「自分」の人生の「重要人物」って誰?①
双極性障害と共存しつつ、「自分」という「個」をいかに楽しんで生きるか?
そんなことを考えたり考えなかったりしながら、日々なんとなく生きてはいけてる「私」です。
▼「私」について
【この記事を書くキッカケ(導入)】
実はここ数日間、色んなことが起きていて。
それは家族間でのことだったり、日常生活の中でのちょっとした「モヤ……」だったり。
あと、快方に向かっていたと思っていたヘルニアが再発(という言い方するのか知らんけど)したり。
ピルの休薬による影響?(なのかも断定できんけど)などなど、まぁとにかく色々である。
その中で、「あ〜、なんかもう、やだな」って思うことがあった。
ちなみに、その「あ〜やだな」は、今となっては「いやめっちゃどうでもいいことだったな」に変わりつつある。
・どういう流れでこの考えに行き着いたのか
・ていうか、そもそも「私」に問題あるね
・なので。ちゃんと考えてみよう
とりあえず、目次から。
「私」には、悪癖がある。
……それも、人に言う(どころか、ネットで全世界に発信してるけど)なんて、ほんとは恥ずかしくてたまらないレベルのやつ。
それがこちら。
たった一つの出来事に対して、「それもう十年以上前の出来事ちゃうんか??」というようなことまで関連付けて、つい今しがた起きたことみたいに純度の高い怒りを感じられる。
――という悪癖だ。
……いや悪癖って言葉じゃ足りない。
そもそもが、そういう(連想ゲームで(勝手に)怒りを盛り上げまくるとかいう)傍迷惑なタイプの感情特化人間なのだ。
めっちゃ恥ずかしい、己が。
己の「人間力」の低さ、愚かさが。
でも、「恥ずかしくて愚かすぎてどうしょもないな……」と思うからこそ、あえて全世界に向けて告白しております……。
――んで、色々なことが起きた結果。
やはり色々なことを思い出して関連付け、先日(note更新は普通にしながらも)めっちゃキレ散らかしていた。
でも。
散々キレ散らかしといて、最終的には(また勝手に)自分なりの落とし所を見つけてきて、「これにて解決ッ!」とかなる。
……恥ずかしすぎるよね。
アンタ大人でしょ?って話だよね。
子どもじゃないんだからさ……という。
でも、今回もやっぱりそうなった。
ただ今回は、ちょっとだけ違った。
「ちゃんと自分の頭で考えて、自分自身と向き合おう」と思ったから。
だから、あえて全世界に。
己の恥部を公開することにした。
……いつも、何かしらのキッカケを与えてくれるけれど。
▼ケツメイシを教えてくれたりね!
今回もまた、夫・のりんこくんの一言がキッカケになった。
ちゃんと向き合おうと思ったのは、夫の一言だった
もともと、少し前から「双極性障害でもできる自己実現!」のトライを始めていたのもある。
(これについては、それについて書いた記事を読んでもらいたいな、と思います。)
もうこの記事長いのに、さらに長くなるから。
▼トライしようと思った話
これのトライ&エラーについては、マガジンにまとめていきます。――ので、興味を持ってもらえたら、ぜひ開いてみてくださいな。
▼『双極性障害でもできる自己実現!』まとめ
――ほんで、こういうチャレンジ中だったり、もろもろのアレコレでゴタゴタした結果。
やっぱ変わるべきは「私」なんだよな、って結論に至ったのである。
だから、夫・のりんこくんに、その決意表明をした。(昨日の朝の話)
その流れで、色んな話もすることになった。
ここ最近の私のメンタル面の話や、のりんこくんが「ケツメイシの記事みたいなやつ、もっと書いたがいいと思う」って感想を聞かせてくれたりもした。
うちの2歳のお嬢さんの話とか、「なんかおいしいもの食べ行きたいね」みたいなのとか……ほんともう、色んな話。
その中で、私がこう言った。
「人生をドラマと考えたらさ。私って(これまでに関わってきた人たちにとって)通行人Aではないかもしれないけど、重要人物ではないんだろうなって思ったのよ」
それを聞いて、のりんこくんが言った。
「それ、オモロい考え方やね。重要人物って誰だろう?って。重要人物って単語を選ぶとこ?まぁなんかとにかく、重要人物ってオモロいね」と。
「私」はなんていうか……「たとえばさ」という、あくまでも例として「なんとなく」で口にしただけだったから。そんなこと言われるなんて、思ってもみなかった。
今これを書きながらも、半信半疑というか、「何」がのりんこくんにとって「オモロい」のか。感覚として理解できてない、正直。
でも、だからこそ、改めて考えみることにした。
「私」はなんで、そういうふうに思ったんだろう?って。
「自分軸」は「自分勝手」と思い込んでいた
先に紹介したように、今は「自己実現(双極性障害でもできるタイプのやつ)」というのを、トライ&エラーで編み出してこ!!のトライ中だ。
――で、そのためにまず、「ちゃんと自己分析してみよか……」と考えて、要素集めをしている最中。
▼それについてはこちら
でもなんか……ここらで一回終わっとかないと、いつまでも先に進まなそう――というか。
キリがなくなりそうだな、という気配しかしてない。
なので近々、集めた要素を分類して、それぞれを分析する作業に入りたいと思っている。
……話が急に変わるようだけども。
(というか変わるんだけども)
「来年の手帳どうしようかな……」と思って、色々検索してみたり、noteで手帳術を紹介されてる方々の記事を読んだりしていたところ、自分軸手帳というのを見つけた。
気になったので、とりあえず公式サイトに飛んでみる。
▼自分軸手帳の公式サイト
すると、自分軸を見つけ、さらに育てるためのワークがついていたり、なんとガイドブックもあるという!
「えー!やってみたい!!」と思って、とりあえずポチった。
(そして手帳の方は無事、2日くらい前かな?に受け取りました。ガイドブックは11月になるそう)
――で、なんだけど。
「私」は多分、自分軸=自分勝手と思い込んでたんじゃ……?と気づいた。
「みんなが自分を軸にして動いてたら、そのしわ寄せが誰かにいくはず」
「そしたら、その誰かを傷つけたり、苦しめることになるはず」
「だから私は、できる限り。せめて身近な人たちに対しては、やれることをやるべき。人を傷つけるの怖いから」
「しわ寄せが〜」とか、「傷つけたり苦しめることに〜」とか。もうこの辺りでさ、出てるよね。
「自分勝手はいけないこと。自分を軸に物事を考えたり進めたりするのは、自分勝手」と思ってるのが。
でもさ、そもそもの話。
「私」って、そんなこう……根っからの、マジモンの、心優しい人間じゃないんだよ。
「心の底からの善意のみ」で行動できる人間じゃないのに、自分を過大評価しちゃってたわけなんです。
え、本当に恥ずかしいね?泣きそう。
でもさ、ほんと、「私」って元々そんなキャパないわけなんだよ。それも分かってるはずなの。日常生活を送る上でも、もう分かりきってるの。
だけど、「でも、やりたくてやってるし」
――と、思いつつさ。
本当の、ありのままの本音はさ。
「受け流したりスルーすることで、自分が後味悪……って気持ちになりたくない」
これ。これが一番だったんだよ。
だから、「自分」は善人どころか、どっちかと言えば性悪だって自覚もあって。
そんで、自分が人より劣ってるっていう、劣等感とか引け目とかもあって。
でも、だからこそ「根っからの良い人間」に対する憧れが、すごく強かったんだよね。
私のパパは、捻くれ者にすら「聖人」と言わせる人間だし。(↓詳しくはこちらで)
その「聖人」のパパ曰く、「ママは人のために行動する人だった」らしいの。
そしてこれは、3日前かな?
はじめて聞いたんだけどさ。
――なんと、「ママから人の悪口とか、自分の愚痴とか聞いたことがない」って言うのよ。
いや、普通にヤバイじゃん何それ?
えっじゃあ「コイツ〜!」って思った時どうすんの?……えっ?……待って、そ、そもそも「コイツ〜!」とか思ったことないよ〜!みたいなことなの!?
えっ……それは……「根っからの善人」……という、やつ、では……?
……ビビってしまった。
「私」は、そんなことできないから。
ムカつくもんはムカつくし。
嫌なことは嫌なことだ。
それでも、自分の中のそういうマイナスな感情を整理するために、考えずにいることもできない。なんなら、それでもう抱えきれなくなって、結果的に毒吐きまくるし、もう誰も止められない暴言機関車と化してしまう。
……い、いやでもさ、パパはさ、言うて「元は他人」じゃん。
そして、あのママが「この人と結婚する!!」と(勝手に)決めたほどに惚れ込んだ相手だから。
だから言えなかっただけかもじゃん。
好きな人には、いいとこ見せたいじゃん。
なんなら、できる限りイイとこしか見せたくない!まであるじゃん。(ない?)
▼「あの」ママって「こういう」ママ
――でも、私はもう聞いちゃってるのだ。
(私の中の)捻くれ者代表選手で、パパを「聖人」と尊敬する、ママの弟・ノリおじちゃんから。
「姉ちゃんはさ、彼氏(結婚前のパパのこと)の話とかさ。弟の俺からすりゃ聞きたくもねぇような、どーでもいい話はいくらでも聞かせてきたくせにさ。なんで、肝心なことはなんも言ってくれなかったんだよって。死ぬほど思い詰めてたんなら、それを言ってほしかったよ」
ってなことを、電話口で号泣しながら、なんかもう懺悔みたいな感じで言ってたの。……これもう、聞いちゃってるんだよ私は……。
――ってことはだよ。
もう、マジモンの、「根っからの善人」じゃん……。
(いやほんとのところは、もう知りようがないけどさ)
「パパは聖人で、ママは根っからの、マジモンの善人――で、娘の私、コレ??」
感想、もうこれしかない。
……ないけど。
でも多分、「私」は「根っからの善人」になろうとしたらいけないタイプだな、とも思った。
いや、そもそもなれる人間ではないんだけど。
「私」が、ママみたいな「根っからの善人」になろうとしたら。多分、死んじゃうと思うから。
……というか、ママは「私」みたいに毒を吐いたりすることを(どうしてかは知りようがないけど)しなかったから。できなかったから。
もう死んじゃうしか、他になかったんかもしれないなって。(全部勝手な想像なんだけどね)
ほんとに心の底から「人のため」を徹底してたからこそ、逃げ場がなくて。
もしかしたら、だからこそ「弱いとこを見せたらダメ」って思ってたのかもしれない。
人に尽くすって、時間も、労力も使うことだ。
だから、命そのものを使ってる――とも言える、かもしれない。
だから、そういう生き方を貫いたことは、やっぱりすごいなと思うし、やっぱり尊敬もする。(まったくの「身内の欲目」かもしれないけど)
だって何回想像してみても、方法を考えても、「私」にはできそうにないもん。
気づいた時には、すでにママがいなかったこと。
成長するにつれて、ママがいないことがさみしかったこと。「こういう時、ママがいてくれたらな」と思ったこと。
たくさんあるし、「生きててくれたら、どんなに良かったろうな」と思うことは、数え切れないくらいある。今だってそう。
でも、ママを憎んだことも、恨んだこともない。
「私」の勝手な想像でしかないけど、でも、ほんと、「それしかなかったんよな」と思う「自分」がいるから。
――でも、それとこれとは別の話なのだ。
「私」は、ママみたいにはなれない。
というか、なろうとしたら爆発する。
爆発した結果、多分「死にそう」じゃなくて「し、死んでる……」って死んだ後、お空で呆然とするに決まってる。
▼↑これを(2歳児に)回避させてもらった話
それに、パパがしたような思いを、のりんこくんにさせたくない。――というか、パパに2回も、自分の家族を失わせたくない。
そして何より、「私」が抱いた感情を、うちのお嬢さんには持ってほしくないな、と思う。
だから「私」は、自分の人生を生きるために、「自分」を主役にしなくちゃなのよ。
(ここからようやく本題)
「自分」の人生を、ドラマにするなら
――ていうか、そもそも。
「自分」を軸に生きるって当たり前の話でさ。
自分勝手でもなんでもないんだよ。
だって「自分」の人生をドラマにしたら、主役って誰よ?いや「自分」以外にいないじゃん!?
そんでね、もうひとつ気づいた。
――というか、気づいちゃった、みたいな。
自分の人生をドラマにしたら。
主役は当然「自分」以外にいない。
でも、ドラマにはたくさんの登場人物がいる。
その中には、「客A」もいれば、「名前のある登場人物」もいる。
そんで、「客A」はともかく。
「名前がある登場人物」であっても、その全員が物語を動かすわけじゃない。
物語の鍵を握っていたり、物語を動かす。
それは、「名前がついた登場人物」のうち、何人かの「重要人物」だけ。
ほんでね。
「私ってさ。(今まで関わってきた人たちの人生の中で)重要人物ではなくない?名前はついてるかもしんないけど。でも、重要人物ではなくない??」
――ってこと。
これに、気づいちゃったわけである。
とりあえず、今回はここまでで。
……長いよね!今回は「こう書こうね」って、ある程度の道筋を決めてたはずなんだけどね!
▼「私」ってこんな人
のりんこくんと、色んな話をする中で。
「私」は思った。もう何回も思ってきたけど。
「やっぱ変だわ……意味が分からない……。なんかもう、宇宙人とかと同じで未知の存在的な、なんかそういうあれだ……」と。
そんで、のりんこくんは言った。
もう何回も言われてきたけど。
「やっぱ変だわ……。俺には(「私」の感覚)全然分からんし、そもそもそんなこと考える……ってか、思いつく?とかがない。そんで、多分(「私」も)俺の考え方の感覚?も、絶対分かんないと思うわ……」と。
そんでケツメイシの話になって。
(流れは謎。我々の会話も連想ゲーム感ある)
「俺は歌詞とか読まないし、だからそこから解釈を考える?みたいなのしたこともないけど。ああいうのはオモロいなって思うし、(「私」の)感じ方とかが、すごい伝わりやすいと思うんだよね。だから、もっと書いてみたらいいんじゃないかなって思ったよ」
――って言われて。
「歌詞の解釈を通すと、価値観とか考え方が分かりやすい」みたいな視点(からの発想?)って、「私」もオモロいな、って思った。
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