Education is not preparation for life; education is life itself (1)
Education is not preparation for life; education is life itself -John Dewey
教育というのは人生のための準備なのではなく、教育とは人生そのものなのである。というは、哲学者、心理学者、教育者であったJohn Deweyという人の言葉。
今回は、歳をとってから学校に行き、そして教職という道を歩んでいるアルゴのお話。年食っても夢を追いかけられる、とか、何歳になっても学ぶことはできるよ、とか。GTO(グレートティーチャー鬼塚*元不良が教師になる話)USA版的な話である。
そもそもNoteを書き始めたきっかけは、Self-Introduction記事にも書いているのであるが、とにかく、夫であるアルゴは何かとドラマに満ち満ちた人生を歩いていて、それに振り回されつつの20年目を迎えた私たちの生活をまとめるため、である。これまでのNoteでも触れているけれど、彼の略歴的なものを改めて書くと(リンククリックで関連Noteが読めます)
高校中退(通える圏内にあるすべての学校から放校処分)→
更生施設(1年半)→(私と出会う)→ 短大(中退)→
アーティスト*HipHop/Rap→自力で高校卒業資格をとる→短大に再入学 →大学生→(義母の死後、1年休学)のち、私と入籍→大学卒業→ストリートをぶらぶら→床屋店主→カードショップ店主→教員/大学院(今ココ)。そしてこの間、ずっとスラムポエトリー(詩人)である。
Noteではまだ大学卒業からお店をやったことなどは書いていないが、そのうち書こうと思っている。
で、彼の現在の職業は、教職員なのである。といっても、助手。アメリカの教職制度というのは州によって違う。私たちの住む州は、全米の中でも特に条件が厳しいとされている。教師になるには、修士号を取り、州の定めた採用試験を受けることが条件である。これは公立の学校教諭に対しての条件。私立だとそこまで求められない。
現在、アルゴは公立の学校で働いており、アルゴは修士号がないので、Teaching Assistantという助手のポジションで働いている。大卒というだけで先生になれる州が多いので不公平と言えば不公平な話ではある。現在は、修士号を取るために院に通いつつ、インターンの一環として教員をしている。
アメリカの学校には、Special Education, Self-Contained Class Roomというクラスがある。日本語にすれば特別支援学級。普通のクラスよりも少数の生徒で成り立っている。
日本の特別支援学級は、知的障害者、肢体不自由者、身体虚弱者、弱視者、難聴者、その他障害のある者で、特別支援学級において教育を行うことが適当なものへのクラスとされているが(Wikiより)こちらでは、LD(Learning Disability、知的障害)クラス ED(Emotional Disturbance, 直訳では情緒障害)クラスというのがある。EDクラスというのは、要は問題児のクラスである。
以前の話でも触れたが、アルゴは大層な悪ガキだったのでもちろん、このSpecial Education、EDクラス出身である。ちなみに、子供の頃は発達障害、双極性障害の診断も受けていたのだけど、彼の場合、問題行動(喧嘩とか)はADHD由来ではあるが知能が高いという理由でEDクラスだったという。
Standard Class、いわゆる普通学級とは、カリキュラム、教材、教え方が異なる。普通は、教化ごとに教師が変わるのだが(日本の中高と同じ)Special Educationは一人の先生が全教科(体育、音楽を除く)を教える。
Special Education出身の生徒が先生になる、というケースはおっそろしく稀な話。やっぱり、どうしてもカリキュラムは普通のクラスと比べて遅くなる。黒人男性が教師になる数というのもとても低い。ゲットー育ち、ストリートキッズと呼ばれ、ギャングで、更生施設に送られた上に、HipHopアーティストになって、個人事業主して、そこから教師というのは、異例。そもそも高卒になったこと、大学にいったこと自体がレアケースなのである。
日本でいうところのヤンキー先生みたいなものと同じなのかもしれない。漫画のGreat Teacher鬼塚、リアル版みたいな感じになるのであろうか。昔、漫画を読んだときは、こんな先生いるわけないじゃん、と思ったけど、現実は小説より奇なりというのはこのことであろうか……目の前にいるよ。
アルゴは自分でも驚くほどに、この教員という仕事が好きだし、子供たちを大事に思っていると自分で言う。
最初に働き始めた時、彼はLD(Learning Disability)のクラス。そもそも仕事のきっかけは、おばが務めていた学校(おばも長らく助手をしている)に空きがあるし、アルゴは大卒だから、という理由で叔母が勝手に応募したのである。降ってわいたような話に驚いたものの、定職である。安定している。という感じ。つまりは大して思い入れも動機もないままにアルゴは学校で働き始めた。
小学校3年生のクラスを受けもつことになり、3年にわたりその子たちと過ごした。発達障害、いわゆるASD(自閉症スペクトラム、アスペルガー症候群、広汎性発達障害)、ADHD(注意欠如多動性障害、LD (学習障害)/ SLD(限局性学習症)との診断を受けた子供たち、12人のクラスである。
クラスにはメインの教師が一人、そしてその教師をサポートする助手がアルゴを含めて2人。Disabilityの度合いや、ED(情緒に問題のある子ども)のクラスでは生徒の問題行動のレベルによって、クラスの人数がさらに少なく設定されていたり、一対一で対応するクラスも存在する。
ちなみにEDクラスの子供たち。これはアルゴが実際に体験したケースであるが、12歳であるのに学校にマリファナ(しかも販売用と思われるもの。12才で売人をしていたらしい)を持ち込んだり、備品であるコンピューターを窓から投げたり、教員(アルゴ)を椅子でぶった叩いたり、とそんな風なことが毎日起こるクラスである。
後に異動になり我が家から徒歩2分の小学校へと赴任した。ここでもやはりLD(Learning Disability)のクラスの助手を担当。更に1年後、中学校へと移動になったが、コロナによるパンデミックの煽りをうけ解雇。2週間後に(…何だったんだ、この解雇騒動。未だに謎)再雇用され現在はEDクラスの助手を務めている。
最初の1年。いや、半年もたたないうちにアルゴは、この仕事。特に、Special Educationでの指導に大層なやりがいを感じ始めていて。3年目が終わるころには、もうこれこそが天職といったような勢いで、正式な教員になるためにはどうすればいいかと方法を模索し始めた。
アルゴはいうなれば『地域密着型』の教員である。ほとんどの教師、教員たちは郊外に住んでいる。なのでほとんどの教師、職員は放課後や休み中に生徒たちと会うことはない。公立の学校なので、日本と同じように住んでいる場所によって通う学校が決まるからだ。私たちはがっつり学区内に住んでいる。そのため、犬たちを散歩していたり、買い物に行ったり、外で食事なぞしているとMr.アルゴ!!!(名前の部分は苗字。一般的に学校の教職員は子供たちから、Mr., Mrs, Ms〇〇と苗字で呼ばれる)と子供たちがわらわらと駆け寄ってくる。そういう時に見る子供たち、そしてアルゴの笑顔は、文字通り、priceless。何事にも変えがたいものだと私は思う。
受け持ちでもない生徒も多い。アルゴはでかい(体も声も態度も)上に、数少ない黒人男性の職員なせいもある。自分が小さい頃のことを思い出せば、確かに街の中でばったり学校の先生に会うというのは、ちょっとしたイベントで、なんだか特別な気がした。だから、街中で声をかけてくれる子供たちもそんな感じなのかなと思う。なので子供たちにわらわら囲まれるのを見ていると、「ちゃんと先生してるんですねぇ」としみじみと感心する。だってアルゴは家にいるとぐうたらで、手のかかる人なのだ。伴侶の『仕事場での顔』を見れることもうれしい。
同時に、学校に子供を送ってくる親や、職員、学校関係者の中にはアルゴの幼馴染であったり、悪いことをしていた時期を知る人、一緒に悪いことをしていた人や、アーティストとしてのアルゴを知っている人。いろんな大人たちもアルゴが学校にいて、教員だと知ると「えーーー!まじか!すごい(笑)」とか「おぉぉぉ!やったじゃん!(アルゴが大卒になってまともな職についている件)」とか、「あんたがここにいるなら安心だ」とかいろんなコメント(ありがたいことにポジティブなものばかり)もらえる。
私は日本の中高教員免許、そしてこの国にきてからも大学院で教職を取ったため、中学、高校、短大、大学での講義経験がある。だが、私はこの教職という仕事が本当に向いていないというか、好きではない。仕事なのでやるけれど、責任ある分、がんばるけれども、うへぁという気持ちの方が大きかった。ストレスマックス、苦手意識がいつまでも抜けず、結局、それらの免許や資格を使うことはなかった。
そしてその経験から学んだことは、熱心な教師、良い先生というのは、教えることが好き、子供たちが好き、そんな大前提を持ちつつ、日々のストレス(対生徒、対親、対システム)に対して、それを上回る熱量を持った、いや、持つことのできる稀有な存在であると私は思っている。私は全世界の、生きがい、やりがいを持って子どもたちに接している教師、教員をとても尊敬している。
アルゴだけでなく、日本にいる実の妹とその夫(義理の弟)も教師である。彼らの姿を見つつ、自分が経験して、そして大人になって思うのは、教師というのは大変な仕事であり、教師という仕事をしている人はすごい。と、いう非常にシンプルな感想である。
今はネットの普及、スマホの普及、いじめの問題や進学の問題。自分が子供の頃よりも世の中がうんと複雑になっているので、子供も学校も、親も先生もきっと昔よりうんと大変なのだろうと思う。
で、タイトルなんである。Education is not preparation for life; education is life itself
ここでは、EducationをSchoolと言い換えてみてもいいと思う。学校というところは、子供たちにとっては生活、世界の大部分を占めるもので。そして、それってば、将来への準備なんてものではなく、人生のそのものなのだぁな、なんて。そうやって考えてみれば、己の小中学校時代って確かに、学校と言う場所は、「まいにち」のものであり、すっかりババァになった今でもあの場所での経験や想いでというのは、今でも自分の根っこに根付いているなぁと思うのである。
(続)
