卒業の日 #11 ふたつの卒業文集
三月十九日、二十一時五分。
五郎は、机の上に一冊の本を置いた。
今日、子どもたちに配ったばかりの、
卒業文集だ。
ページをめくった。
つい昨日まで、
朝の健康観察で読んでいた名前。
もう、呼ぶこともない。
ふと、指が止まる。
「将来の夢」のページ。
(陽斗君)
『僕は、学校の先生になりたいです』
その文章をみて、先生は小さく笑った。
そして、昼間の教室を思い出した。
*
卒業式が終わり、
最後の学級の時間。
みんなを前に、こんな話をした。
「『卒業』ってなんだろう?」
子どもたちは、不思議そうな顔をした。
「今日でおわりって意味じゃないんですか?」
誰かが、言った。
教室が少し静かになる。
五郎は少し考えてから言った。
「今日だけじゃないんだよ」
子どもたちが首をかしげる。
「どういう意味?」
五郎は言った。
「毎日、『小さな卒業』をしているんです」
*
五郎は、本棚の奥に手を伸ばす。
もう一つの卒業文集。
五郎が小学校のときのものだ。
もう、紙は少し黄ばんでいる。
ページを開いた。
そこに書かれていた、「将来の夢」。
「学校の先生になりたい」
あれから、四十年以上が過ぎた。
二つの卒業文集を見比べる。
五郎は、再び静かに笑った。
うまくいかなかった日のほうが多かったかもしれない。
それでも。
なんとか、休まずに最後まで走りきれた。
今年で、定年。
今日の卒業式が、教師として最後の卒業式だった。
もしやり直せるとしたら、
自分はこの仕事を選ぶだろうか。
少し考えた。
陽斗の「将来の夢」をじっと見つめる。
「やっぱり、そうだよな」
そう言いながら、五郎は、パソコンを開いた。
*
毎晩の習慣。
小説サイト。
フォローしている作家がいる。
本名も知らない。
顔も知らない。
それでも、
文章はよく知っている。
先生はキーボードを打つ。
短いコメントを書いた。
今日、教師を卒業しました。
小学校の卒業文集に、
「先生になりたい」と書いた子どもがいました。
それは、昔の自分でした。
この仕事で良かったと思いました。
投稿する。
数分後、通知が鳴った。
その作家からの返信。
そこには、こう書かれていた。
卒業の話、
少し書いてみたくなりました。
先生は、三度笑った。
画面の向こうで、
誰かが、物語を書き始めている。
(第11話 了)
📚ZAPPING POINT 「小さな卒業」
#13 誰も知らない卒業
#17 真昼の卒業
#18 ON AIR
#21 見慣れぬ天井
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いつも読んでいただき、本当にありがとうございます。
物語があなたの癒しになれば幸いです。
チップはご無用です。一緒にドキドキしてくれた思いを伝えてくだされば・・・。それがうれしいです。