Q 〈雨女⑦〉
借りは返さなくては。
河童の借りはなおさらだ。
尻子玉なんて無いのだから、彼に何を求められるか気が気ではない。あったとしても、取られては敵わない。
童心こそが尻子玉だと自説をぶったところで、取られたら死ぬという話もあるにはあるし、命に関わる以上、無視できないのが人間の情だ。
結局尻子玉については、河童のみぞ知るなのだ。
あるともないともわからないもので、ひやひやしながら過ごすのも気持ちが悪い。こんな暑い昼のうちからひやひやしていると、汗ばかり出てなお気持ちが悪い。
こちらから会いに行ってやろうかと思っても、河童がどこにいるのかなんて、皆目見当がつかない。神出鬼没はたちが悪い。
あの子のように、いつもの時間、同じところで会えたならいいのいのにね。
そもそも会おうと思って会えるものではないのが幻獣だ。河童よ河童と買い物帰りにうろついて、河童でないよ、カエルだよと、カエルの先は田んぼだよ。田んぼの脇に、
——河童だよ。
田んぼに手を入れて、ゆらゆらさせて、頭の皿をぴしゃりと叩く。また、ゆらゆらさせて、ぴしゃりとたたく。声をかけていいのか非常に悩ましい。恥ずかしいことをしているのか、わからない。恥ずかしいなどという感情があるのかどうかも。私だったら気まずいけれど。
頭に置いた河童の手が止まるった。
ゆっくりとこちらを向いて、私に驚いた。
本来は、私が驚くべき場面なのだ。
やっぱり気まずいじゃないか。
何事もなかったように
「この間は、ありがとう」
と言っておいた。
河童は、濡れた手を太ももで拭って、その手をこちらに小さく振る。
「しかし、尻子玉はないよ」
河童は「いらん」という。
「天狗でも、鬼でもないよ」
この間聞かれたことだ。一応否定はしておこう。
河童は「そうかぁ」という。
では、なんだろう。
河童は「なんだろう」という。
なんだろう。
河童は「きゅうり」という。
そうか、わたしはきゅうりだ。
きゅうりだったか、いや、わたしはきゅうりではない。
河童は、わたしの買い物袋を見つめて腕組みをしている。
河童は「きゅうりがいい」という。
しまった、今日はきゅうりは買っていない。
そうだ、
「Qちゃんならある」
袋を取り出して、河童に見せる。
河童は近づいて、しげしげと見ている。
目が少しだけ見開く。
「Qちゃん、がいいなぁ」と言った。
ずっとQちゃんを見ている。
釘付けだ。
「じゃあ」と、きゅうりのQちゃんを手渡すと、河童は両手で受け取り「感謝!」と言って、すたすた歩いて行った。
いつもより、すたすたが早い気がする。
あ、スキップなのかなあれ。
む、立ち止まった。
袋を開けている。あ、摘んだ。
ぽりぽりさせながら、また、すたすた歩いて行った。
そしてまた、立ち止まった。
河童は田んぼに手を入れて、太ももでその手を拭った。
手がベタベタするのは、河童でも嫌だったか。
今日は晴れだ。
私は、夜を待っている。
犬が吠えた。
***
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