卒業の日 #13 誰も知らない卒業
3/31 20:15
浩介の机の上に、開けられたままの封筒があった。
そこに書かれている名前。
――颯太。
颯太が結婚する。
その事実を受け入れるには、時間がかかりそうだった
出席か、欠席か。
まだ、どちらにも印はつけられない。
*
スマホの画面には、
この前から、ずっと追いかけていた
「卒業の日」の最後の一文が残っている。
『毎日が小さな卒業』
その言葉を胸に、彼女は扉を開けた。
カラン。
扉の鈴の音が鳴った。
そこは、優しい珈琲の匂いで包まれた空間だった。
(完)
これ以上スクロールは、できない。
ここで、物語は完結した。
だが、まだまだ続いていきそうな気もする。
(これも、一つ卒業なのかな)
浩介はもう一度招待状を見た。
出席・欠席。
二つの言葉を見比べる。
今の自分でいいのだろうか。
――毎日の、小さな卒業。
物語の最後の言葉をもう一度見た。
*
もう五年近くになる。
最初は大学が、合わなかった。
ただ、それだけのことだった。
説明できるほどの事件もなかった。
気づけば、外に出なくなっていた。
自分にも、来るのだろうか。
この生活の、卒業の日が。
答えは出ない。
――毎日の、小さな卒業。
自分は、あの日から、「卒業」できるのだろうか。
*
ゆっくりとベッドから体を起こす。
床に足をつける。立ち上がる。
それだけのことに時間がかかる。
(できた)
ドアの前に立つ。
手をかける。
ゆっくりとドアノブを回す。
(……いける)
ゆっくりと部屋のドアを開ける。
外の空気が頬を晒す。
冷たい。
久しぶりの「外」の匂いだ。
ゆっくりと、冷たい水に体を慣らすように、
一歩一歩、歩き出してみた。
(颯太、俺行けるかもしれない)
夜の街。
部屋の前の、コンビニ。
いつも、窓から見える風景。
自分がその中に溶け込んでいく。
*
店に入った。
久しぶりに聞く、ドアが開く音。
階段を一つ上がったような気がした。
店の中は明るい。
世の中の、「今」を詰め込んだ店。
しばらく来ない間に、だいぶん変わってしまった。
棚の前で立ち止まった。
小さなグミを……買った。
レジに向かうと、目の間に二人の親子連れ。
「お父さん、これで手続きすんだね」
「そうだね。智花が一人暮らしとは実感がわかないけどな」
娘が少し笑う。
「そのうち慣れるって」
父は、小さくうなずいた。
その少し後ろ。
部屋着姿の男が、コーヒーを手にしていた。
その男の会計も終わり、浩介の順番が来た。
商品をカウンターに置く。
店員が顔を上げる。
外国人だ。
「イラッシャいマセ!」
少しだけ、たどたどしい。
でも、こちらをにこやかに見つめていた。
「……これで」
声は、ちゃんと出た。
店員はレジを素早く叩く。
「SUICAで」
「アリガトウゴザイマす」
なんのことはない、普通の日常だ。
浩介は、店を出た。
夜の空気が、そっと背中を押す。
これは、誰も知らない『卒業式』だった。
(参加に〇をして、颯太に送らなきゃ)
早く家に帰りたかった。
「イラッシャいマセ、アタタめますか?」
背後で、店員の声が聞こえた。
夜は、まだ続く。
(第13話 了)
📚ZAPPING POINT
買い物をしている親子の物語→#1 父の泣き顔 #2 引き継ぎの付箋
友だちの「颯太」の物語→#3 颯太の迷い #7 見送る日
珈琲を買った若い男の物語→#19 最後の7人
いいなと思ったら応援しよう!
いつも読んでいただき、本当にありがとうございます。
物語があなたの癒しになれば幸いです。
チップはご無用です。一緒にドキドキしてくれた思いを伝えてくだされば・・・。それがうれしいです。