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卒業の日 #11 ふたつの卒業文集

三月十九日、二十一時五分。

五郎は、机の上に一冊の本を置いた。
今日、子どもたちに配ったばかりの、
卒業文集だ。

ページをめくった。
つい昨日まで、
朝の健康観察で読んでいた名前。
もう、呼ぶこともない。

ふと、指が止まる。

「将来の夢」のページ。

(陽斗君)

『僕は、学校の先生になりたいです』

その文章をみて、先生は小さく笑った。
そして、昼間の教室を思い出した。

卒業式が終わり、
最後の学級の時間。

みんなを前に、こんな話をした。

「『卒業』ってなんだろう?」

子どもたちは、不思議そうな顔をした。

「今日でおわりって意味じゃないんですか?」

誰かが、言った。

教室が少し静かになる。
五郎は少し考えてから言った。

「今日だけじゃないんだよ」

子どもたちが首をかしげる。

「どういう意味?」

五郎は言った。

「毎日、『小さな卒業』をしているんです」

五郎は、本棚の奥に手を伸ばす。

もう一つの卒業文集。
五郎が小学校のときのものだ。
もう、紙は少し黄ばんでいる。

ページを開いた。
そこに書かれていた、「将来の夢」。

「学校の先生になりたい」

あれから、四十年以上が過ぎた。

二つの卒業文集を見比べる。
五郎は、再び静かに笑った。

うまくいかなかった日のほうが多かったかもしれない。

それでも。

なんとか、休まずに最後まで走りきれた。
今年で、定年。
今日の卒業式が、教師として最後の卒業式だった。
もしやり直せるとしたら、
自分はこの仕事を選ぶだろうか。

少し考えた。

陽斗の「将来の夢」をじっと見つめる。

「やっぱり、そうだよな」

そう言いながら、五郎は、パソコンを開いた。

毎晩の習慣。
小説サイト。
フォローしている作家がいる。
本名も知らない。
顔も知らない。

それでも、
文章はよく知っている。

先生はキーボードを打つ。

短いコメントを書いた。

今日、教師を卒業しました。
小学校の卒業文集に、
「先生になりたい」と書いた子どもがいました。

それは、昔の自分でした。

この仕事で良かったと思いました。


投稿する。
数分後、通知が鳴った。
その作家からの返信。

そこには、こう書かれていた。

卒業の話、
少し書いてみたくなりました。

先生は、三度笑った。

画面の向こうで、
誰かが、物語を書き始めている。

(第11話 了)

📚ZAPPING POINT 「小さな卒業」
#13 誰も知らない卒業
#17 真昼の卒業
#18 ON AIR
#21 見慣れぬ天井


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