電車の中で、一人で千羽鶴4|環境に思いを馳せ・気象を相手にする在野戦場
想像してほしい。
朝、通勤ラッシュの満員電車。目の前に立つ30代男性が、鞄から折り紙の束を取り出し、立ったまま折り紙を始めた。不気味である。
前回までのまとめ
金曜夜に思いついた「一人で千羽鶴」、土日と平日の通勤時間だけでT+54日目で達成できそう。
素因数分解してツルの房1本あたりの羽数と房の本数を考えた
ヒソカの薄っぺらの嘘(ドッキリストラクチャー)と戦って、色構成を決定し、紙を用意した
既に2羽、折っている!残り998羽!!
※今日はこんな内容です

1.(T-1日目)毎日の持ち物に、小分けの折り紙を
仕事の成功祈願のために「一人で千羽鶴」を金曜日の帰路に思いついてから、土日ですべて準備を整えた。
やや精緻め(たぶん)のシミュレーションにより、平日の通勤電車の中でも立ちながらツルを折る『ダイナミックフォールド』を駆使すれば、目標時期までに終えられそうであるとのめども立っている。
ところで、毎日1000枚の折り紙を持ち歩くのはかなり非効率だ。折る前の折り紙を束にして小分けに持ち歩き、折り終わったツルを自宅に設ける「貯ツル箱」にあけるようにしよう。
前回行った想定では、平日はダイナミックフォールド日和なので、一日あたり10羽程度折れるはずだ。したがって、毎日オフィスに10枚+αを持ち歩けば、十分そうだ。いや、折り紙の補給(と、折り終えたツルの回収)を忘れてしまった場合に備えて、念のため2日分、20枚程度を持ちえ歩けば万全だ。
ここで、いま宇宙ベンチャーに努めているので、それっぽくジップロックに折り紙を詰めておこう。
「なんのこっちゃい」と思われるかもしれないが、実は宇宙開発において、ジップロックはめちゃめちゃ重要だ。国際宇宙ステーション(ISS)に物を持込むあるいはロケットに物を載せるには数多の試験を通過しそれを証すなどの審査を経なければならないが、ジップロックはその審査を既に通過しており、お得だ。
「ISSで、千羽鶴折りたいなあ」と思うことも、きっとあるだろう。その時に、この折り紙をジップロックに小分けで詰めて持っていくライフハックは、そっくりそのままISSでも応用可能なのだ。

ぜひ、皆さんも宇宙で使ってほしい。
2.(T日目)満員電車の中で
2.1.奇異の目と戦う
朝、地下鉄。通勤ラッシュの満員電車の中で、立ったまま。
まずは日経新聞を読む。紙の日経新聞を縦長に折って半面ずつ。この時点で、少し「お、いまどき珍しいな」の顔で見られる。年上の方々や、「新聞は紙媒体に限る」と一家言ありそうな方々(たいてい、最新のiPhoneに高そうなスーツだ)には、連帯感をもって受け止めていただく。
普段は20-30分かけて読むところを、急いで7-8分で読み終えた新聞をしまう。続いて、イヤホンを装着する。この時点で、手に持つスマホのYoutubeやLINEから視線を外さない同年代や年下の方々(たいてい、気合を入れて画面に食いつくスタンスだ)から、「お前もやはりこちら側か」と興味のなさそうな気配を投げていただく。
音楽を聴きながら、戦闘モードに入る。前にかけなおしたリュックから折り紙の詰められたジップロックを取り出す。前の座席に座って本を読んでいた人が、「あなたも読書です…か…いや、なんか違うな…」と奇異の目を向ける。
7.5cm四方の折り紙の対角線(7.5cm×√2=10.6..cmだ)を、指の腹だけでゆがみを生まずにきれいに折り線をつけるのに難儀する。
角と角を合わせ…
辺と辺を合わせ…
表裏を返して角を合わせ…
折り筋に辺を合わせ…
多少は手間取りながら4分程度。つまり、2駅分くらいかけて、1羽完成。
目の前の読書おじさんが、時々、上目遣いでこちらを観察する。変人を見る目で。
2.2.不信感と戦う
乗り換えの多い駅では、降りる人と乗る人が入り乱れ、周囲の人たちとの相対角度や距離が変化する。目の前が若い女性に替わった。まずい。
女性が持つスマホの画面にはピンクの背景にカスタマイズしたLINEのトーク画面、何やら打ち込んでいる。こちらは、警戒しながらも意を決して次のツルを折り始める。目の前の女性が、液晶画面を撫でる手を止めて、警戒心75%くらいの嫌そうな顔をこちらに向ける。
「ここで折る手を止めたら、なんだか痴漢してたみたいな雰囲気出ないか?少し変であやしいことしてたかもしれんけど、それはさすがに濡れ衣だ…」とドギマギしながら、オロオロともう1羽を折りきる。
まだ2羽だが、既に少し心が疲弊している。電車の中でこんなに周囲と神経戦を繰り広げるとは。ひと時も心が休まらない在野戦場である。
イヤホンの向こうで、フレディーマーキュリーが「Radio Ga Ga」で慰めてくれる。
3.(T+2日目)Audibleとの出会い
周囲からの視線に疲弊している場合ではないと考えて、早々に、対策を考えた。
結論は、「耳を充実させよう」。
もともと、ラジオを聴くのが好きだし、その延長として音声コンテンツも好きなラインナップが多い。古典ラジオ(ちなみに僕は、有料クルーだ)、ゆる言語学ラジオ、ゆるコンピュータ科学ラジオ。
これに加えて、Audibleが初月無料のようなので登録し、翌日から「耳で読書をしながらツルを折る」ことにした。寝るまでに、何を聴くか決める。はじめが肝要だ。そして、積読にしてしまっているタイトルを見つけた:『銃・病原菌・鉄(上巻)』。明日から、文明発展の歴史に思いを馳せながら折ることにした。
そして、これが効果絶大だった。ハマった。もはや、折るために聴いているのか聴くために折っているのか、わからなくなってくる。ツルを折る指先を動かしながら、大陸の形に意識を飛ばし、コルテス・ピサロの幸運に気づく。
満員電車の周囲からの視線を気にしている場合ではない。人類が受けた環境的偶然の積重ねに気づくほうがよっぽど重要だ。
一心不乱な不審者性を高めることで、周囲の不審者を見る目も気にならない。
4.(T+5日目ごろ)気象で行動を変える職人に
一瞬話題は変わるが、手に技を持つ職人が天候や季節を気にして例えば生地の水含有量を調整する、というストーリーに時折出くわすことがある。しかし、自分がそれを実践する立場にはこれまでなかった。
ところが人生で初めて、気象状況に合わせて対象物を調整することも経験した。ふいに訪れるハードモード:雨である。
ここで、手持ちの紙4種類をおさらいしたい。
しろ色:不使用予定の予備0枚
やまぶき色:不使用予定の予備80枚
うすおうど色:7.5cm四方換算で、不使用予定の予備160枚
シルバーグレー色:不使用予定の予備160枚
そう、もし汚したりなくしたりと使えない紙が発生すると、「しろ色」は万事休すだ。
雨の日に、濡れた床へ落としたら買い直し。指が濡れて破けたら、買い直し。1枚のために200枚パックを購入し、199枚は無駄になる。
だから、2色の紙を持ち歩き、天気に応じて(正確には満員電車の床のコンディションに応じて)折る色を変えるという、人生で初めての職人ムーブをとった。
「折り始めたときは床が乾いていたけど、どうやら外は雨が降っているようで、乗り込んでくる人たちの靴が濡れだした。乗客の乗り降りが重なれば、もうすぐ電車の床が濡れだす。折る色を変えよう」

なんなら、解像度も以上に細かい。
5.(T+8日目)上手に切れていなかった
折り進める中で、課題を発見した。
7.5cm四方の紙がないために15cm四方の紙を自分で切った「うすおうど色」の紙、いくつかが、正方形になっていなかったのだ。辺と辺を合わせているのに、線がそろわない…
帰宅して紙の4辺を計ると、
1辺め:7.5cm
2辺め:7.5cm
3辺め:7.6cm
4辺め:7.6cm
…ずれていた。
まだ15cm四方から切っていない予備はまだまだある(15cm四方が40枚、7.5cm四方換算で160枚)ので、ここで、切りなおしても構わない。しかし、このずれている紙、折りづらいけどきれいに折れるかをまずは試そう。
…まあまあきれいに折れた。

ISS船内で折り鶴を折るライフハック(「1.(T-1日目)毎日の持ち物に、小分けの折り紙を」参照)に戻ろう。ISS船内で予備の折り紙がない場合も大いにあるだろう。その時、このずれてしまっていた紙をきれいに折る技術がないとミッションに影響が出る。
宇宙で千羽鶴を折るときの必須スキルを身に着けた。
6.ここまでの成長
さあ、いよいよ本格的に折り始めた!!
もう、満員電車の中で周囲の不審感に負けない。そろそろ、『銃・病原菌・鉄』の下巻が始まる。
宇宙空間で千羽鶴を折るときに必要な準備も、スキルも身に着けた。
もう、職人ムーブもできる。

順調だ。
この連載の全体像
第1回
第2回
第3回:
第4回:この投稿
第5回
第6回
