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人間観察は人を見下すことになるのではないか?「カラマーゾフを読む」(37)

人間観察は人を見下すことになるのではないか?「カラマーゾフを読む」(37)

第五編 プロとコントラ 一 密約

さあ、いよいよ上巻のラストたる第五編までやって来ました!

そしてこの第五編にはあの「大審問官の章」が待っています。ここまでよくぞ耐え抜きました。ここまで来ればあとはもうジェットコースターのように一気に加速していきます。猛烈なアップダウンも続いていきますので刺激的な読書間違いなしです。

では、早速第一章を読んでいきましょう。

この章ではリーズとの二人きりの会話が展開されていくのですが、やはり目を引くのがアリョーシャによる心理分析です。

前章でスネギリョフが見せた伝説的な振る舞いに対してアリョーシャは冷静にその心を分析します。あの突飛な行動の裏に潜む繊細で複雑な人間心理を実に鮮やかに暴露するアリョーシャ。

これは面と向かって聴いていたリーズだけでなく、読者の私たちも驚かざるをえないほど的確な分析でした。なるほど、こういう人間心理があるのだなと深く頷かざるをえません。さすが心理分析の鬼、ドストエフスキーです。しかと私たちもその心理分析を味わいましょう。

ですが、そんな見事な心理分析に対し鋭い指摘をしたのがリーズです。

あのね、アリョーシャ、今のあたしたちの、いえ、つまりあなたの……いえ、やっぱりあたしたちのと言った方がいいけれど、そういう考え方に、その不幸な人に対する軽蔑は含まれていないかしら……つまり、あたしたちが今、まるで上から見下すみたいに、その人の心を分析していることに?お金を受け取るにちがいないなんて、今あれほど断定的に決めかかったことに、ねえ?

新潮社、原卓也訳『カラマーゾフの兄弟(上)』P540-541

いかがでしょう。他者に対する心理分析は人を見下しているようではないかというリーズの指摘は実に鋭いものがあります。これはドストエフスキー自身も感じていたことだったのではないでしょうか。

ですがそれに対しアリョーシャは特に悩むことなく、すっと返答しています。彼にとってはこの問題はすでに通過済みのものだったのでしょう。ただ、私たちは違います。これは私たちひとりひとりに課せられた問いでもあります。他者の心を分析し、わかったつもりになっていないか。知らず知らずの内に他人を見下していないか。人の心を土足で踏みにじるようなことをしていないか。そんなことを考えさせられるように私には思えます。背筋が凍りそうです。「人間観察が趣味です」とは私には恐ろしすぎて言えません。

そしてこの章ではもうひとつ、私がぜひ注目したいセリフがあります。

それがアリョーシャの次の言葉です。

でも僕は、ひょっとすると、神を信じていないかもしれませんよ

新潮社、原卓也訳『カラマーゾフの兄弟(上)』P552

後にこの言葉が効いてくることになりますのでこの言葉はぜひ覚えておいてください。

しかもこの直前の言葉も私にはとても印象に残っています。

わかっているのは、そういう僕自身もカラマーゾフだってことだけです……僕は修道僧です、修道僧ですよね?僕は修道僧でしょう、リーズ?あなたはたった今、僕のことをお坊さんて言いましたっけね?

新潮社、原卓也訳『カラマーゾフの兄弟(上)』P552

この「僕は修道僧です、修道僧ですよね?僕は修道僧でしょう、リーズ?あなたはたった今、僕のことをお坊さんて言いましたっけね?」という言葉に、私はアリョーシャの揺らぎ、つまり深い懐疑があるように思えてしまうのです。

「僕は修道僧です」と言い切った直後、「ですよね?」と不安が顔を出す。しかしさらに「でしょう」という言葉で推量、あるいは確認が行われます。アリョーシャ自身、深いところで様々な葛藤や自己内省があることがこの不思議な言い回しに込められているのではないでしょうか。

これまで見てきましたように、アリョーシャは単なるおめでたい人間ではありません。現実主義者です。そして色々なことを知り、考えています。その上で「でも僕は、ひょっとすると、神を信じていないかもしれませんよ」という発言をした。

このことは後の展開を考える上でも重要です。何がどう重要なのかはこれからの展開を見ながら考えていくことにしましょう。焦りは禁物です。すぐに答えをくれないのがドストエフスキーです。下手をすると一生かかっても解けない問いを与えてくるのがドストエフスキーです。ここではアリョーシャの奇妙な発言をしっかりと頭に刻み、次の章へと進んでいくことにしましょう。

続く

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