家族旅行記|エピローグ 私の自由と自律への挑戦は始まったばかり
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旅行の帰り道、たぶん失言して夫を不機嫌にさせた。
2週間も前のことだし、正直、自分が何を言ったのか詳しく思い出せない。
多分、お互いに疲れもあったのだと思う。
帰宅後もピリピリしていたので近づかないようにした。
次の日。
子どもも私も休み。夫だけが仕事。
空気のピリつきと、生活音の大きさが彼の波立つ感情を物語っていた。
昔の私なら、嵐を鎮めるために必死だった。
早く起きてお茶を出し、「運転ごめんね」と謝り、夫の怒りを全身で受け止める。そうすることで波風を立てないように、安心できる家になるようにと自分を削っていた。
そして我慢できなくなったタイミングでキレて自分を守ろうとした。
でも、今は違う。
嵐の日に、わざわざ外に出て、嵐と戦いケガをする必要なんてなかったんだ。
と、昔の自分に告げたい。
(あ、物理的な暴力とかは受けていません。ケガは、気持ち的なものです)
精神的な自由を手に入れつつある私は、布団の中で寝たふりして嵐が去るのを待った。
(ありがとう。お仕事に行ってくれて本当にありがとうございます!あなたのおかげで生活できてます。おやすみなさいっ)
やり過ごす術を見つけられてよかった。
夜は普通に、穏やかに帰ってきてくれた。
変な「正論戦争」を仕掛けなければ、役割に対する感謝だけが残る。
私は今まで、母として妻としての役割を真面目に捉えすぎていたのだと思う。
「こんなにやってあげてるのに、なんで私を責めるの?そっちだって……」
と、自分の正解を証明し、承認を求めて、自分を消耗する在り方はもう卒業したい。
正直、旅行記がこんなに長くなると思わなかった。
書きたいことが溢れてくるのは、自分の中で確かに「自由」への意識が開かれてきているのを感じる。
ちゃんと常識的に何かを頑張らないと愛されない、そうやって自分を縛って緊張してきた気がする。
だからこそ、無条件に四六時中愛をささやかれてみたいと思った笑
しかしながら、本当はわかっている。
誰かに愛されなかったとしても、自分で自分を許し、受け入れ、愛することはできる。話はそこからなのだ。
この旅行の後、私の心は自由になりすぎて、旅行記を書く以外のことが、何一つ頑張れなくなっていた笑
部屋ぐっちゃぐちゃ。起きる時間、寝る時間、ご飯の時間、後ろにずれまくり。ごみ出し一回忘れた笑
実生活で、常識的な人に咎められている気分になる出来事もあった。
でも、気づいた。
責められていたんじゃない。私が「自由でいる自分」を許せずに、自分を責めていただけだったのだ。気づかせてくれてありがたい。
これからは、自分の自由な心を曇らせる声を、全力で無視します笑
生活を立て直すならば、誰かに認められたり愛されるためでなく、純粋に自分の「心地よさ」のために動きたい。
昨日、桜の下で一人で花見をした時間は15分くらいだと思うけど、かなりのリフレッシュになったみたい。
家に帰ってから、窓とドアを全開にして空気を入れ替えて、ものすごいスピードで片付けた。
私の「信念」と「行動」がやっと一致した気がした。
誰かが怒らないように先回りするような、「他律的」なあり方をずっと子どものころから仕込まれてきた気がする。
何か大人の基準から外れて間違えると、猛烈に怒られてきた気がする。
だから、怒られないように振る舞うことに疲れたら、敢えて常識を逸脱したりもした。でも、それってまだ、自分以外の何かに意識を乗っ取られている状態じゃないのか?
自分の魂の歓びを表現して生きるって清水寺の随求堂の石に願った。
頭で考えた常識とか、人の意見とか、人に嫌われないように好かれるようになどの計算を超えた、自分の魂の底からの純粋な声を聴いて動く生き方を始めたい。
「呪縛」とは、我慢を美徳とすること。
「解放」とは、自分を主語にすること。
私は解放を選びます。
どぶろく飲んだけど書ける範囲のことは全部書いたぞ!
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