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私の産後うつを治したのは、薬でも治療でもカウンセリングでもなかった。〜正直なコミュニケーションが、体を治した話。|産後うつからの回復記録③|私自身の部屋

「首の、あれが、なくなった」

フランスで、夫の隣にいた時のことです。

突然、首の奥で「バキッ」と大きな音がしました。

何かがずれていたものが、はまった瞬間でした。

夫が「どうしたの?」と聞いてきた。

「首の、あれが、とれたというか、なくなった。」

自分でも何が起きたのかわからなくて、それだけ言いました。

その日の日記はこちらから⬇️

3年間、整体でも、ヨガでも、鍼でも、漢方でも、薬でも、高いお金を払って作ったインソールでもどうにもならなかった首のつっかかりが、その瞬間に、するっとなくなっていました。


言葉にするたびに、体のつっかかりが取れていった

そこからが、不思議でした。

今まで思っていたことを正直に口に出すたびに、体の中で何かが一つずつ取れていく感覚がありました。

背中のつっかかり。脇の下の引っかかり。前太ももの張り。足首のつまり。顎のつっかかり。

一つ言葉にするたびに、一つほどけていく。

その頃、鼻からドロっとした黒い血が出ることが何度かありました。心配になって検査に行きましたが、何も問題はなかった。

でも不思議なことに、それが出るたびに、体の中のつっかかりが一つずつ取れていきました。

これはスピリチュアルな話をしたいわけじゃありません。

ただ、今まで筋肉の疲労や、PC疲れや、体のバランスの問題だと思っていたことが、実は違ったのかもしれないと思い始めていました。

心と体は、別々に考えるものじゃないのかもしれない、と。


言葉にできていなかったことが、たくさんあった

実は、フランスに行く前、もう一つの決断をしました。

それまで何社も一気に引き受けていた仕事を、2社に絞ること。

そして帰国後、そのうちの1社の社長に、ずっと言えていなかったことを伝えることにしました。

スタートアップの立ち上げ期から関わってきた会社で、人手が足りなかった頃は、本来の専門ではないプロジェクトマネジメントやオペレーション業務も引き受けてきた。

でも本当にやりたいのは、自分の本来の専門である、上流のコンサルティングです、とご相談できませんか、と。

社長にメッセージを送った日の夜、何か状況が変わったわけじゃないのに。

胸骨の間の痛みとつっかえが、あのドロっとした鼻血とともに、なくなりました。

自分でもまだ信じられないけれど。

ずっと「言えなかった」ことを言葉にした瞬間に、体が応えてくれた。


私は、自分のやりたいことを言葉にするのが怖かった

今まで、やりたいことを自分なりにやり通してきたと思っていました。

でも本当は違った。

本当に好きなこと、やりたいこと、いいなと思うこと。そういうのを周りに口に出すことが、昔からずっと苦手でした。

変だと思われたらどうしよう。相手をがっかりさせたらどうしよう。やると言ってうまくできなかったらどうしよう。

自分への自信のなさから、言葉にできないことがたくさんあった。

夫に対しても、子育てに対しても、仕事に対しても。

子どもを産んで変わってしまったと愛想をつかされるのが怖かった。子育てを常に全力でやろうとしていたのは、うまくできていないんじゃないか、足りないんじゃないかという不安からきていた。

まなラボを始めたことも、友人や知人に大きく発表できていなかった。

でも今日、夫に公開したいことを伝えて、プライベートのSNSでまなラボを書いていることをストーリーズで初めて発表しました。

ずっと言えなかったことを、外に向かって言葉にした。


私の産後うつを治したのは、正直なコミュニケーションだった

病院にも行きました。カウンセリングにも、東洋医学にも。できることは全部やりました。

でも体を治したのは、薬でも、治療でも、カウンセリングでもなかった。

夫との、家族との、そして、自分自身との、正直なコミュニケーションでした。

自分が何をしたいのか、自分をちゃんと優先しながら、隠さず、遠慮せず、恥ずかしがらず、口に出し始めたとき。一つずつ、体が治っていきました。

「大丈夫」「もちろん」と言い続けることは、思いやりに見えて、実は長い目でみると一方的で無責任なことだと気づいたから。

相手は知らなかった。私が限界だということを。一番近くにいた夫も、そして私自身も。

私がどれだけ抱えていたかを。言葉にしなければ、伝わらない。

それは、夫だけじゃなくて、仕事の相手にも、友人にも、社会にも、同じでした。

まなラボを始めたのも、今振り返ると、誰かに声を聞いてほしいという、私なりのSOSだったのかなと思ったりします。

どこにたどり着くかわからないまま始めた。でも書き続けることで、少しずつ、自分の言葉を取り戻していきました。


心身ともに、以前より強くなった

帰国してジムでInBodyを測定したら、産後で一番いい数値が出ていました。

体重だけじゃない。骨格筋量も、内臓脂肪も、筋肉バランスも。数字の上でも、体が戻っていた。

でも、それ以上に大きな変化がありました。

仕組みを作ること。根性論をやめたこと。頼まれてもいないのに一人で抱え込まないこと。周りや結果を気にせず、自分のやりたいことに自信を持って声に出すこと。

そういう自分づくりが、今私が今歩んでいる、産後うつからの回復の本当の意味なんだろうなと思います。


次の世代に、渡したいもの

気合いと根性だけで前進してきた30代。

今回の産後鬱という経験を通して、女性に、若者に、中小企業の社長さんに、それから社会に、伝えたいことがあります。

自分のことをもっと信じてあげてほしい。

挑戦して失敗したり、誰かをがっかりさせてしまうことを恐れないでほしい。

そして、もっと周りを頼ってみてほしい。

せっかく頂いた、一度限りの生なのだから。

私は、これから自分を犠牲にせず、根性論でなんとかしようとせず、自分らしくいられる挑戦の後押しをしていきたい。

それは、人かもしれないし、起業家もしれないし、社会そのものかもしれなし。夫の家族がフランスで教えてくれたみたいに。自分のできることから少しづつ。

挑戦の第一歩を諦めない、恐れなくていい。そんな生き方ができる社会が、息子に渡したい未来だから。

やりたいこと、好きなことを、恥ずかしがらず、恐れず、大きな声で自信を持って言える。そんな子に育ってほしい。

でも、綺麗なことを言うだけじゃ、ただの綺麗事になってしまう。

私自身がちゃんとそれを実行していなければ、背中で見せられない。

だから今日、まなラボを始めたことをSNSで発表しました。

怖かった。でも言葉にしました。

それが、今の私の、一番小さくて、一番大きな一歩です。


これは今だから振り返って言えることです。産後うつの底にいる時は、こんなふうに整理できませんでした。もし今、同じような状態にいる方がいたら、一人で抱えないでほしいと思っています。話せる人に、少しだけ声をかけてみてください。


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