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支援される私が、地域医療の映画を観た日【後編】


支援される私が、地域医療の映画を観た日【後編】

―祖父の往診と、函館モデルと、CoinBridge―


認知症カフェのボランティアを終えたあと、北斗市で開催された市民公開講座へ向かいました。

上映されたのは、

『ピア〜まちをつなぐもの〜』

という映画です。

在宅医療と多職種連携を描いた作品でした。



物語の主人公は、大学病院に勤務していた医師。

父親が病気になったことをきっかけに、地域医療や在宅医療に関わるようになります。

最初は、患者さんの生活よりも、医療的な正しさを優先してしまう。

そんな医師でした。

最初は患者さんにも怒られてました💦

そこへ登場するのが、とても強いケアマネジャー(介護支援専門員)さん。

本当に強い。

医師にも遠慮なく意見を言い、患者さんの気持ちを最優先に考える。

そのケアマネさんや地域の専門職と関わる中で、主人公は少しずつ変わっていきます。



医療的に考えれば、こちらの治療が正しい。

安全を考えれば、施設へ入った方がよい。

けれど、本人は自宅で暮らしたい。

本人には、本人なりの人生や希望がある。

映画を見ながら、私は何度も考えました。

これは、誰のための医療なのだろう。

誰のための介護なのだろう。

誰のための福祉なのだろう。



在宅医療の現場では、一人の患者さんを、さまざまな専門職が支えます。

医師。
看護師。
ケアマネジャー。
介護福祉士。
リハビリ職。
管理栄養士。
そして、歯科医師や歯科衛生士。

映画の中で、歯科が多職種連携の一員として描かれていたことが、私はとても嬉しかったです。

「そこか」と思われるかもしれません。

けれど、私にとっては大きなことでした。



歯科衛生士は国家資格ですが、今でも「歯医者さんの助手」と思われることがあります。

私が当初訪問歯科診療に関わっていた頃も、口腔ケアや口腔機能が、医療や介護の中で十分に理解されているとは言えませんでした。

それが今では、食べること、飲み込むこと、栄養、誤嚥性肺炎予防、生活の質を支える専門職として、多職種連携の中に位置づけられています。

歯科衛生士として現場にいた私には、その変化がとても嬉しく感じられました。



トークセッションには、北原佐和子さんが登壇されました。

まず思ったのは、

顔、小っさ。

そして、めちゃくちゃ細くてお美しい。

さすが芸能人だなと思いました。

花の82年組としてデビューされ、時代劇やドラマで見てきた方です。
当時からのファンらしき方も、会場には多くいらっしゃったようです。

私の中では、昼ドラ『牡丹と薔薇』のイメージも強くありました。(休憩時間にめちゃくちゃ食いついて見てました🤣)

ネトフリで見られるみたいですよ…



北原さんが介護職に携わり、ケアマネジャーの資格を取得されたことは、以前ネットで拝見しました。

芸能人でありながら、介護の現場に入り、資格を取り、実際に働いている。

すごいなと思ったのと同時に、介護の仕事を多くの人に知ってもらえることも、とても良いことだと思っていました。

さらに北原さんは、医療のことも学びたいと、50代半ばで准看護師の資格を取得されたそうです。

そして話している内容は、きれいに整えられた一般論ではありませんでした。

実際に利用者さんやご家族と向き合っている人の言葉でした。

この日、私が見たのは「芸能人の北原佐和子さん」というより、ひとりのケアマネジャーさんだったと思います。



北原さんは、本当に素敵な方でした。

岡田先生も、

「普段はこんなに緊張しないんですけど、今回はちょっとドキドキしています」

と話されていて、少し微笑ましく感じました。

地域医療の現場で長く活動してきた先生でも、やはり北原佐和子さんを前にすると緊張するのだな、と。

一方で、映画に登場する強いケアマネジャーさんについては、

「実際にああいう人がいたら、ちょっとムカつくかもしれませんね」

と笑いながら話されていて、会場も和やかな空気になりました。

たしかに、患者さんや利用者さんのためとはいえ、医師にあそこまで真正面から言える人は、そう多くありません。

でも、言いにくいことを言える人がいるからこそ、医師だけでは見えない生活や本人の希望が、支援の中に戻ってくるのかもしれません。



私は今、うつ病をはじめ、様々な問題が山積みしているため、勉強が思うように進まず、社会福祉士の資格を本当に取れるのだろうかと、自信を失うことがあります。

けれど、北原さんの姿を見て、

途中で止まっても、また始めることはできる。

年齢を重ねても、必要だと思ったことを学ぶことはできる。

そんな勇気をもらったように思います。



トークセッションで、初めて知ったこともありました。

函館・北斗・七飯地域は、医療と介護の連携が、全国的に見ても比較的早くから進められてきた地域なのだそうです。

「函館モデル」と呼ばれることもあると聞きました。

私は、函館には人口の割に医療機関が多いことは知っていました。

けれど、地域医療や多職種連携の面で、これほど早くから取り組みが積み重ねられてきたことは知りませんでした。

知らなかったことを恥ずかしいと思うより、むしろ嬉しく感じました。

自分の住む地域には、私が知らないところで、長く積み重ねられてきたものがあった。

それは、安心にもつながる発見でした。



登壇されていた岡田先生は、22年ほど前から訪問診療に取り組んでこられたそうです。

そして岡田先生は、亡くなった私の祖父の往診にも来てくださっていました。

祖父は、まず入院して胃がんの切除手術を受けました。

けれど、すでにステージ4で、がんをすべて取りきることは難しく、体力的にも厳しい状態だったようです。

退院後、家族は施設を探しました。

しかし、受け入れ先はなかなか見つかりませんでした。

そこで、娘である母が決心し、祖父を自宅へ連れて帰ることになりました。

岡田先生には、祖父が以前から心臓病でお世話になっていたこともあり、往診をお願いすることになりました。

当時は、今ほど在宅医療や地域連携が広く知られていた時代ではなかったと思います。

それでも岡田先生が関わってくださったことで、祖父は長く自宅で過ごすことができました。



祖父が亡くなった日は、ちょうど私たち家族も家にいました。

家の中には、幼かった子どもたちの声があり、わいわいとした賑やかな空気がありました。

食事のあと、隣の部屋の祖父の様子を見に行った時、

「なんか、息してない?」

と気づきました。

慌てて岡田先生をお呼びしました。

あの日のことは、今でもよく覚えています。

祖父は、子どもたちの賑やかな声を聞きながら旅立ったのかもしれない。

家族の気配の中で、最期を迎えたのかもしれない。

私は、そんなふうに思っています。



当時の私は子育ての最中で、在宅医療や多職種連携について、ほとんど何も知りませんでした。

その後、私は歯科衛生士として復職し、訪問歯科に携わるようになりました。

あの時、祖父の口腔ケアをしてあげられたらよかった。

今でも、そう思うことがあります。

けれど、祖父にできなかったことを、その後、訪問歯科で出会った方々に返してきた部分もあるのかもしれません。



訪問歯科では、さまざまなご家族に出会いました。

自宅で一生懸命、家族を介護していた方が、自分の病気をきっかけに、介護を続けられなくなったこともあります。

娘さんが自宅でお母さまを介護していたものの、結婚を機に遠くへ移り、お母さまが施設へ入ったこともありました。

その後も、訪問歯科でお母さまの診療は続きました。

そしてある日、娘さんが赤ちゃんを連れて、久しぶりに施設へ来てくれました。

赤ちゃんを抱っこさせてもらい、私はすっかり親戚のおばちゃんのように、

「いやぁ〜、めんこいねぇ〜」

と笑っていました。

我が家の子どもも、もう大きくなっていた頃です。

久しぶりに抱いた赤ちゃんは、本当にかわいかった。

娘さんは結婚し、新しい家族をつくり、お母さんになっていました。

施設で暮らすお母さまは、もう言葉を話すことが難しくなっていました。

娘さんや、生まれたお孫さんのことを、どこまで分かっていたのかは分かりません。

それでも私は、きっと分かっていたと信じています。



在宅医療や介護は、患者さん本人だけの問題ではありません。

支える家族にも、生活があります。 

病気があります。
仕事があります。
結婚があります。

離れて暮らさなければならない事情もあります。

だからこそ、一つの職種や一つの家族だけで支えるのではなく、地域全体で支える仕組みが必要なのだと思います。



私は今、CoinBridgeという活動を考えています。

困りごとを抱えた人が、どこに相談すればよいのか分からない時に、話を整理し、必要な支援や制度へつなぐ。

相談窓口へ行く前の「前相談」のような役割です。

函館では、すでに医療・介護の連携が積み重ねられていました。

それを知って、

「私が考えている函館ケアモデルは、もう必要ないのではないか」

と一瞬思いました。

けれど、少し考えると、逆かもしれないと思いました。

すでにある連携へ、どうやってつながればよいのか分からない人がいる。

困りごとをうまく説明できず、相談窓口へたどり着けない人がいる。

医療や介護だけでは整理できない、家族、労働、住まい、生活の問題を抱えている人もいる。

CoinBridgeが目指すのは、新しい仕組みをゼロから作ることではなく、すでにある地域の連携へ、人をつなぐ入口なのかもしれません。



今の私は、支援する側であると同時に、支援される側でもあります。

以前は訪問歯科で人を支えていた。

今日は認知症カフェでボランティアをした。

そして私は今、自分自身も支援を必要としています。

そのことを、以前は矛盾のように感じていました。

けれど今日、一人の患者さんを、さまざまな専門職が支える姿を見て思いました。

人は、ずっと支える側でいるわけではない。

ずっと支えられる側でいるわけでもない。

その間を行き来しながら、生きていくのだと思います。

函館で積み重ねられてきた地域連携と、祖父の往診と、私の訪問歯科の経験。

今日、それらが一本につながったように感じました。

そして、そのつながりの中に、CoinBridgeができることも、まだあるのかもしれません。

前回のお話はこちら💁‍♀️



#CoinBridge (コインブリッジ)
構造を言語化し、現場と制度をつなぐ

はじめて読んでくださった方へ。私の活動やCoinBridgeについては、こちらにまとめています。

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