本能寺の変1582 【 重史 001 】250503 天正十年六月二日、明智光秀が織田信長を討った。その時、秀吉は備中高松で毛利と対峙、徳川家康は堺から京都へ向かっていた。甲斐の武田は消滅した。日本は戦国時代、世界は大航海時代。時は今。歴史の謎。その原因・動機を究明する。『光秀記』
【 重史 001 】 『日本史』 250503
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→【シリーズ】
信長の甲斐侵攻 光秀と長宗我部元親 本能寺への道 1 2 3 4 5
→その一因 目次大 概説大 目次中 →
1時代の風潮 2光秀という男 3光秀と光慶
4光秀の苦悩 5志向の相違 +信長の油断 →
3 (1)光秀の素性 (2)光秀の年齢 (3)光秀の嫡男
→見えてきたもの 目次大 目次中 +240607
→【人物】
*◎=重要ヶ所 P=重要Point 史=史料 公=信長公記 ✓=チェック済
そ=その一因 テ=テーマ別
*加筆修正 250503
【 重史 001 】 ◎第52話① ◎第52話② 250503
殿内にあって彼は余所者であり、
『日本史』
◎第52話① 光秀という男
光秀は、新参者。
家中では、特異な存在だった。
殿内にあって彼は余所者(よそもの)であり、外来の身であったので、
ほとんどすべての者から快く思われていなかったが、
光秀は、信長の心の内を知りつくしていた。
「打てば響く」
信長は、大いに気に入った。
自らが受けている寵愛を保持し増大するための不思議な器用さを
身に備えていた。
光秀は、典型的な戦国武将。
「同じ穴の狢」
信長と周波数が、合う。
彼は裏切りや密会を好み、刑を科するに残酷で、独裁的でもあったが、
己を偽装するのに抜け目がなく、
戦争においては謀略を得意とし、忍耐力に富み、
計略と策謀の達人であった。
また、築城のことに造詣が深く、優れた建築手腕の持ち主で、
選り抜かれた戦いに熟練の士を使いこなしていた。
光秀は、信長の懐深くに入り込んでいた。
全ては、明智再興のため。
「惜しまず」
なかなかの努力家である。
行為・行動に「隙」がない。
信長の心を引きつけた。
彼は誰にも増して、絶えず信長に贈与することを怠らず、
その親愛の情を得るためには、
彼を喜ばせることは万事につけて調べているほどであり、
光秀は、信長の性癖をよく知っていた。
信長は、絶対専制君主。
誇り高い男。
決して、
「逆らってはならぬ」
のである。
彼の嗜好や希望に関しては、
いささかもこれに逆らうことがないよう心掛け、
彼の働きぶりに同情する信長の前や、
一部の者がその奉仕に不熱心であるのを目撃して、
自らはそうではないと装う必要がある場合などは
涙を流し、それは本心からの涙に見えるほどであった。
(『日本史』1/2)
◎第52話② 光秀という男
光秀は、典型的な戦国武将。
兵法に通じていた。
また、友人たちの間にあっては、彼は人を欺くために七十二の方法を
深く体得し、かつ学習したと吹聴していたが、
光秀は、信長を欺いた。
これすなわち、信長の「油断」。
ついには、このような術策と表面だけの繕いにより、
あまり謀略(という手段を弄すること)に精通していない信長を
完全に瞞着し、惑わしてしまい、
明智の再興、成る。
「大願成就」
なれど、・・・・・。
信長は彼を丹波、丹後二ヵ国の国主に取り立て、
信長がすでに破壊した比叡山の大学(延暦寺)の全収入
━━━それは(別の)国の半ば以上の収入に相当した━━━
とともに彼に与えるに至った。
(『日本史』2/2)
⇒ 次へつづく
