Top 4%の在野研究者 ——「最低賃金・障害者雇用でも働けない」私が、世界とつながれた背景のまとめ
はじめに

通信制高校卒、学位無し、無所属でTop 4%を達成。
ただし、それを社会の問題解決に接続出来ないから、生活保護から経済的に自立し納税出来ない点で恥じています。
『失敗したら終わり』『Aをしたら終わり』に関しては、生活保護の健康と予算と残された力でも、出来ることはあることは、noto100万ビューとか、読者のみんなも見てくれていたと思います。
おそらく僕が老害ムーブというか「最近の若い方は」みたいな意見は持っていないことは、読者さんは観察してくれてると思う。若者にしか見えない「今」があるはずと思っているし、絶望と逆境には強いので、今年の7/12で50になることもあり、記事を書くことにしました。
生活保護だから何でも無料で書くわけではないです。
ただ、税金で生かしてもらったのだから、Kindleなどにする前に、まず無料noteを書くのが筋だと考えました。
仮に本にする価値があるなら、またその時に考えればいいし。
年齢的に頭脳の最盛期がいつ終わっても不思議が無いので、認知資源を大事に使います。よろしければお付き合いください。
①学術論文の書き方

僕は大学教育を受けていない。父のように指導教授もいない。鬱が重くなると活字を読むのもしんどい。そんな時に「読み方」を探してこのPDFの前身(ホームページだった気がする)に辿り着きました。コーミングとスキャンとか、今も助かっています。
学術論文の書き方や正確な引用の仕方は、専門家から学ぶのがいいと思います。僕はGitHubなどと連携したくて引用の数を減らしたこともあります。けど、「読む量が足らない」ことは危ないから、伝統的な読み方・書き方を勧めます。
②倫理の前提
2-1 私が「正義」と言わない理由
極端な例だけど「ヒトラーの正義」「日本赤軍の正義」「オウム真理教の正義」という言い方も表現としては成り立つはずです。けれど「それ」は正義なのでしょうか。
僕は主にヨーロッパが迫害し、ナチスドイツがホロコーストを行ったのだからイスラエルは被害者だと思う。残念だけど80年経っても、その苦しみのケアが足らなくて、パレスチナに酷いことをしていると考えます。イスラエルに「言い分」や「悲しみ」はあるだろうけれど、パレスチナはヨーロッパでユダヤの方々を迫害していないので、まるでスケープゴートに見えます。パレスチナの自衛には正義はあると思うけど、ヨーロッパに正義はあるだろうか。国益はあるだろうけど。
これを書いたように、「正義」は射程があり、前提を共有出来る間でしか「真理・絶対的な正義」は成り立ちません。例えば「イエス・キリストの十字架の贖い」と言われても、あなたが仏教や神道や無神論や共産主義や実存主義や不可知論などの立場なら、困惑するはずです。
2-2 想像力の貧困は思考停止ワードではないか
悲しい事件があればそう言いたいのは理解します。
でも、例えば「パニック」を考えてみましょう。色んな意見を聴いたけど、滝みたいに自分の処理能力を超える何かが「ドン」と降ってくると、柔道の絞め技と似て、落ちてしまう感じは、想像は出来ます。
パニックで「落ちる」ことは、思考停止以前に意識が落ちるしかないときがあるということです。
「想像力の貧困」は多くのことを説明できるから、考えることが止まりますよね。
2-3 考えれば分かることを支援する「シミュレートのギフト」
父の死後、「不良になって困るのは誰」「僕です」という会話を母としています。当時42,3の母が、「考えること」を支援してくれています。
体罰無しで言って聞かせる教育は手間がかかります。
母は母(僕から見た祖母)の顔を遺影でしか知らないから、育児書を読んだり大学で学んだことを用いて育てても、気持ちが休ません。
シングルファーザーの父が
苦労しているので
励まそうと訪れてくれたいとこ達の気持ちを
言外に受け取り
もてなすことを通して
「俺は大丈夫だ」と伝えていたのかもしれません
祖父は子どもを観察して育てるので、母を安心させて育てたと思います。これは、母には混乱が伴います。父性も母性も父が出てきてしまうほどバランスがいいのですから。
そうしたことを通り抜けて、考えることを支援してくれました。
2-4 神様とおまえは見ている
私の倫理は「神」とメタ認知から始まりました。
監視カメラの有無で行動が変わるのはなぜだろう、自分が見ているのに、と考えています。
では幼い子がどうして理解したのでしょう。
2-5 考えるための言葉を与える
子どもに言葉を教える頃のことです
はじめは話しかけるようにしました
月齢で数ヶ月頃から「あー」とか「うー」といった喃語 なんごを
話すようになるので
何か言いたそうで、でも言葉が見つからない様子を観察しました
私が2,3パターンを用意して
こういうことが言いたいの? と確認すると
幼いなりに納得することもあるようで
この繰り返しで言葉を獲得してくれたようです
「お前が言いたいことは、これかな」と教えてくれたようです。
言葉にしてごらん
↓
言葉を選びなさい
↓
私が10日に一度借りてくるこの本の中から好きに読んでもいい(※エッセイと新刊本の母セレクト。読書の最初の一冊と出会うのに恵まれています。例えば「カミュ」を知ったのは、落合信彦のエッセイがこの図書館本にあったから)
↓
父の死後、母も同性の親がいない経験者なので「自己形成で困るはずだから、周囲の大人を観察しお手本にさせてもらったという、母の生き方をシェアされる」→犬養道子は母に本を贈られ、カミュは14歳で自分で探しました。「大人」を本から召喚することを中学生時点で出来ています。
こうした流れの他に、繰り返し「自分で考える大人になれ」と励まされました。「思い巡らす」と「考えて問題解決する」の区別がつかない子どもとしては、ダメ出しをされるというより、「指針」として受け取りました。
2-6 自己犠牲を選べ、大人に助けを求められないのは危ない
早熟な子でした。
中学1年の学年主任の国語教師のT先生が、2,3年で私に悪意を向け続けた社会科のK先生に「三澤は使える」と話したそうです。それは「早熟」で、非行に走らないし「言葉が通じる」から便利でしょう。しかし、ヤンキーのように手のかかる生徒は「優等生」とセットに運用するという方針は90年代の教師からも批判が出ています。「それが、原因だ」と怒ってくれた先生もいます。
僕からすると、家族として誠実に「ケア労働」を7歳から頑張ったら、問題のある教師2人に目を付けられるのは、酷いと思います。
家庭の躾を受けた者が、受けていない者の悪意で苦しめられることは、法治国家とは思えません。
中学2年・3年の担任のK先生に「目をつけられる」のは理不尽な経験でした。杉本小学校に一緒に通った幼馴染で、例えば家庭科でホットケーキの焼き方を習うと、僕は祖母がいない(父方の祖母は物心ついたら寝たきりで、小学生で他界している。母方の祖母は1950年結核で没)ので、焼き立てを冷めないように持っていき彼のおばあさまに届けたこともあります。だから、彼のお家と憎悪する関係は無いのですが、中学3年で「偏差値の高い、倫理観の無い少年」に変貌しており、いじめの実行犯を煽る(操作する)タイプになっていました。おばあさまが東大に強いこだわりがあるので、彼も彼のお母様も、たぶん苦しんだのだと思います。県立厚木高校に進学することにこだわりが強く、進学しています。
話を戻すと、担任K先生の言動に絶望していたので、知的障害の子への激しい暴力を止めてしまいました。人命を救う観点で間違えていませんが、母に相談し大人に動いてもらうか、信頼出来る先生に「相談した」ことが分からないように報告するなど、自分が表に出ない方法を教えないと、「人柱」と呼ばれ生涯賃金が下がるので、「見捨ててもいけないが、自分の人生も守れ」と教える必要があると、当時の自分の限界から、今はこう考えています。
③形成史
冬仕事
農閑期は遊んだり体を休めると思うのですが
父はふだん忙しくて出来ない家事をしてくれていました
例えば、子どもが成長すると布団のサイズが
合わなくなります。父は布団のかわを縫って
綿を買ってきて布団を仕立て直してくれました
現代より服の布地が粗悪品もあったので
あて布をし、また着られるようにするなど
針仕事をする背中を思い出します
縫いながら、父が若い頃の昔話などもしてくれるので
TVや読み聞かせの代わりに父の思い出話で育ちました
母方の祖父は完璧な人間ではなく、彼の弱さもあります。価値観も昔の人です。母を通して祖父の文化を継承したことは私の幸運でもあり、不運でもあります。
夫は朝8時に出勤し18時に帰宅していました
1970年代半ばですから駅前商店街があり
そこで翌日の食べ物の買い出しだけはしてくれました
帰宅して荷物を受け取ります
彼はトラガラの寝ているベビーベッドへ行きます
5分も寝顔を見ると
スーツを部屋着にかえて食事まで
書斎にこもります
私は父を見て育っているので
なんて冷淡な人なのと呆れたのですが
夫は子どもが生まれたから仕事頑張ろうと
打ち込んだのでしょう
彼は就職して夜間大学を経て研究者になっており
回り道したから研究の時間が足りないと
いつも気にしていたので
応援せざるをえませんでした
父はおそらくこの時期「自分から妻の関心を奪う存在」としての赤ちゃんという現実に遭遇し、父になることを練習しているはずです。5つ下の妹が生まれる時には「お父さん業」が昭和のお父さんなりに出来るようになっています。アタッチメントで母から「肯定」、父から無自覚な「否定」が来ている可能性があります。因果関係は分からないけれど、循環気質のように揺れる状態のある子に成長しています。
父から病気の因子を遺伝する他に、おそらく彼が数学の基礎論をやるのに使った抽象思考能力や、認知特性(聴覚優位・抽象思考」を継承しています。これは父の死後に彼を理解する際のギフトにもなりました。
3-1 理解してから謝る
妹は僕の不器用さを見て成長するので、叱られたら秒で「ごめんなさい」と言う子でした。
対して自分は、何が悪くて、「もうしない・改める」と言って「出来ない約束をするな」という親の教えと矛盾しないかを考えるタイプなので、親からすると「なぜすぐ謝らない」と困惑する子だったでしょう。小学低学年で、そんなに考えていると、親も分からないでしょうし。
例えば、「2-6」で登場した幼馴染が偶然小学校低学年の時に下駄箱の隣にいて、個包装で清潔な飴を見つけて、あげてしまい、両親に怒られました。
「拾って食べるな」と教えられているのに、「それを友達にあげてはいけない」が咄嗟に分からなかったのです。幼い私としては「故意ではなく、判断ミスだから、また判断ミスしないとは言えないし、どう謝ろう」と困っているのです。両親は「今後絶対にミスをするな」ではなく「今回の件は二度とするな」と叱っているのだから、まだ整理して考えられなかったのでしょう。
3-2 答えが出るまで考え抜く
・信仰は人と神のバウンダリー
・神には神の責任
・私には私の責任
・父には父の責任
・父は鬱病を6年療養しており、病が父に影響を与えた面がある。だから病には病の責任
2010年の時点では、大野キリスト教会は中澤信幸牧師がリーダー。中澤啓介宣教牧師はシンガポールでお仕事。石井先生と神津喜代子主事のお二人と牧師の3人体制の頃でした。境界線(課題の分離)は、ケア労働で壊れている私に、信幸牧師が教えてくれました。
↑
この本で仕組みを覚え、反復練習しました。同時に、客観視は「言葉・数字・人(信頼できる人からの「いつもと違う」など)」だよと助言も受けました。境界線と客観視のバランスは、信幸牧師が師匠です。
教会史やクリスチャンとしての感覚は、神津主事(神学校を出たボランティアのスタッフ)に育てて頂きました。啓介牧師は神津主事の先生でもあるので、神津先生経由で啓介牧師の言葉にも触れました。(もちろん、教会員だから、心配して訪問して下さったり、地元の公園で少しお話をするなど、啓介牧師が引退されるまでに、接点を持つ機会は与えられました)
ただし、4人の先生達は、「クリスチャンなのだから、こうしなさい」と答えを押し付けず、考えることを見守ってくれました。
2010年2月頃の時点で、療用するのに支援が足らないと考え、信頼できる教会を探しました。結果、良い指導者に恵まれ、「考えるのに足りないピース」が埋まり、自分の中で、正解のない問題に答えを出すことが出来ました。
3-3 少し学んでたくさん考え抜き実践する
実務でも理解し、正確に行い、速度を上げて量をこなすから反復練習できることは意識しました。成長したいならやってみろと、仕事術の本で読んだのでしょう。
境界線もアンガーマネジメントも本1冊で覚えています。

認知行動療法は、この本2冊から学んでいます。記憶では海老名市の実家で暮らした時代に海老名の三省堂で買ったはずだから2009年頃までに読んだはずです。(2006年の診断は、元主治医の前の先生)
2017年6月の購入記録は、妹と母にプレゼントした記録です。
もし妹が存命なら、これを教えるかもしれません。
また「反証」を共に考えるかもしれないし、妹が認知行動療法をやって大丈夫か医師に相談もするでしょう。してやれることが少なかったです。
・観察する
・教えてもらえるなら、出来ても出来なくてもやってみる(独学が基本な私にとって、教えてもらえたことへの礼儀)
こうした姿勢を「少し学んで、たくさん考える」と呼んでいます。
↑一例です
↑これも
④AI対話学習
Prompt:
一般的な結論・意見・感想、賛成・反対・盲点・確率・統計・人文科学・社会科学・自然科学・Userの私のメタ認知を支援する観点」から、必要な観点を選び、多角的なフィードバックをお願い。
深津貴之さんが2023年4月時点で日本語のドキュメントを整備して下さっており、「AIに質問するな、人へ質問させろ」(意訳)と仰っしゃられるのも何かで読んだし
こうしたnoteから学ばせて頂きました。
DALL-E3から入ったのも、「試す→違う→なぜだ→試す」というサイクルを回し、中間管理職みたいな関わりを練習出来たのが幸運でした。
先生は他にもいるけれど、おおよそ、この流れです。
個人差や信念や価値観が違うから、参考になる部分があれば幸いです。
読んで下さり感謝します。
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