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温故知新(135)縄文人 轟貝塚 三ツ沢貝塚 船泊遺跡 アレクサンドリア 出雲大社 丹生川上神社

亀ヶ岡石器時代遺跡 氣多大社 八海山神社 土佐神社 丹生都比売神社 長谷丹生神社 鷲ノ木遺跡 アテネ 岩木山 月山 葦嶽山 熊野摩崖仏 押戸石の丘 下山環状列石 財前家宝塔 チチェン・イッツァ 藻岩山 沖ノ御前島 大元神社 ポヴァティ・ポイント・ワールド・ヘリテイジ・サイト デーノタメ遺跡 里浜貝塚 栃原岩陰遺跡 猿田彦神社 オリンポス山 鹿島神宮 天照皇大神社 マラケシュ

縄文人の古人骨
 東京大学と東邦大学のグループが、縄文早期の 居家以岩陰遺跡(群馬県)、前期の 轟(とどろき)貝塚(熊本県宇土市)、中期の三ツ沢貝塚(神奈川県)、後期の 摩文仁(まぶに)ハンタ原(ばる)遺跡(沖縄県糸満市)、後期の船泊遺跡(北海道)などの各遺跡で出土した古人骨の全ゲノム配列を解析した結果、各縄文人の遺伝的特徴は、時代差があるにもかかわらず、ばらつきがなく、連綿と受け継がれてきたことが分かったとするニュースがありました。

船泊遺跡、轟貝塚、三ツ沢貝塚、氣多大社、出雲大社
 船泊遺跡と轟貝塚を結ぶラインは出雲大社(島根県出雲市)の近くを通り、このラインは、能登國一宮 氣多大社(石川県羽咋市)の近くを通る三ツ沢貝塚とアレクサンドリアを結ぶラインとほぼ直角に交差します(図1)。三ツ沢貝塚と船泊遺跡を結ぶラインの近くには、八海山神社(栃木県矢板市)や亀ヶ岡石器時代遺跡(青森県つがる市)があり、轟貝塚と三ツ沢貝塚を結ぶラインの近くには、土佐一ノ宮 土佐神社(高知県高知市)や、丹生川上神社上社(奈良県吉野郡川上村)があります(図1)。

図1 三ツ沢貝塚、船泊遺跡、轟貝塚を結ぶ三角形のラインと八海山神社、亀ヶ岡石器時代遺跡、出雲大社、土佐神社、丹生川上神社上社、三ツ沢貝塚とアレクサンドリアを結ぶラインと氣多大社

 これらのラインは、縄文人と大国主命(孝元天皇と推定)や須佐之男命(孝霊天皇と推定)との血縁関係を示していると推定されます。

 図1の轟貝塚と三ツ沢貝塚を結ぶラインの近くには、長谷丹生神社(和歌山県海草郡紀美野町)、丹生都比売神社(伊都郡かつらぎ町)、丹生川上神社(上社、中社、下社)(奈良県吉野郡)があります(図2)。このラインは、縄文人と丹生氏との血縁関係を示していると推定されます。

図2 図1の轟貝塚と三ツ沢貝塚を結ぶラインと長谷丹生神社、丹生都比売神社、丹生川上神社下社、丹生川上神社上社、丹生川上神社中社

 図1の三ツ沢貝塚と船泊遺跡を結ぶラインの近くには、月山岩木山や、環状列石が見つかっている縄文時代の鷲ノ木遺跡(北海道茅部郡森町)があります(図3)。

図3 図1の三ツ沢貝塚と船泊遺跡を結ぶラインと月山、岩木山、亀ヶ岡石器時代遺跡、鷲ノ木遺跡

轟貝塚と亀ヶ岡石器時代遺跡、オリンポス山、鷲ノ木遺跡、アテネ
 亀ヶ岡石器時代遺跡と轟貝塚を結ぶラインは、三ツ沢貝塚とオリンポス山を結ぶラインとほぼ直角に交差し、鷲ノ木遺跡と轟貝塚を結ぶラインは、三ツ沢貝塚とアテネを結ぶラインとほぼ直角に交差します(図4)。

図4 三ツ沢貝塚、亀ヶ岡石器時代遺跡、轟貝塚を結ぶ三角形のライン、三ツ沢貝塚とオリンポス山を結ぶライン、アテネと三ツ沢貝塚、鷲ノ木遺跡、轟貝塚を結ぶライン

轟貝塚とチチェン・イッツァ
 轟貝塚とチチェン・イッツァを結ぶラインは、熊野摩崖仏(大分県豊後高田市)、葦嶽山(広島県庄原市)、亀ヶ岡石器時代遺跡の近くを通ります(図5)。

図5 轟貝塚とチチェン・イッツァを結ぶラインと熊野摩崖仏、葦嶽山、亀ヶ岡石器時代遺跡

 図5のラインの近くには、押戸石の丘(熊本県阿蘇郡南小国町)や下山環状列石(大分県杵築市山香町)があり、熊野摩崖仏のある国東半島の中心部には、丹生氏と同族の紀氏の血を引くと言われる財前家の墓地にある財前家宝塔(大分県杵築市)があります(図6)。

図6 図5のラインと轟貝塚、押戸石の丘、下山環状列石、熊野摩崖仏、財前家宝塔

轟貝塚と藻岩山、ポヴァティ・ポイント・ワールド・ヘリテイジ・サイト
 轟貝塚とポヴァティ・ポイント・ワールド・ヘリテイジ・サイトを結ぶラインは、事代主命(少彦男心命と推定)が鯛釣りをしていたとされる沖ノ御前島の近くを通り、藻岩山(札幌市)を通ります(図7)。

図7 轟貝塚とポヴァティ・ポイント・ワールド・ヘリテイジ・サイトを結ぶラインと沖ノ御前島、藻岩山

 図7のラインの近くには、大分県日田市の天満神社(雉谷天満宮)、杵築市の大元神社(宇佐神宮 奥宮)、真っ二つに割れた巨石がある天馬山展望台(島根県安来市)があります(図8)。

図8 図7のラインと轟貝塚、天満神社(雉谷天満宮)、大元神社(宇佐神宮 奥宮)、天馬山展望台、沖ノ御前島

デーノタメ遺跡と里浜貝塚、栃原岩陰遺跡、オリンポス山
 宮城県東松島市にある里浜貝塚と栃原岩陰遺跡(長野県南佐久郡北相木村)を結ぶラインは、デーノタメ遺跡とオリンポス山を結ぶラインとほぼ直角に交差します(図9)。デーノタメ遺跡と里浜貝塚を結ぶラインの近くには、山背大兄王の妃の舂米女王(上宮大娘姫王)の陵墓と推定される壬生車塚古墳(栃木県下都賀郡壬生町)や黒羽山大雄寺(栃木県大田原市)があります。土師部、壬生部(乳部)、丹治比部、埴生部は丹生氏とも関連する部族と考えられています(丹生についての覚書)。黒羽山大雄寺は大関氏の菩提寺で、大関氏は丹生麿(大丹生直、継体天皇と推定)とつながる武蔵七党の丹党の末裔で、本姓は丹治姓であるとしています。また、栃原岩陰遺跡とデーノタメ遺跡を結ぶラインの近くには、丹生氏と関係がある弘法大師 空海ゆかりの観音院(埼玉県秩父郡小鹿野町)や、多胡羊太夫(丹生氏の宇胡閉と推定)の墓と推定される山の神古墳(小鹿野町)があります(図9)。

図9 デーノタメ遺跡、里浜貝塚、栃原岩陰遺跡を結ぶ三角形のラインと壬生車塚古墳、黒羽山大雄寺、観音院(小鹿野町)、山の神古墳(小鹿野町)、デーノタメ遺跡とオリンポス山を結ぶライン

 栃原岩陰遺跡とポヴァティ・ポイント・ワールド・ヘリテイジ・サイトを結ぶラインの近くに里浜貝塚があります(図10)。

図10 栃原岩陰遺跡とポヴァティ・ポイント・ワールド・ヘリテイジ・サイトを結ぶラインと里浜貝塚

 図9の観音院や山の神古墳の近くには、デーノタメ遺跡と関係があると推定される猿田彦命を祀る猿田彦神社があります(図11)。

図11 図9のラインと栃原岩陰遺跡、観音院(小鹿野町)、猿田彦神社(秩父市吉田石間)、猿田彦神社(小鹿野町)、山の神古墳(小鹿野町)、デーノタメ遺跡

里浜貝塚と鹿島神宮、天照皇大神社
 図11の栃原岩陰遺跡とデーノタメ遺跡を結ぶラインは、天照皇大神社(石川県加賀市山中温泉真砂町)と鹿島神宮を結ぶラインと重なります(図12、13)。里浜貝塚と天照皇大神社(山中温泉真砂町)を結ぶラインは、鹿島神宮アトランティスの都市があったと推定されるマラケシュを結ぶラインとほぼ直角に交差します(図12)。

図12 鹿島神宮、里浜貝塚、天照皇大神社(山中温泉真砂町)を結ぶ三角形のラインと栃原岩陰遺跡、観音院(小鹿野町)、鹿島神宮とマラケシュを結ぶライン

 鹿島神宮と天照皇大神社(石川県加賀市山中温泉真砂町)を結ぶラインの近くには、継体天皇(丹生麿)の曾孫と推定される丹生氏の秋麿と関係があると推定される諏訪大社 下社 秋宮(長野県諏訪郡下諏訪町)があります(図13)。

図13 図12のラインと天照皇大神社(山中温泉真砂町)、諏訪大社 下社 秋宮、栃原岩陰遺跡、デーノタメ遺跡、鹿島神宮

 これらのラインは、猿田彦命と関係があると推定されるデーノタメ遺跡の縄文人と古代天皇とつながる丹生氏の血縁関係を示していると思われます。