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いいかい、今まで君はあれほど死に近づいたことはなかったんだよ「カラマーゾフを読む」(47)

いいかい、今まで君はあれほど死に近づいたことはなかったんだよ「カラマーゾフを読む」(47)

第六編 ロシアの修道僧 二(D)神秘的な客

決定的な回心を経て人生が一変したゾシマ。

街の人気者となった彼のもとには多くの人が集まるようになりました。

しかしそんな中に異様な気配を放つ男がひとり・・・。

この男こそ、ゾシマの生涯をさらに前進させるキーマンとなるのでした。

この男とゾシマの物語はそれだけでもひとつの小説になってしまうほど完成されたストーリーです。

その中身は本書を読んで頂いてぜひ味わって頂きたいのですが、私が特に痺れたのが本記事のタイトルにもなっています「いいかい、今まで君はあれほど死に近づいたことはなかったんだよ」という言葉です。

この言葉の破壊力たるや・・・!

私達の人生において、死ぬ寸前の体験というのは意外とあるものです。事故に遭ったり病気になったり、事件に巻き込まれたり・・・、一歩間違えば死んでしまったかもしれない、そんな経験を多くの人がしたことがあると思います。

ですが、そんな体験の自覚がないまま、危機を迎えていたことを知らされるというのは極めて特殊です。

「実はあの時私は死んでいたかもしれなかった、いやその可能性が極めて高かった」

ゾシマはこの男から聞かされて初めてそれを知りましたが、もし聞かされていなかったら一生知らなかったかもしれません。

ここが肝心なのです。

私達はもしかすると、このゾシマと同じように「限りなく死に近づいた瞬間」を知らずに生きているだけなのかもしれません。

私達は当たり前のように毎日生きていますが、それが当たり前ではなく、偶然その瞬間を逃れているだけなのだとしたら?しかもそれを知らずにいるだけなのだとしたら?

ゾシマはそれを全身で体感したのです。

先程も申しましたように、「死ぬかと思った」、そう思う体験に遭うことは珍しくありません。しかし、「知らぬ間に死に最も近づいていた」ことを知る体験はその人の人生観を覆しかねない巨大なインパクトを与えることでしょう。

私達が今生きている、それそのものが奇跡であるとゾシマは体感したのです。兄の言葉の意味がようやく真の意味で腑に落ちたと言えるでしょう。

また、もう一点この章で重要なポイントを挙げるとするなら、私はやはり「罪とその赦し」を挙げたいと思います。

と言いますのも、これまでマルケルやゾシマは「私はすべての人、ものに対して罪がある」と主張してきました。

なるほど、彼らの言うことはよくわかります。人間存在の根源を突き詰めるならばきっとそれは間違いないことでしょう。

しかしマルケルにせよゾシマにせよ、実際には人を殺したり物を奪ったりはしていないのです。

ですが、この章に出てくる奇妙な男はまさに人を殺し、物を奪った犯罪人です。そしてその罪の意識から慈善事業に勤しみ、身を偽ってきたという男です。

この本物の犯罪者を前にマルケルやゾシマの「私は罪人です」という言葉がどれほどの意味をなすのか、このこともこの章では提起されているのではないかと私は思うのです。

これは極めて実際的な問いですよね。シベリア流刑で様々な犯罪者と生活を共にしたドストエフスキーならではの鋭い問いだと思います。

直接的には語られてはいませんが、この章ではそんな問いも暗示されているのではないかと私は思ったのでありました。

それにしても、ドストエフスキーの描く「奇妙な男が見せる突然のヤバさ」は天下一品ですね。もはや芸術技です。この章はまさにドストエフスキーらしさ全開の展開でした。

そして最後にもうひとつ、この謎の男が真実を告白して死んでいったことに対し、街の人々はゾシマを責めるようになりました。やはり街の人々は真の意味でゾシマを愛してなどいなかったのです。

しかも、次第に謎の男の自白を信ずるものが増え、好奇心と嬉しさを示しながらゾシマに質問してくるようになってきたというのも重要です。なぜなら筆者がそこで示すように「人間は正しい人の堕落と恥辱を好むから」です。

これは後のゾシマの運命を暗示するかのような不吉な人間分析です。そうです、もはやフラグは立ってしまいました。ゾシマの恐るべき運命を私たちもこれから先、目を背けずに見届けることにしましょう。

続く

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