パパじゃないかもしれないが。〜国分寺のはじめて編〜
国分寺にある「にわには」。ここで、レースフラワーコーヒー・マサルサンが、主催する珈琲のイベントが開催された。

我々、「なんのはなしですか」も、名ばかりの協賛というカタチで名前を入れさせてもらっている。
今回のメインは、マサルサン親子の振る舞い珈琲と、「なんのはなしですか」が誇る京大卒の師範がティッシュに滲ませるTWE(ティッシュ字検定)、そして優谷美和さんの朗読だ。
私の出番は何もないだろう。お店を出すだけだしておけば、あとは誰かが店番してくれるだろうと考えていた。実際、ほぼ世界の蒼広樹にお任せした。
この日は、ティッシュ字検定師範のデビューである。師範は、デビューを息子に魅せようと、息子をベビーカーに乗せながら連れてきていた。
その親子の姿を駅で見て、この親子は今日、ティッシュで涙を拭くのだろうなと感じていた。
息子は、にわにはで颯爽と着替える師範の白衣姿を目撃し、父は今日は忙しい人なのだとすぐに理解したみたいだった。明らかに暇そうな人物を探していた。
「パパじゃない人あそぼ」
まさか私が真っ先に暇そうな人物第一位に選ばれるとは思わなかったのだが、周りを見渡すとたしかに暇そうなおじさんは私一人だけだった。
それよりも、この息子の発言が私に一つのことを証明してくれていて、私の心は嬉しくなっていた。
私は、街でかなりタイプの女性とその歩みを共にすれば、すぐさまパパ活を疑われる年齢に差し掛かってきている。たしかに私は、パパ活をしていそうな人相ではある。だが、それはどうしても溢れてしまう私の色気の一部だと思ってしょうがないとも思っている。
だが、この4歳の息子の台詞は、「パパじゃない」とパパ活していそうな私を否定してくれていて、さらに純真無垢な瞳で私を見つめてくれている。
パパ活から救ってくれたこの恩を返すには、この息子に対してきちんと正面から向き合わなければ、私はこの先一生恥じることになると決意した。
私は、パパじゃない人。
この息子のパパは、白衣を着て忙しい人。
果たして、本当にそうなのだろうか。
私には、100%この息子のパパじゃない人だという自信がどうしても持てなかった。もしかしたらパパかもしれない可能性もある気がしてきたので、一応この息子に聞いてみた。
「パパだよ」
「パパじゃないよ」
やはり、私はパパではなかった。だが、同時にこうも思った。
今日だけは、パパでも良いのではないだろうか。
幸い、白衣を着たパパはティッシュに夢中である。私は、どうすればパパになれるのか考えることにした。

この息子は、庭ではしゃいでいる。早くも縄跳びが目に入っていた。息子が回す縄を跳ぶフリしてくぐってみたら、すぐにツッコミしてくれた。
「ズルいよ。跳んでないよ」
そう。おじさんは、跳んでなんていないんだ。それを、そんなに嬉しそうにツッコミしてくれるなんて。
なんて、親孝行の息子なのだ。
息子は、次に水鉄砲がしたいと言ってきた。私は、庭にある水道へと連れて行き、水鉄砲に水を溜めてあげた。と同時に、最初に息子にこの水鉄砲を撃たせてしまって、暴発の危険はないのかと、早くも父性が滲み出てきていた。
「ちょっとやらせてよ」
私は、先に撃った。その華麗な放物線を見て、この息子は私から水鉄砲を奪おうとしている。私が描く放物線は虹が出るから当然だろう。私は、水鉄砲を渡すフリをして、もう一度撃ったらどうなるだろうかと考えていた。そして、もう一度水道から水鉄砲に水を注ぎ、天高く撃とうとした。
「ダメ」
素早い。私が銃口を天に向ける前に、穴を塞ぎ、私から水鉄砲を奪い天に向けて勢いよく水で弧を描いていた。
この息子は根っからのガンマンだ。
「次、俺の番」
私もガンマンの端くれだ。頼み込んでみたが、根っからのガンマンは渡してはくれなかった。水鉄砲が撃てない私は、代わりにシャボン玉を見つけた。
私は、シャボン玉を吹いてみせ、根っからのガンマンにシャボン玉を水鉄砲で狙い撃つように言ってみた。
根っからのガンマンは、狙い撃つどころか銃をすぐさま私に手渡し、撃っていいよ。貸してあげると言っている。移り気なところは、私に似ている。それで良いんだ。振り向いてくれるものにまずアタックなんだ。と心で頷いていた。この息子はシャボン玉を手に取った。根っからのガンマンは、根っからのシャボン玉職人でもあった。
「フーフー」
勢いよく吹いている。どうやら、根っからのシャボン玉職人は、まだシャボン玉の吹き口に優しさを吹きかけることを知らないみたいだった。
私は、シャボン玉を吹いてみせた。
私の吐息で優しさに包まれたシャボン玉は、多くの玉になり、空一面に舞った。
「いいかい。優しく吹くんだ。息を優しく。長くだ。シャボン玉に語りかけるように吹く。先にシャボン玉に挨拶しても良い。今から吹きます。こんにちはってね。耳もとで喋るようにだ。声にならない声だ。それは、この先必要なことになる」
この息子は、再び私からシャボン玉を手に取り、その日一番の優しさで吹いた。
シャボン玉は、いっぱい出てきていた。
それは、根っからのシャボン玉職人が生まれてはじめて知った優しさの吐息だったのだろう。いつか、好きな人ができたら使って欲しい。
「パパに見てもらう」
「パパだよ」
「パパじゃない」
まだパパにはなれなかった私のもとから、白衣を着たパパに優しい吐息を教えてあげようと駆け出していた。
その優しい吐息ならきっとティッシュは飛ばないさ。行ってこい。
パパに見せたい一歩目は予想外に石に躓き、頭を縁側にぶつけてしまった。痛い。痛いよ。と、根っからのシャボン玉職人は、泣いていた。
白衣を着たパパが、ティッシュを撒き散らしながら、息子のところへ駆け寄り、しっかりと抱きかかえ、慰めていた。
縁側に落とされていたシャボン玉セットを拾い、私はその親子を見つめていた。
そして、抱き合う親子に向けて一回だけシャボン玉を吹いてみた、一人で吹くシャボン玉はすぐに割れた。私の優しさは、どうやら半減しているようだった。私は、マサルサンのもとへ行き、マサルサンの息子さんが淹れてくれる振る舞い珈琲をいただくことにした。

この日の珈琲は、親子の温かさを知る味であり、ニセの親子の寂しさを知る味でもあった。
私には、少しだけ苦く感じた。
それにしても、大盛況だ。古民家の雰囲気と珈琲の香り、外から内から響く人の声。賑やかだけど落ち着いている。これは、この親子の珈琲の力なのかもしれない。
珈琲を持ちながら、今が私の一番カッコいい姿のはずなのに、この空間の一部になってしまっているのが、少しだけ寂しく感じるくらいだった。
珈琲を飲み終わる頃、白衣を着たパパの息子は再び元気を取り戻していた。白衣を着たパパは、子供たちにティッシュ字検定を教え、それをJ:COMさんに撮影されていた。

「パパカッコいいね。撮影されてるよ」
私は、珈琲の苦味に引っ張られながら、そう尋ねた。
「パパはカッコいいよ」
満面の笑みでそう答えるこの息子に、私は一応、自分を指さしてみた。
「パパじゃない」
と、この息子は再び言っていた。
庭で撮影しているスタッフさんに、原稿にするためにインタビューをさせて欲しいと言われた。
どうやら、30秒から1分のフラッシュニュースになるみたいだが、主旨を知りたいとのことだった。一人で来て、一人で演出を考え、一人で編集するという。モスキート エリが、お土産ですと、私と飲むための二袋だと思っていたロジウラーズ珈琲を「これも、コラボで出来た商品なんです」と手渡していた。
私がインタビューされている横で、白衣を着たパパの息子は、カメラに近付いてきていた。カメラの前で一切物怖じせず、色んなことを話しかけている。それにつられるように、このスタッフも息子に色々インタビューしている。
明らかに、白衣を着たパパより取材時間も、追いかけられ方も長かった。ダンゴムシを手のひらに乗せてる画。シャボン玉の画。走り回っている画。そのどれもが、主役に見えた。
パパだけでなく、君も今日はカッコいいよと私は言葉をかけてあげた。
私は横で、子が親を超える瞬間を目撃していることに感謝していた。
それにしても、ティッシュ字は盛況だ。どこの誰がティッシュ字には需要がないと言ったのか尋ねたくなる。
続々と知り合いが訪れてくる。ありがたいことだ。こんな「なんのはなし」かもわからないイベントにやってきて、わざわざ「なんのはなし」か分からないことを一緒に楽しんでくれる。
これは当たり前でなく、自分たちで創ってきたとても、幸せなことだ。
縁側に座り、珈琲を片手に他愛もないはなしで、ついこの間まで知りもしなかった人たちに時間を委ねる。それはそれは、幸せな時間が過ぎていた。
ただ一人、幸せそうではない優谷美和さんを見かけた。一人でブツブツと朗読練習をしている。
きっと、今何を話しかけても、何も覚えていないのだろうなと感じていた。と、同時に段々と覚悟が決まっていく姿を見れて嬉しかった。朗読とは、過酷な作業だなと感じていた。
おそらく、10分くらいで終わることに、この1ケ月以上、真剣に練習していたことを知っている。その場にいることでしか体験出来ない空気を作るためにだ。
言葉で伝えるだけでなく、声だけで預かった作品の世界を広げなければならない。しかも、作品を委ねてくれている人たちの信頼も裏切れない。
朗読は、子ども向けの作品からはじまった。

知ってか知らずか、白衣を着たパパの息子は、恐竜図鑑を片手にしっかりと聞きにきていた。私は、この息子を抱きかかえ、私の膝の上に置き、一緒に朗読を体感することにした。
この息子は、きちんと優谷美和さんの子供向けの朗読を堪能し、大人向けの作品になる頃には別の部屋へと移動した。
この息子は、この息子なりに、誰に対して読まれているのかを理解していそうだった。
大人向けの朗読は、世界が広がった。読まれた作品は、「なんのはなしです珈」から選ばれた2作品だった。どちらの作品も、自分で読み込んだ時よりもその世界が広がり、声になることで、訴えてきた。この作者たちの作品は、声という耳に届く作品になって、さらにその表現の繊細さが伝わるのだなと感じていた。
表現は楽しい。
間違いなく世界を震わせた優谷美和さんの朗読は、何度も重ねられる拍手と、感動の輪がここにいる人たちを一つの物語にしていた。
優谷美和さんの朗読の師匠も来ていた。この日のために、きちんと朗読の指導を受けて望んでいたことに、また感動した。
何度も、何度も書いているが、
物事に大きいも小さいもない。
置かれた場所で、自分がきちんと本気で楽しめるかだ。目の前のことを全力で楽しむことの積み重ねが、いずれ気付いたら大きくなっていくのだ。
最初から大きなことなどない。
間違いなくはじまりのエンターテインメントを堪能できた。
朗読が終わると、白衣を着たパパの息子が、再び私のもとへとやってきた。実に、空気を読む息子だ。
「パパ絵合わせやりたい」
「パパって言ったな」
「パパじゃない」
ついに、パパと言ったこの息子と私は、絵合わせをし、釣りゲームをし、ジャンケンをして目一杯楽しんだ。私と目一杯遊んだあとに、この息子は、新しい友だちを見つけたみたいだった。
山本蛇内というお友だちだった。
山本蛇内は、この息子と一緒にダンゴムシを集めていた。ダンゴムシを集めるだけでは足らず、ついには、ダンゴムシの家を作るにも至っていた。
私は、もう一度だけパパと呼ばれたかったので、最後に聞いてみた。
「パパ」
「パパじゃない」
そうか。もうパパじゃないのか。と、私は寂しくなった。そして、もしかしたらこの息子は、最初から本当のパパを私に紹介していたのではないかと気付いてしまった。
パパ蛇内と。
ダンゴムシのお家は、パパ蛇内がしっかり守っていた。
この日、マサルサンが用意した珈琲は、完売したらしい。そして、ロジウラーズブレンドも、パッケージを個別で買うことができて、50セット完売になったらしい。
師範のティッシュ字検定には、29人もの参加者がいた。
「みんな書いたあと、いい顔するんですよ」と師範は、語っていた。
私は、chimoさんから預かった伝言をみっちさんにきちんと届け、タカーズ事務所の華子さんから怒涛のDMがきて、まったく「なんのはなし」か分からないまま頼まれたポーズの写真を送り、グッズを売ったのだが、何のグッズがどれだけ売れたのかは、何もメモしていないことに気付いてしまった。
とりあえず、愛車にモスキート エリを乗せて、私たちの子供として、白衣を着たパパの息子を連れて帰ることにした。

人の子なのに。
マサルサンの淹れてくれたTABBY's COFFEE を飲み、「なんのはなしですか」を考え、ゆっくり時間が流れる中、ティッシュ字に笑顔を浮かべる人たちを見て、「なんのはなし」か分からない良い一日でした。
最後に、この日できた小さなお友だちに伝えたい。
白衣を着たカッコいいパパは、君のはじめてをいっぱい知っているが、パパのはじめてを今日変なおじさんたちと見れたことは、いつか思い出してほしい。
外の世界への一歩を感じた日です。
オンエアされてしまったラジオ↓
きちんとしたレポートはコチラから。
色んな人と出会えて楽しい。こういうところから、はじまったことを大切にしたい。
マサルサン。素敵な時間をありがとうございました。
なんのはなしですか


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