記憶の針を落とす[洋楽編]扉
まだ知らない世界を、音楽から知った
私が洋楽を聴き始めた頃、海外は今よりもずっと遠い場所でした。
インターネットも動画配信もなく、海外の街や、そこで暮らす人々の姿を知る手がかりは限られていました。レコード、ラジオ、音楽雑誌、そしてジャケットやライナーノーツに載った数枚の写真から、その音が生まれた土地を想像していました。
英語の歌詞を十分に理解できたわけではありません。それでも、声の強さや震え、リズムの重さ、楽器の響きから、自分の暮らす場所とは違う空気や、人々が背負ってきた時間が伝わってくるように思えました。
中学生の頃に出会ったビートルズは、音楽の聴き方を変えました。そこからロックをたどり、ブルースやR&Bなどの黒人音楽へと耳を広げていくと、一つの音楽が別の音楽へつながり、その先に新しい土地や時代が現れました。
アメリカ南部のブルースからロックが生まれ、教会のゴスペルからソウルが育ち、都市の夜から新しいリズムや歌が生まれる。音楽の背景を知るたび、ただ格好いいと思っていた曲の中から、それまで聴こえなかったものが浮かび上がってきました。
若い頃には、遠い国への憧れとして聴いていた音楽があります。何十年か後に聴き直すと、今度は歌い手の孤独や、失われた時間、その人が音楽に託した祈りが聴こえてくることがあります。
変わったのは録音された音ではなく、それを受け取る自分の側なのでしょう。
「記憶の針を落とす[洋楽編]」では、海外の音楽を生んだ土地や時代、ミュージシャンの人生とともに、その音と出会った自分自身の時間をたどります。
最初から順番に読む必要はありません。知っている名前、懐かしいアルバム、気になったタイトルから、針を落としてみてください。
遠い世界から、こちら側へ届いた音楽
Vol.4|The Blue Nile『Hats』
華やかな都会の音ではなく、夜が深くなるほど輪郭を増していく音楽。静けさの中に、言葉にできない孤独が灯っています。
夜の静寂に灯る、孤独の光。
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Vol.5|Marvin Gaye『Midnight Love』
長い混乱を経て、マーヴィン・ゲイが最後に残したアルバム。軽やかな音の奥から、人生のすべてを背負った声が聴こえてきます。
時を越えて届いた、最後の夜の声。
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Vol.7|Sam Cooke『Live at the Harlem Square Club』
甘いバラード歌手として知られたサム・クックが、黒人客を前にして剥き出しの声を放った夜。整った歌の奥に隠れていた魂が姿を現します。
甘く、深く、激しい魂の叫び。
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Vol.12|Marvin Gaye──愛と祈りの旅〈前編〉
教会で歌っていた少年は、モータウンのスターとなり、やがて社会に問いを投げかける表現者へ変わっていきました。
教会の光から、「問い」の音楽へ。
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Vol.13|Marvin Gaye──愛と祈りの旅〈後編〉
愛、離婚、依存、逃亡、そして再生。マーヴィン・ゲイの人生は、歌うことと壊れることの間を揺れ続けました。
愛と祈りの果てに、もう一度、歌へ帰っていく。
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Vol.14|The Beatles──なぜ「記憶」になるのか
中学一年生のときに出会った四人の音楽は、好きな曲の集まりを超え、いつの間にか自分の時間そのものに刻まれていました。
私の音楽の聴き方は、ビートルズから始まった。
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Vol.15|James Brown『Live at the Apollo, Volume II』
若い頃には、その凄さを十分に理解できませんでした。ロサンゼルスの夜に聴き直し、ようやくジェームス・ブラウンのリズムが身体へ入ってきました。
遠い街の夜に、ジェームス・ブラウンを再発見した。
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Vol.16|Steely Dan『Aja』
演奏の精度、都市的な冷たさ、どこにも属さない歌詞。高校生だった私には、それがまだ見たことのない未来の音に聴こえました。
都市の音に、まだ見ぬ未来を聴いた日。
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Vol.18|Curtis Mayfield『New World Order』
事故によって身体の自由を失ったカーティス・メイフィールドは、それでも歌うことを諦めませんでした。声は小さくなっても、意志は以前より強く響きます。
身体の自由を失っても、声は世界とつながり続けた。
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Vol.20|Robert Johnson『King of the Delta Blues Singers』
十字路で悪魔に魂を売ったという伝説の向こうに、短い人生を音へ刻んだ一人のブルースマンがいました。
一人のブルースマンの声が、ロックの未来へつながった。
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Vol.21|Boz Scaggs『Fade Into Light』
強く主張するのではなく、部屋の空気に静かに溶け込んでいく音楽。年齢を重ねた声と演奏が、何も急がない時間をつくります。
音というより、空気のようなアルバム。
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Vol.23|Stevie Wonder『Songs in the Key of Life』〈前編〉
一枚のアルバムの中に、愛、社会、子ども、街、信仰、未来までが収められていました。
音楽が「世界」だった時代。
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Vol.24|Stevie Wonder『Songs in the Key of Life』〈後編〉
一枚のアルバムを多くの人が共有する時代は、少しずつ終わっていきました。音楽が小さくなったのではなく、世界の聴き方が変わったのです。
音楽が「世界」ではなくなった時代。
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Vol.25|The Band『The Last Waltz』
解散コンサートでありながら、それは自然な別れではなく、自ら演出した壮大な終幕でもありました。
終わり方まで、音楽として演出された夜。
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Vol.26|The Beatles『Get Back』
私たちが長く見てきた「ビートルズ解散」の物語は、編集によって形づくられたものでした。残された映像は、別の終わり方を見せます。
終わりは、あとから編集される。
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Vol.27|The Doors『The Doors』
曲を聴くというより、暗い場所を通り抜けていくような感覚。ジム・モリソンの声は、聴き手を安全な場所に置いてくれません。
それは曲を聴くというより、暗い場所を通り抜ける体験だった。
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Vol.32|J.D. Souther『A Natural History』
若い頃に書いた歌を、年齢を重ねた声でもう一度歌う。同じ曲の中に、失った時間と今の自分が同時に存在しています。
孤独が時間を帯びるとき、音楽は記録になる。
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Vol.33|Wings『Wings Over America』
ビートルズ解散後のポール・マッカートニーは、新しいバンドを率い、もう一度自分の音楽を築き直しました。
ポールは六年かけて、ビートルズを脱いだ。
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Vol.36|Eric Clapton『461 Ocean Boulevard』
依存と沈黙の時間を経て、クラプトンは激しいギターではなく、歌と揺らぎの中へ戻ってきました。
激しさを捨てたとき、別の音楽が始まった。
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Vol.42|Jim “Kimo” Westとスラックキー・ギター
真夏の夜、ウクレレを弾いていて気になった、ハワイのギターの音。歴史をたどると、海を渡ってきたギターがハワイの人々の手で独自の調弦へ変わり、スラックキー・ギターが生まれていました。
弦を緩めると、ギターからハワイの風が吹いてきた。
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憧れの、その向こうへ
若い頃、洋楽は遠い国の音楽でした。
歌詞の意味が分からなくても、その声やリズムを通して、自分のいる場所とは違う世界があることを知りました。レコードを一枚聴くたび、音楽の地図は少しずつ広がっていきました。
やがて、その音を生み出した土地の歴史や、人種の壁、宗教、貧困、都市の孤独、ミュージシャンたちの人生を知るようになりました。憧れていた音楽の背景には、明るさだけではなく、痛みや対立、失われた時間もありました。
若い頃には、ただ「格好いい」と思っていた音楽があります。
後になって、そこに祈りがあったことを知った音楽もあります。
聴き手が変われば、遠い国の歌が、自分の人生について歌っているように聴こえることがあります。
洋楽を聴くことは、知らない世界へ出ていくことでした。同時に、長い時間を経て、自分がどのように生きてきたのかを振り返ることにもなりました。
これからも、遠い場所から届いた声や、今になって意味が変わった一曲について書き加えていきます。
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「記憶の針を落とす[音楽の背景編]」
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