彼女は自分の夢物語を愛しているんだ…作中屈指の修羅場へご招待「カラマーゾフを読む」(35)
彼女は自分の夢物語を愛しているんだ…作中屈指の修羅場へご招待「カラマーゾフを読む」(35)
第四編 病的な興奮 五 客間での病的な興奮
さあ、大変なことになりました。
この章は作中屈指の修羅場です。
なぜかと言いますと、ある美しき高慢な女性の、おぞましい真実が明らかにされるからです。
客間で会っていたイワンとカテリーナを見て、本能的に何かを察するアリョーシャ。ホフラコワ夫人の「病的な興奮」という言葉に触発された彼には様々な思いが頭をよぎります。
そしてカテリーナは例のごとく、高慢な愛を語り始めます。しかし今回はいつもとは様子が違いました。「何かむりに絞りだしたかのような、青ざめた歓喜のはげしい感情をこめて」彼女はそれを語っていたのです。それはそうですよね、グルーシェニカにあれだけこっぴどく侮辱された直後なわけですから。
そして決定的な言葉を述べます。
あたくしは彼の神さまになって、彼に祈りを捧げさせるのです。
あたくしは、彼の幸福のための手段にだけなるのです(それとも、どう言えばいいのかしら)、彼の幸福のための道具に、機会になりますわ、それもこれから先ずっと一生を通じて。そして彼に今後、一生涯、それを見せてやるのです!これがあたくしの決心ですわ!
そういうところですよカテリーナ・・・。ドミートリイはそういうところがやりきれないのです。彼はそうした彼女をすっかり見抜いていました。以前、アリョーシャに向って言った通りですよね。「彼女は自分の夢物語を愛しているんだ」と。
しかし、彼女も悪意からそうしたことを思っているわけではありません。筆者が補足するように、若さによる逸りや、グルーシェニカによる憤り、彼女プライドの高さも反映されていただろうと思います。
彼女自身もそれを自覚したのか、ふいに顔が暗くなり、目の表情も不快げになります。ここで面白いのが、そうした変化をアリョーシャが敏感に感じ取り、同情をしたという点です。この優しさがアリョーシャの真骨頂でもあります。
しかし、イワンは違います。イワンはカテリーナを肯定しつつ、「何か悪意のこもった口調で断定的に」彼女の言葉を継ぎました。ホフラコワ夫人の至極まっとうな物言いに珍しく感情的になるイワン。
そして「明日モスクワへ発つ」という衝撃的な発言をします。
しかもさらに驚きなのがその発言にカテリーナが一瞬で変化してしまったことでした。その一瞬の変化にアリョーシャは度肝を抜かれ、ついに禁断の言葉をカテリーナにぶつけてしまうのです。さあ、修羅場の始まりです。
さすがのカテリーナもアリョーシャの真っすぐな指摘に怒り心頭です。やはり図星なんでしょう。
しかもここでさらにイワンも参戦します。彼の言葉はもっと強烈です。彼が内に秘めていた様々な思いと一緒になってそれは流れ出します。
いいですか、あなたが本当に愛しているのは兄貴だけなんです。そして、侮辱がつもればつもるほど、ますますあなたは愛していくんだ。そこがあなたの病的な興奮なんですよ。あなたが愛しているのは、まさに現在ありのままの兄貴なんだ。あなたを侮辱する兄貴を愛しているんです。もし兄が立ち直れば、あなたはとたんに兄を棄てて、すっかりきらいになるでしょうよ。しかしあなたにとって兄は、自分の貞節という献身的行為を絶えず鑑賞し、兄の不実を非難するために、ぜひ必要なんです。すべてはあなたのプライドの高さからきているんですよ。そう、そこには侮辱や屈辱も多いでしょうが、それもこれもすべてプライドの高さが原因なんです……僕はあまりにも若く、あまりにも強くあなたを愛しすぎた。
こんなことを面と向かって親しい人に言われたらどうでしょう。心臓をえぐられるような苦しみですよね。イワンはカテリーナを強く愛しているがゆえに、こう言わずにはいられなかったのではないでしょうか。
イワンの言っていることがカテリーナにとって本当のことかはわかりません。ここでカラマーゾフの三兄弟によるカテリーナ評が出揃うのでありますが、三人ともみんなばらばらの見解というのも面白いですよね。ただ、3人とも合致しているのが「カテリーナの高慢な愛」です。
やはりそういうところなのですよカテリーナ・・・あなたって人は・・・!
ただ、そんなカテリーナに心底惚れてしまっているのもイワンなわけです。イワン自身、そういうカテリーナに惚れてしまっている以上何も言えないのです。もしそういうカテリーナでなかったら惚れていなかったかもしれません。
どうしてカラマーゾフ家の人間はこうした「自ら破滅に向かうような恋」をしてしまうのでしょう!
ですが仕方ありません。それがカラマーゾフの血なのです。
きっとこれはアリョーシャも例外ではありません。あのリーズとの恋もきっと波乱万丈な何かをもたらすことでしょう。
そしてこの修羅場が終わるとき、不思議なことを私たちは目にすることになります。
あの冷血漢たるイワンがシラーの詩をそらんじるのです。
シラーと言えば熱血漢ドミートリイの専売特許のように私たちは思ってしまっていましたが、イワンの中にもシラーは脈打っていたのです。冷徹なように見えるイワンの中にも情熱的なものがあったのです。そのことは私たちも覚えておく必要があると思います。
さて、こうしてこの巻随一の修羅場が終わりを迎えるのでありますが、カテリーナは悲嘆に暮れるアリョーシャに新たな任務を授けます。
それがドミートリイが暴行し恥辱を加えてしまったスネギリョフへ二百ルーブリのお金を渡すというものでした。
ついこの一瞬までアリョーシャとイワンに詰められ、絶望的なまでの精神的打撃を受けたはずのカテリーナでしたが、さすがの振る舞いです。やはり彼女には高潔な強い精神力があります。私も少し見直しました。
そしてアリョーシャは彼女から依頼を引き受けることを約束します。
こうして物語は新たな展開を迎えるのでありました。
いやあ、面白い。『カラマーゾフ』、何回読んでも面白いです。
続く
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