偏差値30台からの広尾学園小石川中学AG合格への軌跡 ‐ 国際生入試の記録として
今回、息子の中学受験が終わりました。受けたのは「国際生入試」と言われるものです。
この文章は、受験が終わった直後から、息子と歩んだ受験の経験を記録として残しておこうと書き始めたものですが、
昨日、入学式を終えたことを一つの区切りとして、ここに残しておきたいと思います。
まず、この「国際生入試」について簡単に触れます。
国際生入試は、試験内容や形式としては、帰国生入試に近いものです。
ただし、都内の帰国生入試は、一定期間の海外滞在経験がないと受験資格を得られません。
一方で、そうした条件を満たしていない子どもたちに向けて、
帰国生と同様に英語で受験できる「国際生入試」という枠を設けている学校もあります。
息子は、この国際生入試を受験しました。
試験は、2月1日から始まる一般入試と同じ時期に行われます。
ここまでの道のりは、試行錯誤の連続でした。
「塾選び」ひとつとっても、どこが良いのか分からず、悩みながら2回選び直してきました。
また、国際生入試については、一般入試に比べて情報が多いとは言えず、
「どうすればいいのか分からない」という中で、手探りで進めていく場面が多くありました。
もちろん、自分自身の情報収集不足もあったと思いますが、
それでも「もう少し参考になる情報があれば」と感じることは何度もありました。
国際生入試を選ぶ、ご家庭は多くありませんが、
同じように悩んでいる方にとって、何か一つでも参考になることがあればと思っています。
また、この経験を整理し、文章として残すことで、
今後、息子が次のステップに進む際に、活かせるものがあるかもしれない、
そんな思いも持ちました。
そうした試行錯誤の記録を、これからまとめていきたいと思います。
内容は次のとおりです
Ⅰ 英語受験を考えた理由
Ⅱ インターと公立小の併学 ‐ 我が家の実体験と勉強の進め方
Ⅲ 偏差値30、算数の壁
Ⅳ 塾の変遷
Ⅴ TOEFLiBTスコア90までの奮闘
Ⅵ 教育にかかったお金と我が家の倹約
Ⅶ 受験スケジュールの組み方と実際
Ⅷ 受験を終えて、今思うこと
今回は「Ⅰ 英語受験を考えた理由」についてまとめました。
なぜ、子どもの英語受験を考えるようになったのか?
〇 きっかけは、SAPIXでの算数でした
息子は、小学生になってからSAPIXに通い始めました。
入塾の時点では、英語の学びについても考えていましたが、
それほど意識していたわけではなかったので、
中学受験に備えて、一般的な塾に通わせることにしました。
しかし、通塾するうちに、特に算数の理解度が低い現実に直面しました。
低学年のサピックス算数は、知識を教えるというより、“算数的に考える頭の使い方”を育てる学びです。
算数的に考える力が弱いままでは、受験算数への対応はかなり厳しくなるだろうと感じました。
そして、中学受験では算数の比重が非常に大きいことを考えると、
主流である4科受験そのものが、息子にとって大きな負担になるのではないか ―― そんな思いが次第に強くなっていきました。
そうした中で、別の道として、「英語受験」という選択を現実的に考えるようになりました。
さらに、その受験に向けて英語教育について考える中で、改めて感じたのが「これからの社会の変化」についてです。
世界はネット社会となり、人と人との距離は一気に近くなっています。
そんな時代の中で、息子に本当に必要な能力とは何なのか。
それを考えることが、我が家がどのような英語教育を選ぶべきかを考え始める出発点となりました。
そして、その延長線上にあったのが、国際生入試という選択です。
〇 日本人と英語の疑問-なぜ話せないのか
多くの日本人は、中学校(今は小学校)から社会人になるまで、ずっと英語を勉強してきます。
でも英語で考え、自由自在に英語で会話して、外国の人とコミュニケーションをとれる人は、ごくわずかです。
一方、世界を見ると、特別な英語教育を受けていなくても、母国語ではない英語で自在に会話ができる人たちはたくさんいます。それはなぜでしょうか?
その違いは、能力の差ではなく環境の差にあるのだと思います。
①日本の教育環境
英語を実際に使うことを前提とした環境が十分とは言えません。
英語を使う場は、英語の授業だけに限定されていて、
学校生活の日常の中で英語で考えたり、意見を交わしたりする環境が整っていないのではないでしょうか。
②日本社会の生活環境
日常生活や仕事の中で英語を使わなくても困らない環境があるため、学んだ英語を実際に使う必然性が生まれにくいのではないでしょうか。
この二つを踏まえると、英語は「勉強するもの」というよりも、
「使う環境の中で自然に身についていくもの」なのだと思います。
そのため、息子には英語を使う環境そのものを用意することが大切なのではないかと考えました。
もし彼が英語で考え、英語で自分を表現し、そして世界に溢れる英語の情報に、直に触れられるようになったら、世界の見え方は大きく変わるのではないかと思ったのです。
〇 AI の話
ただ、その一方で、私の中には迷いもありました。
AIの時代に、本当に英語が必要なのだろうかという疑問です。
20年後、30年後には、翻訳はAIによって進化しています。
日本語のままでも世界中の人とまったく不自由なく自在に会話できる時代が来るかもしれません。
そう考えると、無理に英語で教育を受ける必要はないのではないか。
日本語でしっかり学ぶ道もあるのではないかとの思いです。
しかし最終的には、逆の結論になりました。
AIが発展する時代だからこそ、
思考の言語として英語を使える人の価値は残るのではないかと思ったのです。
AI翻訳で会話はできますが、議論のスピードや思考のスピードには差があくでしょうし、
会話における間の取り方にも違和感が生じるかもしれません。
また、世界の多くの情報は、英語で発信されます。
その一次情報を直接理解できる人と、AIを通じて理解する人では
単語の使い方やフレーズの言い回しなどの機微な部分、行間や背景の理解にも差が生まれると感じました。
また、AI翻訳を通じて会話はできますが
同じ言語で話ができるということは、人との距離が一気に縮まるということです。
信頼関係や深い議論は、直接話せる方が強いのではないでしょうか
〇 真の日本人、そして真の国際人になるために
そして最終的に、私が強く考えるようになったのは、
「英語が自由に使えればそれでよいのか」という問いでした。
息子には、日本だけにとどまらず、世界に目を向けて生きていける人間になってほしいと考えています。
一方で、英語教育に力を入れることで、
日本人としての社会性や価値観、日本についての基礎的な理解が十分に育たないままになってしまうのではないか ―― そんな懸念もありました。
実際、息子はインターナショナルスクールで過ごす時間が長く、
日本の学校教育の中で自然に身につく集団意識や社会性については、
少し弱い部分もあるように感じていたのです。
だからこそ息子には、単に英語を使えるようになるのではなく、
日本人としてのアイデンティティをしっかりと持った上で、
世界と向き合える人間になってほしいと願うようになりました。
日本を理解し、日本人としての価値観や感性をしっかりと持ち
自分の言葉で考え、世界の人と対等にコミュニケーションができる。
そうした意味での「国際人」になってほしいと思ったのです。
〇 インタナショナルスクールと国際生入試の選択
以上のようなことを考え、
幼少期は言語習得に有利といわれることから、
小学校は、インタナショナルスクールの英語環境下に身を置いて
英語を実際に使える言語として習得させ、
中学・高校の教育の場としては、インターナショナルスクールではなく、
地理、歴史、文化、風習、習慣などを含めた日本を学べる場がある
日本の教育制度に基づく一条校で学びながら、
英語力も伸ばしていける環境が望ましいという結論に至りました。
そして、中学受験の選択肢として、中学以降も英語「で」学べる環境がある学校の「国際生入試」を目指すことにしたのです。
なお、中学受験までの間に、日本人としてのアイデンティティーをどのように育てていくかについても、
英語と同じくらい重要だと考えていたので、次の「勉強への向き合い方」の中で書いていきたいと思います。
今回はここまでとします。
次回は、「Ⅱ 我が家の教育の流れと勉強への向きあい方」について、
実際にどのように進めてきたのかを書いていきます。
