オリジナル短編小説『息を止めてみろよ』
薄暗いワンルームの部屋には、生ぬるくなったビール缶と、吸い殻で溢れかえった灰皿が置かれている。
お世辞にも綺麗とは言えないその空間で、タモツとシンジは話していた。
「後悔のない死に方って、なんだと思う」
タモツがぽつりと言った。
「なに? 死にたいの?」
シンジは缶ビールを揺らしながら聞き返す。
「まぁ、死にたいかな」
「そんな日もあるわな」
シンジの軽い返しに、タモツは視線を落とした。
「そんな日、っていうか。もうずっとかな」
シンジは黙り込んだ。
気まずい沈黙のなか、タモツが言葉を続ける。
「まるで死神にでも憑りつかれているみたいにさ、ずっと死に憧れてるんだ」
「あー……でもそれ、俺も考えたことあるな」
シンジが天井を見上げる。
「知ってるの? 後悔のない死に方」
「息を吸わない」
シンジの突飛な答えに、タモツは少しだけ口元を緩めた。
「おっ、面白いね」
「だってさ、首を吊るのって、最後の瞬間は不可抗力じゃん」
「そうだね」
「もし本当にもう生きたくないって思ったら、自分の意志で息を止め続けて死ねるはずだろ? それができたら、本当に死にたかったんだなって証明になる」
「一理あるな」
「何も食べないとかさ」
「うん」
「何も飲まないとか」
「おっ、深いな」
シンジは言葉を区切り、タモツをまっすぐ見つめた。
「それでも、途中で息を吸ったり、ご飯を食べたり、水を飲んだりしちゃったら、それはきっとまだ生きたいんだよ」
「でも……それって苦しくない?」
タモツの弱音に、シンジは少し声を落とす。
「残された方は、もっと苦しいかもよ」
「確かに。死ぬなら、楽をして死んだらダメなのかもな」
「死ぬこととちゃんと向き合って、それでも本当に死にたかったら、死んでもいいと思う」
「うん」
「ただ……たださ、楽に死ぬなよ」
シンジの言葉を受けて、タモツは決意したように呟いた。
「息、止めてみるわ」
タモツは胸いっぱいに、大きく息を吸い込んだ。
「待て待て」
シンジが慌てて手を伸ばす。
「なんだよ」
息を止めたまま、タモツが不満そうに声を漏らした。
「お前、もう長く生きようとしてるじゃん。たくさん息を吸ってから始めてるんだから」
「あっ……確かに」
タモツが間の抜けた声を出すと、シンジは小さく笑った。
「まだ、死にたくはないんじゃない?」
タモツは何も言えなくなり、黙り込んだ。
「死ぬくらいならさ、一回全部、嫌なことを辞めちまえよ」
その言葉は、暗い部屋の空気に静かに染み込んでいく。
「……そうだな」
タモツはゆっくりと、肺の中の空気を吐き出した。
「それでも無理なら、また息を止めなよ」
「うん。そうするわ」
タモツは生ぬるいビールを一口すする。
部屋の空気はさっきと変わらず淀んでいたが、胸の奥が少しだけ軽くなったような気がした。
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