろう。その成果が「サージェント・ペパーズ」で頂点に達する。
でも、ジョンやジョージは、次第にポールからの抑圧を感じる。アイデアを押し付けられていると感じはじめた。
「ホワイトアルバム」から「オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ」をシングルカットしたかったポールの希望を、ジョンとジョージが却下したあたりで、亀裂は決定的になる。(同曲は、日本では例外的にシングルカットされヒットした)
でも、ポールは「アビーロード」や「レット・イット・ビー」まで耐え忍ぶ。
「レット・イット・ビー」(ゲットバック・セッション)で、小野洋子をスタジオに連れ込んだジョンに対し、ポールは人類極限の寛容を示した。
われわれ年寄りがあの記録を見て、いちばん感動するのは、音楽よりも、ポールの人格だ。
オレだったら、ジョンにぶちキレて、小野洋子をぶち殺している。「お前はビートルズをなんだと思ってる! そのレコーディングにこんなド厚かましい女を連れ込みやがって」つーて。
ポールの「Let It Be(まあ、ほっといてやる)」の熱唱は、涙なしには聴けません。あれもポールの人格が生み出した名曲です。
最近になってポールも、「あれはイヤだった」と言い始めたけど、とにかく小野洋子に耐えただけでも、20世紀の寛容チャンピオンだと思う。
ビートルズが解散状態になって、ジョンやリンゴは、アリス・クーパーみたいな不良と飲み歩いていたけど、ポールはリンダの教えもあって、ベジタリアンになったり、比較的健康的な生活を送った。(ちょっとマリファナを吸うくらいで)
それも、感情や性格が安定していたポールの人格力があったからだと思う。
この時点で、ポールとジョンは表立ってちょっと喧嘩してるけど、そもそもそれまで仲良くやってこれたのが奇跡みたいな話で。
ビートルズは、ほとんどポールの忍耐力のたまものだったと言っていい。
それからおよそ半世紀たって、80歳になったポールは、まだ現役感を出している。
年をとるとわかるけど、60歳を超えてもずっと仕事できてる人って、やっぱり人格力があるんだよね。
本人に人一倍の寛容さや協調性がないと、世間は老人に仕事をさせてくれません。
ポールの場合は、才能と同時に人格があったから、長く仕事できている。
これはクラシックの指揮者なんかも同様です。
有名人で、才能や業績があっても、天狗にならない謙虚さ含め、人格力がないと、仕事がなくなる。どの世界も同じ。
歴史に残るような作曲家や芸術家は性格破綻者が多いけど、ポール・マッカートニーは稀な例外で、その点でも研究されるべきだと思う。
まして、あの時代のロック界(欲望の全解放が善みたいに言われた時代)にいて、今なお健康長寿と仕事を両立させているのは凄い。
もしかして、音楽史上、最高の人格の持ち主かもしれん。彼は内面の苦悩や苦労をあまり語らず、エンターテイナーとしての自分を貫いて、それをあまり感じさせないところも含めて。
人生は短く、芸術は長い、というけど、芸術よりも、人格のほうが「長い」。
ビートルズは、音楽的には語り尽くされていると思うけど、人間としてのポールの偉大さは、まだ語り尽くせていないと思う。
21世紀の学校の音楽室に飾るべき肖像画は、ポール・マッカートニーで決まりだと思う。
<参考>
