本能寺の変15820 重要 ◎目次小 59①② 天正十年六月二日、明智光秀が織田信長を討った。その時、秀吉は備中高松で毛利と対峙、徳川家康は堺から京都へ向かっていた。甲斐の武田は消滅した。日本は戦国時代、世界は大航海時代。時は今。歴史の謎。その原因・動機を究明する。『光秀記』
重要 ◎目次小 59①②
9光秀という男 4教訓
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→【 重要史料 】 【 人物 】
*加筆修正
◎第59話① ◎小59① 第59話
光秀は、土岐の歴史から教訓を得た。
一、主君ならばこそ、油断すべからず。
一、頼むべきは、己の力ただ一つ。
一、打つ手を違えれば、明智は消滅する。
光秀の脳裏には、常に義満と信長があった。
光秀は、自身と光慶を土岐頼康と康行に重ね合わせた。
そして、将軍 義満を 信長に置き換えた。
光秀は、戦国の世を生きぬいて来た男。
典型的な戦国武将なのである。
信長を信用していない。
◎第59話② ◎小59② 第59話
光秀は、新参者。 『日本史』
光秀は、信長の性格を知り尽くしていた。 『日本史』
信長は、合理主義者。 「史記」
信長は、恐ろしい男。
一瞬たりとも、気の抜けぬ相手。
光秀は、この様な緊張感の中で、信長に仕えていた。
光秀は、用心深く、疑い深い。
言い換えれば、慎重かつ堅実。
失敗せぬ男、出来る男、役に立つ男、なのである。
光秀は、典型的な戦国武将。
目的遂行のためには、手段を選ばぬ男である。
光秀には、先が見えた。
残り時間は、少ない。
光慶は、若すぎる。
明智は、大きくなりすぎた・・・・・。
信長は、光秀を信用してない。
光秀もまた、信長を信用していない。
相互不信の時代。
それが、戦国時代なのである。
絶対専制君主と、新参者の家臣。
恐ろしい男と出来る男。
天下布武と立身出世。
その結末が、「本能寺の変」だった。
光秀は、忠義心が薄い。
光秀は、少なくとも、二度、下剋上を行っている。
一、元亀四年(天正元年)1573、将軍義昭の追放。
一、天正十年1582、「本能寺の変」。
光秀は、自立心が旺盛だった。
言い換えれば、そうなる。
独立心が強かった、ということである。
これもまた、戦国時代ならばこそ。
なれど、信長は、自立を赦さず。
赦すわけがない。
それが、信長。
絶対専制君主。
波多野秀治を見よ!!
松永久秀を見よ!!
荒木村重を見よ!!
光秀は、その渦中に身を置いていた。
信長は、不意を衝く。
光秀は、粛清を怖れていた。
光秀は、先手を打った。
それが、「本能寺の変」。
⇒ 次へつづく
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原因・動機の究明は、この一歩から!!
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「本能寺の変」
原因・動機は、この中にあり!!
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