三題噺ショートショート_天才
落語家もすなる三題噺といふものを、コジも、してみむとてするなり。
企画もの、大の苦手なのである。
どんな親しい人の企画ものでも、なかなか素直には乗れない。
私は、「ルール」とか「決まり事」とか「期限」とか「締め切り」とかという制限事項が世の中で一番嫌いなのだ。
いくつになろうが、聞かん坊の悪ガキ。それが、私、kojuroだからである。
え?落語?三題噺?ヤスさん?

心の中の、リトルkojuroが、ボソリと、呟いた。
コジ、別名、天の邪鬼志朗だろ。「もし書けなかったとしても、それはそれでOK。でも、やってみなきゃ、もったいない!」なんてこと言われたら、逆に書きたくなるんじゃないの?
なんのはなしですか。

わかったよ、書くよ。書く書く。書けば良いんでしょ、リトル。それで、いいんだろ?
ブラックホールよりも重い重い重い腰を上げて、半ば自暴自棄に筆を執る。
さて。では、三題噺ショートショート「○○」まいりましょうか。

太は、野球は上手いし成績も良かった。
だが発想が突飛だった。
あれは駅前のマックがリニューアルオープンした日。
メンバーで朝マックを食べつつ夏の県大会への作戦を練ろうと集合した。
悲壮感に包まれた雰囲気の中で、太はひとり立ち上がりコンバートを直訴した。
実は、正捕手が怪我で戦線離脱し。経験の浅い一年生を起用せざるを得なくなっていたのだ。
それを自分がやるという。
太は捕手に圧倒的不利な左利き。しかも絶対的エース。誰もが猛烈に反対した。
太が推したのはコントロールだけが信条の二番手投手。自分の配球で完璧に生かせる。それが最高の秘策だと、結局みんなを説き伏せた。
果たして。
名もなき我が校は、下馬評を覆し県大会優勝。本戦でも準優勝に輝いた。
太は一躍ドラフトの目玉になったが大学に進学。卒業後に渡印して今や年俸十億超えのクリケットスターである。
そういや昔、聞いたことがある。
あるインド映画に頗る感動したのだと。
太は奇抜で。世界一賢かった。

ヤスさんの三題噺企画の、そんなこんなを家内と語らおうとして後ろを振り向くと、空のソファーが、静かに笑っていた。
先日から家内は、あるプロジェクトで、都心のホテルに泊まり込んでいる。
シーンとした部屋の空気に、なんだか、心が追いつかない。
あの時の、家内の言葉が頭の中に響く。
まだ三題噺続けてるの?じゃ、それにちなんで、マッサー(注1)三倍返しで、ね。ペペン、ベンッ!
……。
昼間のやりとりからすると、家内は、元気なようである。
家内が元気だと、我が家は、明るくて平和である。
だから。
これで、いいのだ。

(注1)マッサーとは、マッサージのことである。家内のさっちゃんがそうやって、略して言うのである。さっちゃんへのマッサーは私の最重要の日課である。
三題噺も、けっこう書いたな。笑

