【小説】8月某日の夢 第8話
しばらく人混みに入ったり抜けたりしていると、あっという間に時間が経ってしまった。もう空も真っ暗だ。
そこで近づいてきたのは、第2部の打ち上げ花火だった。
「あのさ、打ち上げ花火、見に行かない?」
「ぜひ見に行きたいです」
第1部の時と同じ場所で花火を上げるらしい。私は、紬貴くんをそこまで連れていった。
3年前はできなかったはずの思い出。こうしてめぐり出会えたことは、まるで奇跡のように思えた。
状況はほとんど同じなのに、どうして結果が変わったんだろう。
3年前、紬貴くんとはかなり仲が良かった。今は、そんな3年前と同じくらい仲良し。だから、3年前より紬貴くんと仲良くなったから来てくれた、というわけではないはず。逆にその考えだと、3年前は大して仲が良くなかった、という捉え方ができてしまうし。
3年前は、本当に夏期講習が長引いたんだと思う。じゃあ、今はなぜ夏期講習が早く終わったのか………………。
もしかして、過去が変わってる? または、パラレルワールドに来ちゃった?
実際の3年前と同じ生活を送っていたわけではないから、その影響で……?
…………と、考え込んでいた私の前に、紬貴くんが現れた。
「そこの長椅子空いていますよ。そこで見ましょうか」
「あ、うん!」
慌てて現実に帰り、私は長椅子に座った。隣に紬貴くんも座っている。
2人で並んで、花火がまた夜空に咲き始めるのを待った。
その時からだった。
背筋が凍り始めたのは、血の気が引き始めたのは。
幸せに感じていたこの時間が、引き裂かれてしまったような気がしたのは。
……気づかなければ良かったのに。
私は花火が打ち上げるまで、周りを見渡していた。次はどこの屋台に寄ろうかな、なんて考えていたからだった。
そこで、屋台の方からこちらを見つめる人影があったことに気づいた。
思わず、そちらに顔を向けた。
何人かのクラスメイトたちが集まっていた。私たちを指さして、ニヤニヤと笑いながら立っている。中には、スマホを向けている人も。
……思わず見つめてしまった。
彼らは私が見ていることに気がつくなり、驚いて焦ったようにその場から立ち去ってしまった。
そうだ、あの人たちって…………
すっかり忘れていたことを思い出して、そこから突然怖くなった。
見られてしまった。
これからどうなるんだろう、私はどんな目に遭ってしまうんだろう………………。
夏休み明けに学校に行った時、なんて言えば良いんだろう。
3年前は、冬に目をつけられたはず。だけど、今は8月。もしかして、3年前よりずっと早くに怖い思いをしなければいけないの……?
どうしよう、嫌だ。そんなの、絶対に。
「高坂さん? 始まりましたよ」
「え……」
すぐ隣を向けば、いつもの楽しくも幸せな穏やかさだった。
上を向けば、すでにいくつかの花火が夜空に咲き誇っていた。
「……綺麗……だね」
「ですね」
言葉に詰まってしまった。
だけど、それは花火に見惚れているからだと思ったのか、紬貴くんの返事はいつもの平穏そのものだった。
紬貴くんは、私たちを指さして笑っていたクラスメイトがいたことに気づいていない。私だけだった。
少し世界から取り残されてしまった気がして、遠くの方を見た。
「日本の花火は、どこから見ても丸く見えるらしいですね」
もう一度隣を見ると、紬貴くんがお茶を飲んでいた。夜空を見上げていて、私とはまるで存在している世界が違うみたいだった。
3年前もそんなことを思った。私と紬貴くんは違うんだ、私は紬貴くんの隣にはもう並べないんだって。それからずっと、私にとって紬貴くんは高嶺の花だった。
「知ってました?」
お茶を飲み終わった紬貴くんが、私の方を向いた。
「えっ…………」
……こんなこと考えていたら駄目だ。紬貴くんが声をかけてくれている。
「う、うん、私も知ってた。360度同じように星を飛ばさせるの、すごいよね」
小さい頃は、花火を作ってみたいとかよく考えていた。作れるほどの器用さや忍耐力は、持ち合わせていなかったけど。
私は上を見上げた。一歩間違えたら、違う意味で涙が溢れてしまいそうだ。
紬貴くんに気づかれないように、少しだけ距離を縮めた。いっそ寄り添ってしまいたかった。紬貴くんのいる世界に入りたかった。
今はただ、紬貴くんと一緒に入れる時間を楽しもうと思った。
第1部より、たくさんの豪華な花火が打ち上がった。
私も、紬貴くんも、通りかかる人も、道も、空も、全てが照らされて明るくなった。もう夜のはずなのに、真昼を感じさせる明るさだった。
綺麗な花火を見ていたら、さっきまで世界に追いつこうと焦っていた私もようやく落ち着きを取り戻した。
そして、私はあの夕暮れを思い出していた。紬貴くんの高校の文化祭に行くかどうか迷った電車の中。私にとっては数日前のことだけど、今から数えたら3年後のことだ。3年後のことを考えているなんて、不思議な感じ。
でも、今はその紬貴くんが隣にいる。
まるで夢みたいだった。夢ならば一生覚めなければ良い、現実ならこの時間が終わらなければ良い……そんなことを願った。
ずっと、紬貴くんのそばにいれたら良かったのに。そばにいたかったのに。
いろいろな色が見える。花火の色が重なるのも、とても美しかった。
この花火の絵を描きたい。紬貴くんと一緒に。私とじゃ画風が釣り合わないかもしれないけど、きっと良い絵が描ける気がする。文化祭で飾ったら、絵の前で立ち止まって見てくれる人が増えるかもしれない。
こうやって、誰かと同じ思い出を作ることって滅多にないから。きっと。
夜空をしばらく見上げていると、いくつかの花火が上がった。赤色、オレンジ色、黄色、白色……と、やけに暖色が多い。
さらに、その花火は消えない。空に残る煙にも、くっきりとした色がついていた。空を花火で染めているようだった。
絵の具が空に打ち上がって、染めていく。隙間が少しずつ塗りつぶされて、夜の暗い色が見えなくなった。
あれは、まるで夕暮れ。電車の中で見た時と同じ景色だ。
紬貴くんと一緒に帰った日の夕暮れじゃなくて、あの電車の中で1人眠りについた時の夕暮れ。
電車が揺れ動くのが分かった。天井にあるスピーカーから音が流れた。
『次は、…………駅です』
駅名がよく聞こえない……って、え?
「高坂さん?」
気がついた時、空を染めていた暖色の花々は散ってしまっていた。
今まで通り、そこには静かな残響だけが残っていた。
大規模に空を覆った花火だった。だけど、それらが最後だったらしい。
目の前には真っ暗な夜空が。第2部の終わりを告げていた。
……私、もしかして寝てた? ほんの一瞬だけ、夢を見ていた気がする。
名前を呼ばれたので顔を横に向けた。紬貴くんが、私を見ていた。
「あの、俺はまだ時間があるんですけど、高坂さんは行きたいところありますか?」
それを聞いた私は、思わず飛び上がってしまいそうになった。
まだ一緒にいてくれるってこと……? なんて、思って。こんなに長い時間そばにいてくれた友達は、紬貴くんが初めてだった。
打ち上げ花火は終わってしまったけど、夏祭りはまだ終わらない。賑やかなこの通りだけは、まだ眠らない。
「じゃあ、また屋台見に行っても良い? 綿飴とか買ってみたい!」
「良いですよ、行きましょうか」
夕食も食べるから、食べすぎないように注意しないと。
私は、紬貴くんと一緒に歩き出した。
第9話
https://note.com/light_hyssop657/n/nc5deecf1fa95
第10話
https://note.com/light_hyssop657/n/n11c9e1d2c389
第11話
https://note.com/light_hyssop657/n/ne0b1d46617b5
