さまざまな日本語文法モデル(6)三上文法モデル
明治36年生まれの三上章は、東京大学工学部建築科を出たのち、中学高校で数学教師として勤務していました。うえに挙げた橋本や時枝のように大学に講座を持つ文法学者なのではなく、ちょうどスイスの特許庁に務めていたアインシュタインが街中の物理学者であったように、三上は街中の文法研究者でした。
三上は『象は鼻が長い』という著書で、日本語の統語構造の中心が西欧語のような「主-述」関係ではなく「題-述」関係であることを指摘したことで有名ですが、それ以外にも数学的発想からの独自の日本語統語論モデルを組立てています。やはり数学教師であったチョムスキーのつくりだした生成文法に対しても親近感を抱いていたようです。
学校文法には取り入れられていませんが、外国人向け日本語教育に用いられている日本語文法では三上の提唱した主語概念廃止や「題-述」構造はすでに一般的に取り入れられています。
三上文法には学問的にも注目すべき点が満載なのですが、しかしなんといってもその最大の功績は、西欧文法を無批判に受け入れていた当時の日本文法研究に対して、高い次元からの強烈なダメ出しをおこなったことにあると私は考えています。三上は次のように書いています。
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日本文法は不振不信である。不振だから不信なのであるが、一部分は不信が不振へはね返ってくるという悪循環にもなっている。(略)不信不振の両側をひっくるめて西洋文法に巻かれ(長いものに巻かれ)ているということがもっと重大である。いかれていると言いたいぐらいである。(『三上章著作集 日本語の論理―ハとガ―』、三上章、くろしお出版、まえがき)
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ヨオロッパ語のセンテンスが主述関係を骨子として成立することは事実であるが、それは彼等西洋人の言語習慣がそうなっているというにすぎない。決して普遍国際的な習慣ではないし、また別に論理的な規範でもない。わが文法界は、それを国際的、論理的な構文原理であるかのように買い被ってそのまま自国文法に取り入れ、勝手にいじけてしまっている。だから、主述関係という錯覚を一掃し、その錯覚を導入しやすい「主語」を廃止せよ、というのは、いわば福音の宣伝なのである。(『三上章著作集 続現代語法序説―主語廃止論』、三上章、くろしお出版、p.29)
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現在でも「英語を含む西洋語は論理的だが日本語は論理的でない。なぜなら日本語では主語がなかったりするから」といった誤った考え方が知識人のあいだでさえも残っています。
三上のいうように主語-述語という構文は単なる西欧の言語慣習なのであって論理的な規範でもなんでもありません。それなのに多くの日本人は「それを国際的、論理的な構文原理であるかのように買い被ってそのまま自国文法に取り入れ、勝手にいじけてしまっている」わけです。
そしてこの状況を変えるために三上は「主述関係という錯覚を一掃し、その錯覚を導入しやすい「主語」を廃止せよ」と主張したのですが、それから半世紀以上がたった現在でも、日本人の「勝手にいじける」態度はなかなか解消されません。本当に困ったことです。
三上文法の品詞表

さまざまな日本語文法モデル(1)はじめにhttps://editor.note.com/notes/n88be39839091/edit/
さまざまな日本語文法モデル(2)学校文法・橋本文法モデル
https://note.com/naruseyukio/n/nf048940c6733
さまざまな日本語文法モデル(3)山田文法モデル
https://note.com/naruseyukio/n/n6b7e429316df
さまざまな日本語文法モデル(4)時枝文法モデル
https://note.com/naruseyukio/n/n0d532a4e1725
さまざまな日本語文法モデル(5)松下文法モデル
https://note.com/naruseyukio/n/n4199578815bf
さまざまな日本語文法モデル(7)日本語文法の特徴
https://note.com/naruseyukio/n/n404909917678
