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芸術鑑賞概念から考えてみたこと+リンク集

 とりとめのないものになってしまいました。

アートではないエンタメのカンショウ論


アートとは何か

芸術:リベラルアーツ、美術:Fine Art

アートについて

アートと日本について

日本の鑑賞について

 日本の鑑賞は通常クリティシズムと同じではないとされています。

鑑賞という用語

鑑賞は英語で言うと「Art appreciation」です。「appreciation」には、鑑賞の他に評価・批評という意味もあります。評価・批評というのは、主体的な活動。自分の主観的な見方が問われ、そこに価値づけの行為があります。

一方、日本語の「鑑賞」ですが、漢字の意味をそれぞれ見ていくと、「鑑」は「かがみ」で、模範とすべきもの、規範を意味します。そして「賞」は「めでる」「楽しみ味わう」という意味です。つまり「鑑賞」は、模範とすべきもの、模範とされるものを見て、楽しみ味わうことができるという意味合いが強く、よいとされているものを分かる、味わうというニュアンスになります。

「虚」と「実」から考える美術鑑賞
神野 真吾  (じんの しんご|千葉大学教育学部 准教授)https://ncar.artmuseums.go.jp/sdk2021/seminar/02.html

アートを鑑賞するには前提がある

「「美術鑑賞には教養が必要だ」と言ったら炎上しました。「美術」は「自由学芸(リベラルアーツ)」つまり西洋における教養科目に数えられる一制度の訳語なので、僕はそんなことは当たり前」
「美術というカテゴリーの中に絵画、彫刻、建築を同居させる上記の制度は、実質的には16世紀のフィレンツェに世界初の美術アカデミー「アカデミア・デッレ・アルティ・デル・ディゼーニョ(直訳すると、素描または線描の技術のアカデミーという意味)」を設立した画家ジョルジョ・ヴァザーリの発明である。」

日本の造形文化の伝統はアートと相性が悪いかもしれない 松下哲也
https://note.com/pinetree1981/n/n00aa2aa8949c

 筆者は、マンガですら読み方知らない人は読めな読解スキルが必須なので、絵画も同じだとは思います。

 しかし、一般には鑑賞に前提がないほうがよいと思われています。というわけで鑑賞教育に学問が必要とは理解がおよばないのが実態です。

フランスのアート鑑賞テキスト

https://www.filmart.co.jp/books/978-4-8459-0681-9/

 ちなみに以下の小論をネットで拾いました。

美術鑑賞と美術鑑賞教育は違う

http://www.art.hyogo-u.ac.jp/fukumo/WebJournal/Kanshosite/Guest/Okumoto.html


明治政府による学校教育における鑑賞

 明治政府は、近代国家の国民を養成するために、それまでの日本文化を廃し、ハイカルチャーである西洋美術、西洋音楽、近代文学について学校教育で鑑賞を教育していきました。

美術鑑賞

近代日本における美術鑑賞教育方法論の発生と展開(戦前編)

(その1)

近代日本における美術鑑賞教育方法論の発生と展開(戦前編)

(その2)

クラシック音楽鑑賞


「彼らにとって音楽というのは常に牛のための音楽だったり、戦いのための音楽だったり、結婚式のための音楽だったり、社会的な機能、役割として切り離せないものなんですよ。そこで“戦場のメリークリスマス”を弾いたときに〈これなんの歌なんですか?〉って逆に訊かれて、その質問自体すごい深いって思った。〈戦メリ〉は牛の歌でもないし、結婚式の歌でもないし、〈これはこういう音楽だ〉って説明する言葉をぼくは持ってなかったのがおもしろいなあって……」。

インタビュー坂本龍一
https://tower.jp/article/interview/2002/06/13/100038202

<鑑賞>は明治中期に美術の分野で批評の意味合いで使われ始め、文学や音楽にも波及していった。大正から昭和にかけては批評は客観で<鑑賞>は主観という使い分けがなされていくが、批評がプロなら鑑賞はアマチュアといような、この区分も曖昧で、戦後になると<鑑賞>独自の概念が形成されていく。このような<鑑賞>の変遷の意味するところは何なのか。当初の鑑賞は翻訳語のひとつで専門用語であったのが、批評と使い分けられることで非専門化し、次第に主観性が強調されていく。この過程は専門家から、より多くの人々を鑑賞の主体として想定する過程であるであるとも捉えることが出来る。しかも、専門用語であった明治から大正にかけては権威を生み出す行為であった鑑賞が、徐々に権威に従う行為へと変化していった。このことを極言すれば、近代日本は、権威に従う鑑賞者を求めてきた

http://czt.b.la9.jp/kansyou.html

第1章 音楽をきくのは専門家─明治の<鑑賞>は批評?

明治中頃の日本では、西洋音楽にまつわるものが文明のシンボルとして機能していた。一方、伝統的に音楽の地位は低かった。このとき、西洋音楽の受け入れを主導したのはエリートたちだったが、彼ら自身も馴染みのない「芸術」をどのように受け止めるべきかで悩んだ。そのひとつは「音楽は真(科学)である」という捉え方である。音楽は西洋知に貢献するとして扱うというもので、バウムガルテンの美学思想の影響によるもの。この過程で、音楽の序列が出来ていくことになる。西洋音楽は「文明的音楽」と呼ばれ、進歩した音楽と位置づけられた。この中で日本国内の身分差と音楽も結び付けられていく。三味線を使用する民間の俗楽は淫靡卑猥で品性が下劣とも、見なされこれに替えて,日清戦争後の大東亜を視野に入れた日本は大国民として恥ずかしくない国民となるためには西洋音楽を広めなければならない

http://czt.b.la9.jp/kansyou.html

寺田貴雄は日本における音楽教育の軌跡を概観している(寺田2001-2002)。それによれば、明治40年代には音楽鑑賞(教育)に対する関心が生じ、一般愛好家向けの洋楽の解説書や音楽鑑賞教育に関する論考が発表されはじめた。明治43年には、日本の音楽教育史上、初めてタイトルに「鑑賞」が明記された論考―牛山充「學校に於ける鑑賞力と批判眼との養成」―が発表され、また大正4(1915)年には、小川友吉(青柳善吾)が「鑑賞的教授に就て」(大正4<1915>年2月)という論考を発表し、唱歌教授のみに偏っていた当時の音楽教育の状況を批判した。こうして大正4(1915)年頃から、先進的な教師たちは、唱歌科における鑑賞指導を試みはじめた。寺田は、大正5(1916)年の第七回全国小学校唱歌教授担任中等学校音楽科担任教員協議会と大正10(1921)年の全国唱歌担任教員協議会を比較することで、 大正年間に生じた教育現場の変化を報告している(この二つの協議会の比較については、日本音楽教育学会2004「大正」: 561-562も参照)。それによれば、大正5(1916)年にはすでに、唱歌科における歌唱の技術的指導偏重を批判し、音楽聴取によって人間的な成長が可能になるとする主張が登場

2013年03月 大正期日本における蓄音機の教育的利用の事例https://sites.google.com/site/audibleculture/cv3/2013-3_music_and_talking_machine

文学鑑賞

文学の研究2 「文学」と「言語」・文学(芸術)の言語https://www.kwansei.ac.jp/s_sociology/kiyou/17/17-ch07.pdf

三浦つとむの芸術論と鑑賞

 三浦つとむの芸術論と鑑賞は独特なものでした。言語過程説による芸術本質論として提示されています。

芸術の創作に際して、作者は観念的な自己分裂を行って「もう一人の自分」となり、これが表現の主体になる。 この主体は対象に対して特定の位置を占め、登場人物もまた特定の位置でそれぞれ表現の主体になる。そして鑑賞者もまた観念的な自己分裂を行って「もう一人の自分」になり、これが作品の表現主体を追体験する。

勁草書房『三浦つとむ選集4 芸術論』(1983年)25p

芸術の鑑賞とは、自己を観念的に分裂させて、作者の体験を追体験することである。

三浦つとむ『日本語はどういう言語か』第一部 第一章 2p

 三浦つとむの芸術は、いわゆるアートだけではない独特の概念でした。

事例 料理も芸術

料理やお菓子も「分身」であるから、精神的な部分をそなえている。料理人の精神的な労働のいかんで、この精神的な部分のありかたも変わってくるし、そこから食べる人たちの楽しみも変わってくることになる。おなじことは食器についてもいえるわけで、皿や茶わんがゆがんでいたり、ナイフやフォークがよごれた色をしていたのでは、食事の楽しみが傷つけられるから、食器の美しさということにも心を配るようになった。銀でナイフやフォークをつくって、その柄の部分に真珠などの宝石をはめこむようなことも行なわれた。酒をつぐ盃についても、同じような豪華なものがつくられた。そしてまた、料理と食器とをどう調和させるかということも考えるようになった。永井荷風はこんなことを書いている。

 「思ふに西洋支那の食卓共に華麗荘厳の趣あれども四時を通じて其の模様大抵同じきが如く、その料理と之を盛る食器との調和対照に意を用ゆる事我国の如く甚しからざるに似たり。我が国の膳部に於けるや食器の質とその色彩紋様の如何によりて其の趣全く変化す。夏には夏冬には冬らしき盃盤を要す。誰か鮪の刺身を赤き九谷の皿に盛り新漬の香物を蒔絵の椀に盛るものあらんや。日本料理は器物の選択をもっとも緊要となす。此に於て其の法全く特殊の芸術たり。盃盤の選択は酒楼にあっては直に主人が風懐の如何を窺わしめ一家にあっては主婦が心掛の如何を推知せしむ。」(『矢はずぐさ』)

 哲学者とか美学者とかいわれている人たちは、食べたり飲んだりすることなどは卑しいことで、芸術は崇高な魂のよろこびを与えるものだと思いこんでいるためか、料理が芸術だなどと論じている者は見あたらない。荷風は哲学者でなく文学者であるから、芸術家としての経験が料理について考える時にも生かされて、日本料理は特殊な芸術だという結論が出たのであろう。

 この「分身」の精神的な部分を調和させるという問題は、衣服のデザインにアクセサリーのデザインを調和させるとか、部屋のデザインに道具のデザインを調和させるとかいうかたちにもなってくる。洋装のときのハンドバッグと、和装のときのハンドバッグとは材料やデザインがちがってくるし、おなじ洋装でも色彩が変わればネクタイや靴の色も変える必要がある。事務所の証明にふさわしい蛍光灯の器具を、そのまま和室の茶の間に持ちこんだのでは調和がとれないから、丸形の蛍光灯にシェードをつけた和室向きのものがいろいろ考案され売り出されている。事務所のカーテンと住宅のカーテンとはちがってくるし、教室のイスと喫茶店のイスとはちがってくるというわけである。フィクション発展史観

三浦つとむ『芸術とはどういうものか』明石書店、2011.pp.34-36.
三浦つとむ『芸術とはどういうものか』を今読む。
https://blog.goo.ne.jp/hisao-mizutani/e/5f62751921af4e663408b5b3cbcbdc9c

 筆者のマザーカルチャーとでもいうべきモノは、ハイカルチャーではないので、以前ローカルチャーを含めたフィクションの発展史観を試作していました。以下この歴史観が前提の一部となります。

認識スタイルの個人差

 SNSの流行により、認知スタイルや感覚など個人差が極めて大きいことが、判明しています。この前提により、訓練による均一化や抽象化による一般論は極めて困難かと思います。

https://www.cell.com/trends/cognitive-sciences/fulltext/S1364-6613(25)00178-0?_returnURL=https%3A%2F%2Flinkinghub.elsevier.com%2Fretrieve%2Fpii%2FS1364661325001780%3Fshowall%3Dtrue


Neural correlates of specific musical anhedonia
https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.1611211113

Brain connectivity reflects human aesthetic responses to music
https://academic.oup.com/scan/article/11/6/884/2223400?login=false

Neurophysiological Effects of Trait Empathy in Music Listening
https://www.frontiersin.org/journals/behavioral-neuroscience/articles/10.3389/fnbeh.2018.00066/full

Individual differences in local gray matter density are associated with differences in affective and cognitive empathy
https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S1053811915004206

Inner reading voices: An overlooked form of inner speech
https://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/17522439.2015.1028972

https://togetter.com/li/1424958

Blind in the Mind: Why Some People Can’t See Pictures in their Imagination
https://neurosciencenews.com/imagination-pictures-8298/

表現物とその「カンショウ」

筆者としては、ハイカルチャーであるアートの鑑賞については専門家におまかせし、このnoteではローカルチャーを視野に入れた人間の表現物とその「カンショウ」について考えてみます。

「カンショウ」の肉体基盤

アートと脳

Is this a masterpiece? Scientists reveal how we see ordinary objects labelled as art differently - confirming a 200-year-old theory
https://www.dailymail.co.uk/sciencetech/article-3796752/Is-masterpiece-Scientists-reveal-ordinary-objects-labelled-art-differently-confirming-200-year-old-theory.html

https://gendai.media/articles/-/101450?imp=0

アートの理解と塚田の時空間学習則

毛内拡, 塚田稔
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jnns/29/3/29_112/_article/-char/ja

Reductionism in Art and Brain Science: Bridging the Two Cultures
https://amzn.asia/d/blEWZHJ


https://amsstudents-homepage.wixsite.com/website/20-5-10-1

https://honz.jp/articles/-/45270

https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/57000

The Age of Insight: The Quest to Understand the Unconscious in Art, Mind, and Brain, from Vienna 1900 to the Present
https://amzn.asia/d/0glfoVy

https://honz.jp/articles/-/44349

https://esse-sense.com/articles/84

心と脳の働きから「アートの効⽤」のエビデンスを捉える
川畑秀明
https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/art_economic/pdf/001_09_00.pdf

小説と脳

https://karapaia.com/archives/52152879.html


sympathyとempathy

共感を科学するその進化・神経基盤 - 国立情報学研究所https://www.nii.ac.jp/event/upload/docs_karuizawa_h29_2nd.pdf

他人の身体とシンクロするのが共感 empathy

Good news for couch potatoes: Just WATCHING sport can improve your fitness
https://web.archive.org/web/20131219220804/http://www.dailymail.co.uk/health/article-2513232/Even-just-WATCHING-sport-improve-fitness.html

登場人物に対する情動的共感が運動前野の活動量に及ぼす影響
フィクション映画の鑑賞過程におけるミラーリングとメンタライジングのインタラクション
https://www.jstage.jst.go.jp/article/pacjpa/79/0/79_2PM-073/_pdf

https://shinkenchiku.online/column/919/


L'esthétique du mouvement
https://books.google.co.jp/books?id=j7YRAAAAYAAJ&redir_esc=y


「カンショウ」の歴史

起源

Language evolution to revolution: the leap from rich-vocabulary non-recursive communication system to recursive language 70,000 years ago was associated with acquisition of a novel component of imagination, called Prefrontal Synthesis, enabled by a mutation that slowed down the prefrontal cortex maturation simultaneously in two or more children – the Romulus and Remus hypothesis
https://riojournal.com/article/38546/element/8/24430/


人類最古の宗教は、いまの狩猟採集民の宗教に近いものだったのだろう。人間の営みに関わる神が概念として存在していなかったので、神から与えられる道徳規範は持ちようがなかった。こうした社会では、数多の世代を重ねながら道徳を形成していった──こんな風にふるまうのは、それが正しいふるまいだからで、これがここでのやりかただ、というわけだ。歌や踊りなどの身体活動のほか、ときには精神に作用する薬物を通じて得られるトランス状態がそういった宗教の基盤であることも多い。規模はせいぜい数百人と小さく、カリスマ的な指導者やシャーマンが中心的役割を果たしていた。

 トランス状態(瞑想中に体験する精神状態も含む)のときに覚える至高の存在とひとつになった感覚は、強烈で感動的だ。感情を揺さぶられるこの感覚

https://note.com/hakuyo_sha/n/nf43837035379

How Religion Evolved: And Why It Endures
https://amzn.asia/d/hi83KLj

https://note.com/hakuyo_sha/n/nf43837035379

https://www.hakuyo-sha.co.jp/infos/shukyo_tachiyomi/

https://amzn.asia/d/deNWYd2

Embers of society: Firelight talk among the Ju/’hoansi Bushmen
https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.1404212111


シャーマニズムとトランス

 洞窟壁画とシャーマニズム

ルイス・ウィリアムズ教授は、アフリカのサン族が残したロックアートを研 究するうち、そこに現実の場面とは矛盾する表現を見出しました。たとえば、 写実的な表現で描かれたエランド(アフリカ産の大型の羚羊)を例に挙げると、 見事な動物表現であると同時に、その後脚が不自然にクロスしていることに気 づきます。エランドが脚をクロスさせるのは、まさに死に瀕した状態にあることを示すといいます。背後でこのエランドの尻尾をつかんでいる人物像に注目 すると、この男の脚も同じようにクロスしています。従来の解釈では、このような動物と人間が描かれた場面は、一様に現実の世界の「狩猟場面」を描いた ものとされてきました。しかし、細部を子細に観察すると、「狩猟」とは言いき れない表現が多く見出されたのです。そしてルイス・ウィリアムズ教授は、サン族がまだ南アフリカの地から追われる前に、南アに赴任していた宣教師が書き残したサン族の神話や信仰についての膨大な記録を古文書館で丹念にたどり、 そこから壁画に描かれている場面が、サン族の信仰を物語る豊かな精神世界で あることを実証

https://www.chikyu.ac.jp/sato-project/news_letter/news_letter_34.pdf

「アートの起源—洞窟壁画と変性意識」の感想https://ameblo.jp/yasuhito19751214/entry-12265131500.html

彼岸の生物学① ダンスと変性意識
環境や他者とつながっていた先住民は見事に死を迎えられた
http://buen-vivir.seesaa.net/article/439071642.html

ロジャー・マクドナルドによる説明


壁画からVRまで古今東西の瞑想を語る。ロジャー・マクドナルド(美術史家)×円香(現代魔女、VRアーティスト)https://brutus.jp/mindfulness_meditation/

マクドナルドさんが長年関心を寄せているのが、アートにおける変性意識である。変性意識というと怪しげではあるが、アート作品を深く鑑賞することで、瞑想状態に近い感覚となり、想像力が養われるということだ。

「変性意識状態といっても長いスペクトラムがあって、いわゆるトランス状態や音楽に没入する体験、ボーッとする瞬間など非常に複雑で多様なものだと思う。ビジネスでは“フロー”といわれたり、スポーツで“ゾーン”といわれたりするものと同じです。

自らの心と体をすべて対象に預けてしまうように“見る”、そしてマインドを宙吊り(suspend)状態にして対象が心身に入ってくるのを“待つ”。この意識状態において注目すべきは、平時の凝り固まった思考から解放され、自由に創造的に思考できること。アーティストは古くから深く観察するスキルを持っています」

https://trilltrill.jp/articles/3120666

シャーマニズムのトランス

  太鼓の音でシャーマンとなります。

トランス状態とは何なのか? 女性シャーマンが語る。https://madamefigaro.jp/culture/210516-corine-sombrun.html

 今ではシャーマンになりやすい音楽が発見されているそうです。

トランス体験を治療に応用
https://ovninavi.com/application-de-lexperience-du-transformateur-au-traitement/

シャーマン 霊的世界の探求者 セバスチャン・ボー (著), コリーヌ・ソンブラン
https://amzn.asia/d/hEsIHiN

気鋭の人類学者セバスチャン・ボーが、シャーマニズムの核心に迫る!『シャーマン』1月発売!!
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000039.000084584.html

https://note.com/novalisnova/n/n3c37462dc5e7

⾳楽と神秘体験
http://waza-sophia.la.coocan.jp/data/20042801.pdf

音楽以外でのトランス

https://note.com/lattenecco_ff14/n/n1b97748d68e2

https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q10281158585

能楽とシャーマニズム演劇の心の癒し
http://holistic-coach.jp/mag01/2089

演劇において役者は変性意識への誘導と内部表現を書き換える技術に優れているので、観客は能動的にそれをイメージするようになる:苫米地英人著 洗脳護身術
https://michizo.iloveall.info/article3786

トランスについての論文

サイバーホメオスタシス仮説
https://crl.co.jp/wp-content/uploads/2024/04/rpaper21.pdf

没入

 没入体験(フロー体験)について。

https://note.com/pkt_msc/n/nc9f135afa765

物語世界への没入体験: 読解過程における位置づけとその機能 (プリミエ・コレクション 84)
https://amzn.asia/d/a5HcHJg

物語世界への没⼊体験は読者に何をもたらすか
日本イメージ心理学会
 小山内秀和
https://imagepsych.jp/wp-content/themes/simplicity-child/journal/2020_18_7-11.pdf

物語映画への没入体験の認知プロセス 張馨月 · 2023
https://www.l.u-tokyo.ac.jp/~asano/papers/Zhang_Asano_2023_JapanesePsychologicalReview.pdf

感情移入

 広く一般に「カンショウ」の際に起きているのは感情移入でしょう。

Inventing Human Rights: A History
https://amzn.asia/d/82E0xh1


フーコーよりも19歳ほど年下のアメリカの歴史学者リン・ハント は、別の見解を示しています。『監獄の誕生』から33年後の2007年に彼女が著した『人権を創造する』によれば、18世紀半ばに起きた「書簡体小説」のブームと、その後の読書習慣、とくに小説を読む習慣の普及が、人々の共感能力を伸ばして「人権」の意識を根付かせた、結果として残虐な身体刑は廃止されるようになった、というのです。

書簡体小説とは、その名の通り手紙の形式で進む小説で、18世紀のヨーロッパで大流行しました。そのブームの先駆けとなったのが、1740年に出版されたサミュエル・リチャードソンの『パミラ、あるいは淑徳の報い』です。」


「18世紀の読者には、この小説は衝撃を持って迎えられました。

 出版から約2ヶ月後の1741年1月には早くも重版がかかり、3月に第3版が、5月に第4版、9月に第5版が発売されました。瞬く間に多言語に翻訳され、1744年にはフランス語版がローマ・カトリック禁書目録に載るまでになりました[23]。膨大な数の批評、パロディ、海賊版が執筆され、今でいう「パミラグッズ」のようなものが制作・販売されました。ある村では、B氏とパミラがついに結婚したという噂を聞いて、村人たちが教会の鐘を鳴らしたという逸話まで残っています。

『パミラ』の成功を受けて、ヨーロッパでは小説の刊行数が激増しました。

 イギリスでは1770年代には毎年約30点、1780年代には毎年約40点、1790年代には毎年約70点の新作小説が世に出ました。これは18世紀の最初の10年間に比べて6倍の増加でした。フランスでは1701年にはわずか8点だった小説が、1750年には52点、1789年には112点が出版されました[24]。

 リチャードソンが1747年から刊行を開始した『クラリッサ』は、再びベストセラーになりました。また、ジャン=ジャック・ルソーも『ジュリ または新エロイーズ』という書簡体小説を1761年に出版しており、こちらも一世を風靡しました。

 人権意識が芽生えるためには、共感能力が欠かせません。他人――とくに自分とは違う社会階層に属していたり、奴隷だったりする人間――にも、自分と同じような思考・感情があり、痛みを感じるのだという理解が不可欠です。

 また、他人に人権を認めるためには「道徳上の自律性」が前提になると、ハントは指摘しています[25]。他の人間も自分と同様に、善悪の区別を自らの頭で考えることができるという前提です。この前提がなければ、奴隷は言葉で言い聞かせても理解できないから拷問して分からせるしかないんだ――という発想から抜け出せません。

 そして小説には、こうした共感能力や前提を読者に植え付ける力があるというのです。」

リン・ハント『人権を創造する』
小説が「人権革命」を起こした
https://rootport.hateblo.jp/entry/20240406

身近な例で、軽度なケースを挙げると、「映画」や「小説」「音楽」などに没入している意識状態なども、「日常意識」の中に、軽度に別の「意識状態」が入ってきています。私たちは、登場人物に感情移入して、彼らが感じるような状態をさまざまに体感しているのです。音楽に没入している時も、その音楽を自分の身体のように体感して、それを聴いているのです。その意識状態も、日常意識の枠組みは大きく残っているのでわかりにくいいですが、潜在意識の或る要素が流れ込んできているのです。心理学的には、「投影 projection 」の作用によってこれが生じているのです。

「私」とさまざまな意識状態―意識拡大・夢見・サイケデリック・体験的心理療法https://freegestalt.net/psyche/consciousdream/

ダマシオは「感情移入」という現象のメカニズム解明にも挑みます。感情移入は「脳が特定の情動的身体状態を内的に模倣」することです。自己の知覚ではなく、他者から聞いた話などによって脳が模倣する仕組みです。

 このような感情を生み出すための想定メカニズムは、私が「仮想身体ループ」(as-if-body-loop)機構と呼んできたものの一種だ。それは脳による内的な模倣で、それが現在の身体マップを急激に変更する。これは、たとえば前頭前皮質や前運動皮質のような特定の脳領域が、身体感知領域に直接信号を送るとなされる。(158ページ)

最新の脳科学と偉大な先人の哲学が融合する
サイエンス・ノンフィクションの大作
『感じる脳――情動と感情の脳科学 よみがえるスピノザ』
坪井賢一
https://diamond.jp/articles/-/39137?page=3

The boundary between real and fictional others in the medial prefrontal cortex is blurred in lonelier individuals
https://academic.oup.com/cercor/article/33/16/9677/7217125?login=false

Becoming the King in the North: identification with fictional characters is associated with greater self–other neural overlap
https://academic.oup.com/scan/article/16/6/541/6143004?login=false


Many people find it easier to empathise with animals and cars than homeless people and drug addicts, psychologists claim
https://web.archive.org/web/20201122024256/http://www.dailymail.co.uk/sciencetech/article-2074645/Many-people-easier-empathise-animals-cars-homeless-people-drug-addicts.html


ホラー映画

https://www.nikkei-science.com/202409_066.html

感情移入できない

絵画などに入る方法

 非常に興味ぶかいのですが、だれでも訓練してできるようになるかは、わかりません。

関連

アニメセラピー

キャラクター

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