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【連載小説】この恋はチークと共に

あらすじ


山本咲は彼氏無し独身OL。四十代を目前に、この先も一人で生きていかなければならないのかと静かに絶望する。
そんな時に現れた彼は干支を一回り以上も離れた二十五歳。まだ若々しく様々な未来を描ける彼と、もう後の無い自分。世間の常識の物差しで考えればありえない年齢差に最初は無いと思っていたが、交流を深めていけば段々惹かれていく。
年上女性のリアルな葛藤を描いた、大人なりのプラトニック恋愛物語。
(192文字)


■すっぴんで見た夢


「君、一人でも生きていけそうだよね」

知っているようで知らない顔の男性からそう言われた所で目が覚めた。夢、か。
枕元に置いてあるスマホで時間を確認する。朝五時半、まだ部屋も薄暗いしもう一眠りしたい。けれど先程の夢を思い出してそんな気になれない。

(一人でも生きてける、か)

誰かに直接言われた事は無い。これは、自分が自分に対して思っていることだと思う。
私は山本 咲、三十九歳。
四十という数字が空中にぼんやりと見える気がする。もうすぐ私が成る年齢。世間が私に与える肩書きがあるとしたら「独身彼氏無しの行き遅れおばさん」だろう。

結婚に憧れた事がない訳では無い。若い頃は彼氏も居たし、そういう未来を二人で描いた時期もあった。ゴールがみえてきた途端、人の男を取るのが大好きな女の出現だとか遠くに転勤する事になって私より仕事を取りたいだとか…まぁ、結果的には上手くいかなかった。

泣いた日もあったけれど、その隙間を埋めるように仕事や趣味がどんどん充実して…いつの間にか出会いを求めるのを止めて今がある。

冷たい空気を吸って、吐いた。そうだ。確かに私は一人でも問題なく生きていける。今この現実が証明している。

「虚しい、のかなぁ」

カラカラに乾いた喉で呟いた言葉は、吐息と変わらない音量だった。目を瞑る。まだ起きるには早いから。こういう時に限って眠気が来ない。

※※※※

『おはようございます! 三浦です。港町の方にマドレーヌ専門店が出来たそうで、イートインスペースもあるらしいんです! 良かったら一緒に行きませんか? オシャレすぎて男一人では行きにくくて』

朝食時、SNSのDM欄に通知が来ていたのを何も考えず開けばまさかのデートのお誘いだった。
三浦くんは先月開かれたカフェ巡り趣味同士のオフ会で初めましてをした男の子。二十五歳の若さから溢れるフレッシュさは、眩し過ぎてあまり近寄れないなと思ったほどだ。

SNSでフォローし合っても「いいね」を送り合うくらいで、特に会話もしていないのに何故だろう? と思いつつせっかくだし、私もお店は気になるので「ぜひ行きましょう!」と返事を送った。
きっと、恋愛対象に見えないからカフェ相手に最適だと判断されてのお誘いだろう。

気楽に行こう。うん。
それでも少し心の奥底で浮かれる自分がいるのは内緒。
今が四月半ばだから、これが実現するならゴールデンウィークかな。手帳に予定を書き、スマホを片手にお店の情報を調べながらトーストを齧った。
人が食べながらスマホをしている姿はみっともないと思ってしまうのに、自分もついついやってしまう。きっとこれも、家にいる時の私を見る人がいないからなんだろう。

※※※※

「えー、野崎だが、今月末から産休に入ることが決まった」

会社の朝礼、部長の横に立つは今月から新卒で入ってきた野崎さん。くりっとした目と癖を知らない長い髪、ピンクのマットインクを塗った唇が可愛らしい子。部署内で密かに狙っていた男が多かったからか、周りから何人かの落胆のため息が聞こえる。

二十二歳で出来婚ということか。

先を越された、と私の中のちっぽけなプライドが悔しそうに心の中で暴れるよりも前に心配事が一つ。慌てて立ち上がり部長に問う。

「あの、野崎さんって社内全体の研修が終わったら私の仕事を手伝うと聞いていましたが」
「ああ…山本。申し訳ないが…他に人を回せなくてな…来年まで頑張ってくれないか」
「そんな、えっと…じゃあ高橋くんは?」
「あ…すみません、俺、先月結婚したてで奥さんがこれ以上残業するなって言われてて…」

爽やかに苦笑いする三十歳の男性社員は、私の中で暴れていたプライドをポッキリ折るには十分の破壊力を持っていた。

『咲は一人でも生きていけそうだから大丈夫だよ』

夢の中の知らない男が脳裏に蘇り、言った。
震える手を見つめる。昨日塗ったばかりのゴールドのラメ入りネイルが一部剥がれていた。

(一人で生きていけたら、誰からも愛されないってことなの?)

脳内の男に反論すると、そいつは逃げるように消えていく。どいつもこいつも…!
ああ、嫌だ。このままでは性格の悪い御局様になってしまう。
大人しく椅子に座り、朝礼の続きをぼんやりと聞いた。野崎さんの挨拶の言葉は一言も耳に入らなかった。

…そのまま魂が半分抜けた状態で仕事をこなし、気がついたら昼食休憩の時間になっていた。外の空気が吸いたくて冷凍食品を詰めたお弁当とお茶を持ち、エントランスロビーの休憩スペースに移動。スマホには三浦くんのメッセージが届いている。

『ありがとうございます! 四月二十九日にお店の最寄り駅に十三時集合でどうでしょうか? 楽しみにしてますね!』

君は天使か何かか。私があと十五歳若ければこれだけで恋のチャンスを見出したと思う。
『了解』と一言送り、既読しましたの意味を込めてハートスタンプを押した。
唐揚げを口に含んだ時、社内恋愛をしていることで有名なカップルが仲つむまじい様子で会社を出ていく。一緒にランチかな、私にもまたあやって春が来たらいいのに。

朝礼の時のやり取りを思い出してまた気分が悪くなる。普段はこんなに他人に振り回される事なんてないのに。私は私、結婚のけの字がなくたって、自分で自分を幸せに出来ることが私の唯一自慢できること。

『咲は、一人でも生きていけるから』

お前のせいだ、夢の中のお前がそんな事さえ言わなければ今頃私は美味しくご飯を食べていた。

※※※※

あっという間に野崎さんは産休に入り、三浦くんとのオフ会の日を迎えた。

近いけれどなかなか来ることの無い港町は、名前の通り海が近い。もう少し気温が高ければ海沿いを散歩することも出来たかな、なんて思いつつ集合時間より二十分も早く着いてしまったため彼を待つ。

ゴールデンウィーク初日ということもあり、私服姿の人達が沢山いる。その中でも一際目に入ってしまうのはカップル達。
若い女の子のキラキラした姿が眩しい。

「すみません! お待たせしました!」
「えっ、あ、全然!」

慌てた様子で三浦くんがやってきた。
一ヶ月前のオフ会の様子をあまり覚えていないけれど、髪をワックスで整えてたり綺麗な靴を履いていたりとかなりお洒落な印象がある。
今の男の子ってこれが普通?
私は年相応と言っていいほどシンプルなベルト付き紺のワンピースとパンプス。髪は染め直してバレッタでひとつに纏めている。
すごくすごーく普通!

「じゃあ行きましょうか」
「え、あ、そうですね」

にっこり笑顔で行こうと言われ、心拍数が少し跳ねた。SNSでの共通の話題に花を開かせ、歩いて直ぐに着いた目的のマドレーヌ屋でメニューと二人でにらめっこ。やや混んでいた店内だけれど、運良く空いていた二人席を確保して座った。

周りはやっぱり若いカップルが多め。たまに女子二人組がいて、この中に紛れている私は周りからどう思われて居るんだろうとふと思う。
下手したら大きい息子がいる若めのお母さん…かもしれない。

「わぁ!やっぱりめっちゃ可愛いですね!」

三浦くんはそんなことお構い無しにマドレーヌと紅茶のセットに夢中。スマホで何枚も写真を撮る姿は今時の女の子にも負けていないと思う。

「良かったですね、来れて」
「あっ、はい! サキさんのお陰です!」

サキさん、と言われてドキッとする。
私のSNSで使っているハンドルネームがローマ字で ”Saki”。だから彼は本名とは夢にも思わず私の名前を呼んでいる。

「でもなんで私を誘ってくれたの? あの時のオフ会でそんなに話してなかったと想うけど…」

素直に疑問をぶつけると、三浦くんの体と表情がビタッと止まった。目が泳いで、しどろもどろな様子に何か聞いてはいけないことを聞いたのかと不安になる。

「も、もしかして、身内に話しにくい系の何か相談とか? 」
「い、いや、別に特に…あの、軽い感じで聞いてくれますか?」
「え? ええ」
「単純にサキさんとお話してみたいなぁって思って…ほんとにそれだけでお誘い、しました…」

俯きがちの目がきょろきょろ泳ぐ姿が子供っぽくて可愛い。

「あの、サキさんはいつもお店行く時誰かと一緒に行ってますか? よくカフェの写真上げてますよね」
「え、一人だけど」
「ほんとに?」
「だって、一人のが予定合わせなくて楽だし。でも、こうして誘って貰えたのはとても嬉しかったよ」

やっと私はあの夢を見た日から笑えた気がする。それだけ嬉しかったし、楽しみだったのだ今日という日が。
そうか、誰かに求められることでガスが抜けたんだ。
ああ、やっと、周りにいるカップルも会社の幸せそうな人達も気にならなくなれた。
なんて自己解決をしていたらついうっかり目の前の三浦くんの事を忘れていてハッとした。彼は不思議そうに私を見ている。

「あ、ごめんね、ちょっとボーッとしちゃって」
「とんでもないです! サキさんはあの…どこか行きたいなって次に目を付けてるお店ありますか?」
「え、まぁ何個かチェックはしてるかな…」
「今日、お…僕の行きたいところに付き合って下さったお礼に次はサキさんの行きたいところに付き合いたいな…なんて」

あら、今の子って律儀。

こんな若い子の時間を奪っていいのかしら?
でも一緒に居て変な違和感も無いし、もう一回くらい異性とデート! みたいな浮かれた気分になってもバチは当たらないよね。あ、でも、

「三浦くんは彼女とかいるの?」
「うえっ!? なんですかいきなり! いないですけど…」

あ、変なこと聞いちゃったかな。
冷めてしまった紅茶を飲みきった。

「良かった、彼女居たら断ろうかと思って」
「だ、大丈夫です! 二年位いないんで」
「そんなに?」
「近寄ってくる子は居たけど…付き合いたいなとは思わなかったから…そしたらずっと間空いちゃって」

女が婚活で男に疲れる話は聞いたことあるけれど、男の世界でもこういうのあるんだなぁ。
しかもこんな若い子で。

「前はどういう子と付き合ってたの?」
「え…えっと」

少し考えた後、三浦くんは言う。

「一つ下の大学の後輩でした。三年くらいは付き合ってたかな…」
「そんなに長く?」
「でも最終的には浮気されて。モテる子だったんで」

君も十分モテると思うなぁ。なんて言葉をマドレーヌと共に飲み込む。

「サキさんは? 誰かとお付き合いとかされてます? 」
「あーー…私は残念ながら独り身なの。こんな年齢なのに」

指輪が無いアピールも兼ねて左手をひらひらと振った。

「私なんてもう五年は彼氏いないの。笑わないでね」
「いや、笑うなんて出来ません」

あ、困らせちゃったな。そうだよね、あまり仲良くない人の自虐ネタなんて。

「だから私ならこうしてお茶の相手とか出来るからね。思えばあのオフ会って既婚者多かったし…他の人とサシで出掛けるお誘いしにくいよね」
「え、いや、まぁ…でもお言葉に甘えてまた是非。今度はサキさんの行きたいお店で!」

なんて会話をし、私が年上だからと奢るつもりで居たのにいつの間にかお会計を彼は済ませてしまっていて。(席にあるQRコードを読み込んでその場で電子決済なんてものが出来たらしい! 時代を感じる!)
今度こそ私がお茶代を出すという約束をして、解散した。彼は終始笑顔だった。
私も心の栄養を沢山得れて、デートから数日はずっとホクホクしていた。

2話

3話

4話

5話

6話(最終回)

番外編


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