【自己肯定感 #0】「どうせ私なんて」が口癖だった私を変えた、UVERworldとの出会い
こんにちは☆
4歳の娘を育てている、もちこです。
今日は育児の話から少しだけ離れて、今の私の「根っこ」を作ってくれた、ある大切な思い出について書いてみようと思います。
「どうせ私なんて」が口癖だったあの頃
20代前半までの私は、正直に言って自分に全く自信がありませんでした。
「どうせ私なんて」
「そんなの無理に決まってる」
何かに挑戦する前から、無意識に自分に蓋をしてしまう。周りと比べては落ち込み、自分の選択に確信が持てない。
未来への希望も持てず、今振り返れば、私の自己肯定感はどん底に近い状態でした。
人生を変えた、一曲の出会い
社会人になりたての頃。
慣れない仕事に追われ、失敗しては落ち込む毎日。
そんな私の励みになっていたのが、当時放送されていたドラマ『働きマン』でした。
主人公ががむしゃらに働く姿に自分を重ねていたとき、流れてきた主題歌がUVERworldの『浮世CROSSING』。
ある日、友達と行ったカラオケでそのPVを観た瞬間、衝撃を受けました。
「な、なにこれ、めちゃくちゃかっこいい…!!」
それがすべての始まりでした。
60回以上のライブ参戦|そこは「私の居場所」だった
初めてライブに足を運んだのは、2008年。
それから気づけばCrew歴(ファンクラブ)も、19年目に突入し、60回以上も彼らのライブに足を運んでいました。
初の武道館、初の大阪城ホール、初の東京ドーム……。
時には、倍率がとんでもなく高いライブハウス、今は無き聖地「ハックルベリー」にも参戦しました。
身体に響く重低音、湧き上がる熱い感情、会場が一つになるあの一体感。
ボーカルTAKUYA∞のまっすぐで、強くて、逃げ場のない言葉が、自分に自信のなかった私の心に、グサグサと突き刺さりました。
ライブの熱気の中にいるときだけは、日常の不安も「私なんて」という卑下も、すべて忘れられた。
「ここにいていいんだ」
誰に言われるでもなく、ただその空間に包まれているだけで、ありのままの自分を受け入れてもらえたような気がしたのです。
ライブは、私にとって単なる娯楽ではなく、
「明日を生きるための場所」でした。
母親になり、変わった景色
結婚し、娘が生まれてから、生活は一変しました。
地元でライブがあっても行けない。
「行きたい」という熱い気持ちと、「今は無理」という現実。
特に娘はママにべったりで、自分の時間を持つことすら難しい日々。
「もう、あの頃のような熱い場所には戻れないのかな」と、葛藤したことも一度や二度ではありません。
でも、娘が4歳になった今。
ようやく「そろそろ、また行けるかもしれない」という光が少しずつ見えてきました。
あの頃の「言葉」が、今の私を支えている
ライブに狂ったように通っていたあの頃。
私の心に深く刻み込まれ、今も消えない「言葉」があります。
不思議なことに、その言葉は今の私の考え方だけでなく、娘への声かけや向き合い方にも大きな影響を与えていることに気づいたのです。
変わりたいけれど変われなかった20代の私。
そんな私を少しずつ変えてくれた「きっかけ」について、次の記事で詳しくお話ししたいと思います。
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