春樹君と由紀夫君56 『歯車』を語る































僕はやっとその横町を見つけ、ぬかるみの多い道を曲って行った。するといつか道を間違え、青山斎場の前へ出てしまった。それはかれこれ十年前にあった夏目先生の告別式以来、一度も僕は門の前さえ通ったことのない建物だった。十年前の僕も幸福ではなかった。しかし少くとも平和だった。僕は砂利を敷いた門の中を眺め、「漱石山房」の芭蕉を思い出しながら、何か僕の一生も一段落ついたことを感じない訣には行かなかった。のみならずこの墓地の前へ十年目に僕をつれて来た何ものかを感じない訣にも行かなかった。











「あの西洋髪に結った女か?」
「うん、風呂敷包みを抱えている女さ。あいつはこの夏は軽井沢にいたよ。ちょっと洒落た洋装などをしてね」
しかし彼女は誰の目にも見すぼらしいなりをしているのに違いなかった。僕はT君と話しながら、そっと彼女を眺めていた。彼女はどこか眉の間に気違いらしい感じのする顔をしていた。しかもその又風呂敷包みの中から豹に似た海綿をはみ出させていた。
「軽井沢にいた時には若い亜米利加人と踊ったりしていたっけ。モダアン……何と云うやつかね」































