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ひどく相手を殴りたくてならないのに、相手に殴られはせぬかとひどく恐れている人間のお出ましだ「カラマーゾフを読む」(35)

ひどく相手を殴りたくてならないのに、相手に殴られはせぬかとひどく恐れている人間のお出ましだ「カラマーゾフを読む」(35)

第四編 病的な興奮 六 小屋での病的な興奮

カテリーナの依頼を受けてドミートリイが侮辱した二等大尉の家へ向かうアリョーシャ。

読者の皆さんも「もしや?」と思ったことでしょう。そうです、アリョーシャも気づいたように、彼に噛みついたあの少年こそ、この二等大尉の息子だったのです。

さあ、事態は繋がってきました。流れるような展開です。もう皆さんはドストエフスキーの黒魔術にかかっています。早く先が読みたくてうずうずしているのではないでしょうか。

さて、この二等大尉スネギリョフの家はと言いますと、文字通りかなりの極貧と悲惨さが充満しているかのような雰囲気です。陰鬱、絶望、無力感・・・。これは厳しいです。

そんな陰鬱な家を訪ねたアリョーシャはスネギリョフと対面します。

このスネギリョフという人間を一言で表した次の言葉に私は唸らざるをえません。

ひどく相手を殴りたくてならないのに、相手に殴られはせぬかとひどく恐れている人間のようだった。

新潮社、原卓也訳『カラマーゾフの兄弟(上)』P491

何たる表現でしょう!スネギリョフという人間を表すのに、これ以上の言葉はありません!なぜこんな言葉が出てくるのか・・・!私はドストエフスキーの言葉選びの才にひれ伏すしかありません。

そしてこの章でもうひとつ重要なポイントがあります。

それがニーナ・ニコラーエヴナの存在です。

え?誰?と思われるかもしれませんが、それもそのはず、この女性はここでは一言もセリフがありません。というより、この物語全編を通してもほとんど話しません。

しかしこの女性の存在がこの物語に与える影響力というのは実は大きなものがあるのです。

現に、このスネギリョフの悲惨な家庭の中でも、この天使たるニーナの存在があることで地獄の中にも救いがあります。スネギリョフ家がぎりぎりのところで良心を保ちながら生きていけるのも、この娘がいるからでもあります。それがセリフがないながらも伝わってくるのです。

とはいえ、やはりここではセリフがない以上、目立たない存在であるのは否定できません。かく言う私もかつてはこの女性の意味に全く気付いていませんでした。

しかし私も所属するドストエーフスキイの会のある方が、ニーナの重要性を語ってくれたおかげで私も「おお!なるほど!たしかにその通りだ!」と目が開かれたのでありました。

何度も何度も読んできたはずの『カラマーゾフ』だったのにまだまだこんなにも知らないことがあったのかと驚いた記憶があります。

皆さんもこのニーナの存在にぜひ注目してみてください。この物語の終盤にも見せ場がまたやってきます。ここも実にさりげないのですが、ドストエフスキーがわざわざそのように書いたのにはきっと理由があります。

細かい所にまでドストエフスキーのこだわりが見える『カラマーゾフ』。次の章で第四編も終わりです。一気に突き進んでいきましょう。次の章もはんぱないです。伝説的な名場面が出てきますのでぜひお楽しみに!

続く

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