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情報生活デザイン #7: もしスマホが「わたし」の幸せを優先してくれたら? その4

これまで「もしスマホが『わたし』の幸せを優先してくれたら?」というテーマで、いくつか思考実験を重ねてきました。

  • 文化の享受――広告や流行ではなく、本当に「わたし」に合った作品を味わうために

  • 社会との連携――世代や立場を越えて、「わたし」にとっての自然な関係をつなぐために

  • 思考の深化――誰かからの答えを得るのではなく、「わたし」自身で考えを積み上げていくために

今回は4点目として、

  • SNSとの距離――「わたし」の注意と時間を、「わたし」の幸せのために使うために

を考えたいと思います。


人々のSNSとの距離のとり方の実態

いまやSNSは社会インフラの一部となり、
多くの人が日常的に利用しています。

一方で、気づけば長い時間を費やしてしまい、
「時間が溶けていく」ような感覚を持つ人も少なくありません。

そこで、ふだん私たちは、
SNSとの距離をとるために、
さまざまな工夫を行っています。

  • ちょっとした工夫

    • ホーム画面からSNSアプリを外す

    • 夜は寝室とは別の部屋で充電する

  • 踏み込んだ工夫

    • 自分で使用時間を制限し、そのパスコードを友人に預ける

    • スマホを家に置いて、図書館に勉強に行く

  • 思い切った決断

    • 一定期間スマホを遠ざける (デジタルデトックス)

    • SNSアカウントを削除する

そもそもなぜ距離をとる必要があるのか

人は強い意志を持っていても、
常に誘惑に勝てるわけではありません。

SNSはその弱さを突くように設計されており、
気づけば注意も時間も奪われてしまいます。

でも私たちは、冷静なときは、
「それでは、いけない」と考える。

だから、「冷静なわたし」が、
「無防備なわたし」を守る
ために、
このような工夫を行っているのだと思います。

もしスマホが「わたし」の味方だったら

もし、スマホが「冷静なわたし」の味方であれば、
こうした工夫を一人ひとりが考えなくても済むはずです。

「冷静なわたし」と会話し、
「冷静なわたし」が
いつ勉強し、いつ友達と話し、
いつゲームし、いつ眠りたい
と考えているかを理解する。

流れてくる通知や投稿のうち、
「勉強の時間」を中断してでも届けるべき、
大切なものだけを静かに届けてくれる。

もしそんな仕組みがあれば、
私たちはもっと自然に、
自分の注意と時間を
「わたし」のために使えるでしょう。


スマホが「わたし」の味方であれば、
SNSとの距離をとるための工夫はいらなくなる。
ただ静かに、「わたし」の注意と時間を守ってくれる。
そんな未来を創りたいと思っています。



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