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卒業の日 #13 誰も知らない卒業

3/31 20:15

浩介の机の上に、開けられたままの封筒があった。
そこに書かれている名前。

――颯太。

颯太が結婚する。
その事実を受け入れるには、時間がかかりそうだった

出席か、欠席か。
まだ、どちらにも印はつけられない。

スマホの画面には、
この前から、ずっと追いかけていた
「卒業の日」の最後の一文が残っている。


『毎日が小さな卒業』

その言葉を胸に、彼女は扉を開けた。
カラン。
扉の鈴の音が鳴った。

そこは、優しい珈琲の匂いで包まれた空間だった。

(完)

これ以上スクロールは、できない。

ここで、物語は完結した。
だが、まだまだ続いていきそうな気もする。

(これも、一つ卒業なのかな)

浩介はもう一度招待状を見た。

出席・欠席。

二つの言葉を見比べる。
今の自分でいいのだろうか。

――毎日の、小さな卒業。

物語の最後の言葉をもう一度見た。

もう五年近くになる。
最初は大学が、合わなかった。
ただ、それだけのことだった。
説明できるほどの事件もなかった。

気づけば、外に出なくなっていた。

自分にも、来るのだろうか。
この生活の、卒業の日が。

答えは出ない。

――毎日の、小さな卒業。

自分は、あの日から、「卒業」できるのだろうか。

ゆっくりとベッドから体を起こす。
床に足をつける。立ち上がる。

それだけのことに時間がかかる。

(できた)

ドアの前に立つ。
手をかける。
ゆっくりとドアノブを回す。

(……いける)

ゆっくりと部屋のドアを開ける。
外の空気が頬を晒す。
冷たい。
久しぶりの「外」の匂いだ。

ゆっくりと、冷たい水に体を慣らすように、
一歩一歩、歩き出してみた。

(颯太、俺行けるかもしれない)

夜の街。
部屋の前の、コンビニ。
いつも、窓から見える風景。
自分がその中に溶け込んでいく。

店に入った。
久しぶりに聞く、ドアが開く音。
階段を一つ上がったような気がした。

店の中は明るい。
世の中の、「今」を詰め込んだ店。
しばらく来ない間に、だいぶん変わってしまった。

棚の前で立ち止まった。
小さなグミを……買った。

レジに向かうと、目の間に二人の親子連れ。

「お父さん、これで手続きすんだね」

「そうだね。智花が一人暮らしとは実感がわかないけどな」

娘が少し笑う。

「そのうち慣れるって」

父は、小さくうなずいた。

その少し後ろ。
部屋着姿の男が、コーヒーを手にしていた。
その男の会計も終わり、浩介の順番が来た。
商品をカウンターに置く。
店員が顔を上げる。

外国人だ。

「イラッシャいマセ!」

少しだけ、たどたどしい。
でも、こちらをにこやかに見つめていた。

「……これで」

声は、ちゃんと出た。

店員はレジを素早く叩く。

「SUICAで」

「アリガトウゴザイマす」

なんのことはない、普通の日常だ。

浩介は、店を出た。
夜の空気が、そっと背中を押す。

これは、誰も知らない『卒業式』だった。

(参加に〇をして、颯太に送らなきゃ)

早く家に帰りたかった。

「イラッシャいマセ、アタタめますか?」

背後で、店員の声が聞こえた。
夜は、まだ続く。

(第13話 了)

📚ZAPPING POINT
買い物をしている親子の物語→#1 父の泣き顔 #2 引き継ぎの付箋
友だちの「颯太」の物語→#3 颯太の迷い #7 見送る日
珈琲を買った若い男の物語→#19 最後の7人

#小説 #創作 #短編小説 #連作短編
#卒業 #日常の物語 #静かな物語
#誰も知らない卒業 #一条詩紋

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