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なぜ子供たちは苦しまねばならない?そんな神の世界なら、謹んで切符をお返しするだけなんだよ「カラマーゾフを読む」(40)

なぜ子供たちは苦しまねばならない?そんな神の世界なら、謹んで切符をお返しするだけなんだよ「カラマーゾフを読む」(40)

第五編 プロとコントラ 四 反逆

さあ、いよいよ『カラマーゾフ』の物語の核心へと入っていきます。

この章では無垢な子どもたちが受ける悲惨な苦しみがこれでもかと並べ立てられます。正直、読むのも辛くなるほどの描写です。

ドストエフスキーはイワンの口を通して、この世の不条理を私たちに突きつけます。ここでそのひとつひとつを紹介することはしませんが、ぜひ皆さんもとくとこの恐るべき児童虐待のむごさを目の当たりにしてください。

そしてその残虐性の中に快楽があることを「ついでだけど、トルコ人は甘い物が大好きなんだぜ」という唐突な言葉で暗示させるのもまさにドストエフスキー流です。その後のアリョーシャの「銃殺です!」という言葉を引き出した迫真の問いも見逃せません。

間違いなくこの章は一度読んだら忘れられないほどのインパクトを残すことでしょう。

ただ、ドストエフスキーは単に私たちを苦しめるためにこれを記したのではありません。やはりここで罪なき子どもたちの苦しみを描いたのには大きな理由があります。その最たるものが次の章たる「大審問官」の章の前奏としての役割であることは言うまでもありませんが、ドストエフスキー自身、長年問い続けてきた【ある問題】があったからこそというのも見逃せません。

その問題こそフランスの啓蒙思想家ヴォルテールの主著『カンディード』で語られた「最善説」というものになります。

ヴォルテール(1694-1778)Wikipediaより


1759年にヴォルテールによって発表された『カンディード』。そのあらすじは次の通りです。

昔むかし、心優しく純朴な青年カンディードは、美しき男爵令嬢に恋をしたため故郷を追放され、世界各地を転々とする。最善説を唱える恩師パングロスの教えとは裏腹に、行く先々で数々の不幸や災難に見舞われながら、試練と冒険の旅を続ける。果たして天真爛漫な青年は、行方知れずとなった恋人と再会できるのか?

晶文社、ヴォルテール、堀茂樹訳『カンディード』より

この作品は主人公のカンディードが世界を旅し、様々な災難や出来事を通してこの世界の善悪とは何か、何を信じて生きていくべきかを探究していく物語です。

そしてこの『カンディード』は実際にヴォルテールが生き、感じた時代を前提に書かれています。

特に1755年のリスボン大地震の影響は甚大でした。

というのも、当時キリスト教世界では「最善説」という考え方が流行していたのですが、それに対してヴォルテールに決定的な疑問を感じさせたのがこの大災害だったのです。

ではその「最善説」とは何なのか、その解説を見ていきましょう。

『カンディード、あるいは最善説』というときの「最善説」は、元のフランス語では「オプティミスム」(Optimisme)です。この名詞は、「最良」「最善」という意味のラテン語Optimusと、ドクトリンを指す名詞を作る働きのある接尾辞ismから成っています。実は、本篇の第一章にも言及されている論壇誌『トレヴー評論』に集うイエズス会士たちが一七三七年に使い始めた造語なのです。ですから、ヴォルテールの生きていた時代における「オプティミスム」の第一義は、今日われわれが了解している「楽天主義」ではありませんでした。そうではなく、神が創造したはずの世界になぜ天災のような物理的な悪、病苦のような身体的な悪、人間を暴力や罪に導く倫理的な悪が存在するのかという問題を解決する―あるいはむしろ解消する―ひとつのドクトリンの謂だったのです。

実際、十八世紀には、宗教的にはカトリックやプロテスタントであった合理主義の哲学者たちが、世界を神の摂理の下にあるものと見る立場からまるごと合理的に説明しようとしていました。(中略)

この「最善説」によれば、神は完全無欠ですが、神の創造は神のようには完全無欠であり得ず、それゆえ地上世界には悪も散在しています。しかしながら、そんな悪を圧倒的に凌駕する善が優勢であるとされ、そもそもある現象には必ず原因があるという充足理由律が世界を支配している以上、世界は人智の判断を超えて合理的なのであり、全体として予定調和していると断じられます。問題とされる悪も、実は善の成就のために必要な役割を果たしており、いわば「善によってでまる影」(l’ombre portee du bien)のようなものだということになります。このドクトリンの中では、人間の目の高さから見て明白に悪であるものも、もはやスキャンダルではなくなってしまうわけです。

晶文社、ヴォルテール、堀茂樹訳『カンディード』P242-243

この理論から言うと、リスボン大地震も人間が救われるために必要なものと考えられます。「たしかに多くの人が亡くなり、生活が破壊されたが、それは最後に人間が救われるために必要な善だったのだ」と「最善説」は述べるのです。

ですがヴォルテールは言います。

「地震で亡くなった人は何かそれに価するような大きな罪を犯したというのだろうか。それに、たとえ最後の最後で人類が救われるとして、なぜ彼らが地震で死ななければならなかったのか。なぜ彼らはそんな目に遭わなければならないのか。全知全能の神ならばそんなことをしなくてもよかったのではないか。何が起ころうが【それは最終的な結果のためには善である】で片づけてしまってもいいのだろうか」と。

たしかに、全知全能の絶対的なる神がこの世界を作ったとして、なぜ悪が存在しているのかというのはとてつもなく大きな問題です。

ここは多神教的な日本人のメンタリティーではなかなかぴんと来にくい問題ではありますが、キリスト教信仰においては非常に重要な問題です。

ヴォルテールはこうした最善説に対して反論すべく『カンディード』を書いたのでした。

そしてこの物語に大いに感銘を受けたのが、何を隠そう、我らがドストエフスキーなのです。

ドストエフスキー(1821-1881)はロシアの文豪ですので、当然ヴォルテールをはじめとした西洋思想にも通じていました。

その中でもヴォルテールの『カンディード』はドストエフスキーに特に大きな影響を与えたと考えられています。

モチューリスキーの『評伝ドストエフスキー』には次のように書かれています。

ドストエフスキーの控え帳には、一八七七年十二月二十四日の日づけの次のような記事がある。

「覚え書き―わが生涯の。
一 ロシアの『カンディード』を書くこと
二 イエス・キリストについての本を書くこと
三 回想録を書くこと
四 死後四十日目の追悼の叙事詩を書くこと
(これらは、最新の長篇小説と予定している『作家の日記』の発行を除いても、少なくとも十年はかかる仕事だが、わたしはいま五十六歳だ)」

筑摩書房、モチューリスキー、松下裕、松下恭子訳『評伝ドストエフスキー』P597

1877年といえばドストエフスキーが『カラマーゾフの兄弟』を書き始める直前の時期です。その時期にドストエフスキーは「ロシアの『カンディード』を書くこと」をここで述べていたのでした。

実際、『カンディード』で書かれた「最善説との戦い」は信仰における最重要の問題です。なぜこの世界に悪はあるのか。なぜ悪があるのに神を信じなければならないのか。神がないならば善と悪にどんな意味があるというのだろうか。そもそも、私たちは何を信じて生きていけばよいのだろうか。

ヴォルテールの描く主人公カンディードは、世界を放浪し、様々な出来事や災難とぶつかります。地震や戦争、そして『カラマーゾフ』にも出てくる異端審問官にも出くわします。

カンディードは自分の目でそれらを見て世界の善悪の意味、神の信仰について考察していきます。

カンディードは完成された人間ではありません。まさしく不完全で、それにもかかわらず世界を放浪し究極的なものを探究することになる人物です。ですが、不完全であるからこそ彼はより素直な目で世界を見ていくことができるのです。

これは『カラマーゾフ』の主人公アリョーシャとも重なってきます。アリョーシャも様々な出来事を通して神とは何か、善悪とは何かを感じとっていくことになります。

そして有名な「大審問官」の章の前でイワンがアリョーシャに語る幼児殺しの話や、世の悲惨さも『カンディード』を連想させます。『カンディード』もなぜ全知全能の神がいるのに世界はこんなにも悲惨なことで満ち溢れているのかと問うのです。

イワンはまさしく、この世界の悪の存在から神への疑問を提出します。それに対しアリョーシャが何を思い、どう動いていくのか、これが『カラマーゾフ』を読む上で非常に重要なポイントとなってきます。

ドストエフスキーが「ロシアの『カンディード』を書きたい」と書き残したことの意味は非常に大きいものであるように思います。

『カンディード』で語られる問題を19世紀末のロシアにおいて改めて問い直そうとした。それがドストエフスキーの立場だったのではないかと私は思うのです。

『カンディード』を読んでからこの章のイワンの言葉を改めて読んでみると、ドストエフスキーがどれほどこの『カンディード』に大きな影響を受けていたかがよくわかります。そして『カンディード』よりもさらに強烈な物語を考え出したドストエフスキーの描写力にはやはり驚かざるをえません。

さあ、次の章でいよいよ物語のハイライトたる「大審問官」の章に突入です!ぜひ心して取り掛かりましょう。

続く

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