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リーズはリーズで曲者だ。みんなみんな、曲者だ。「カラマーゾフを読む」(34)

リーズはリーズで曲者だ。みんなみんな、曲者だ。「カラマーゾフを読む」(34)

第四編 病的な興奮 五 ホフラコワ夫人の家で

少年たちとの出会いの後、アリョーシャはホフラコワ夫人の家を訪ねました。

ホフラコワ夫人はもう皆さんも覚えたことだろうと思います。あの「人類を愛せば愛すほど個々の人間への愛が薄れていく」ような女性です。多忙なゾシマ長老への面会を強引に押し通したあの女性です。

そのホフラコワ夫人の家でこれから事件が起きていくことになります。

ホフラコワ夫人は相変わらずのマシンガントークでアリョーシャに今起きていることを話します。なんと、ここにイワンとカテリーナが来ているというのです。しかも何やら深刻な話をしているとのこと・・・。そして「病的な興奮」という第四編のタイトルともなっているキーワードが語られます。

病的な興奮・・・これもあまりに意味深な言葉ですよね。これは一体どういう意味なのでしょう。ドストエフスキーはこうしてあえて「様々な解釈の余地のある言葉」を用いています。

ただ、他に適切な言葉があるかと言われれば全く思い当たりません。やはりこれは「病的な興奮」としか言いようのないものなのです。ドストエフスキーの言葉選びはやはりさすがです。

そしてこの二人の病的な興奮の他に、もうひとつ騒動が持ち上がっていました。それが娘のリーズのヒステリーです。アリョーシャにラブレターを送ったリーズがその恥ずかしさから天邪鬼な言動をしてしまうのです。

この「ヒステリー」という言葉ですが、現在では差別用語のひとつとなっています。なので私もこの言葉を控えたいのですが、文学作品でこのように書かれているのでここではそのまま使用させて頂きます。

私が初めてこの作品を読んだ時、次から次へとヒステリーが起こるこの状況に、ロシアではずいぶんヒステリーが多いものだなと不思議に思ったものです。

たしかにドストエフスキーの小説ではこうした精神錯乱がよく出てきます。

ただ、トルストイやツルゲーネフ、チェーホフなどの作品を読んでみても、ドストエフスキーほどの頻度でヒステリーが出てくることはありません。つまり、このヒステリーの頻発はドストエフスキーの物語に特有なものの可能性が高そうです。

いずれにせよ、マシンガントークのホフラコワ夫人も異様ですが、娘のリーズもかなりの曲者です。天邪鬼すぎてかなりこじらせてしまっています。

『カラマーゾフ』の登場人物はとにかく濃い!みんな強烈です。曲者揃いのキャラクターたちがその個性をぶつけ合うのが『カラマーゾフ』です。それはカオスになるに決まっています。

ですがこの極端さがいいんですよね。私たちの日常生活ではまずお目にかかれない極端な人間達が織りなすストーリー。これは私たちの常識を破壊し、人間理解の幅を大きく広げてくれます。

そういう意味でドストエフスキーの作品と言うのはやはり「人間学の書」とも言えるのではないかと私は思うのです。

続く

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