連載小説『夏彩の別れ』第6話(全9話)【note創作大賞2026_恋愛小説部門応募作品】
【あらすじ】
父が、突然亡くなった...。
知念皐月(ちねんさつき)と妹の芽依(めい)は還暦を迎える母のことが心配で仕方がない。残された家族は右往左往するしかない。
それぞれが抱える寂寥感のさなか、父を敬愛して止まなかった会社の元部下が現れる。現在は僧侶を務める御坊英二(おぼうえいじ)は、後日家にきた。彼を通じて少しずつ理解していく父のこと。
母の孤独の隙間を埋めるべく姉妹二人は必死にもがき続けるが...。
一人より二人がいい。二人より三人がいい。
信じ合うことは、助け合うこと。
母を巡る人間模様と家族の再生を描く。
『出会いと分かれ』或る家族の、夏の物語。
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【第1話】⇩
【第2話】⇩
【第3話】⇩
【第4話】⇩
【第5話】⇩
【第6話】⇩
夜明け。一階の窓から家中に差し込む鋭光は眩く美しい。きっと今日が地球最後の日だと突き付けられても、ずっと見続けられるだろう。晴れやかで爽やかな朝には、混迷の時代でも気分や内面を明るくする不思議な力が宿っている。そう、人間の心は、陽(ひ)に照らされなければ生き長らえないように出来ている。血や肉も。
「おはよう」
母とメイは、一階のリビングに示し合わせたように集った。二人とも、同じような服装に同じような仕草。目を擦る、口から漏れた液体を衣服の袖で拭く、欠伸(あくび)をする。文字通りの女親子の素性は期待を裏切らないから、観察していて決して飽きさせることはない。
「二人とも、昨日すごい寝相で、寝言が酷かったよ〜」
私は、少し早口で捲し立てるように話した。
「えーっ?!全然、記憶にない」
母は半ば訝りつつ、不思議そうな表情で訊ねてきた。
「最初は雄叫びみたいだったけど、少ししたらはっきりとした言葉が出ていた!」
「えっ、えっ。何、何?!」
母は不自然なリアクションを見せた。それを見た私は、半ば笑い気味に受け止める。
「全国加重平均時給が1,118円に上がるんだって」
私は話題を変えてみる。
「いつから?」
母は自分事のような表情に切り替わった。
「今年十月かららしいけど、お母さんは1,250円だから、関係ないよね」
メイが「良かったね。母ちゃん」と、嬉々とした声で言う。私も同調して、良かったねを繰り返した。
「二日酔い、はないよね?」
メイが覚悟を決めたような表情を母に向ける。
母は両手で自らの頬に触れた。殆ど残っていない赤みは、薄くピンクに変色していた。
メイは私に何かを求めるように、鋭い目線を投げかけてきた。私は思わず息を一つ飲み込んだ。自分でも驚くほどの大きな音だった。
「お母さん」
「母ちゃん」
「あっ」
願いとも取れる言泡(ことあわ)は一瞬途切れたが、再び浮上をした。メイと私は、まるでお互いが血脈で姉妹同士であることを噛み締めるかのようだった。
「母ちゃん、御坊さんの連絡先教えて」
メイの問いかけに対して、母は最初私たちに鋭い視線を浴びせかけてきた。確かに、子供に再婚相手を紹介される母親はいないだろう。メイと私は、冷たい嫌な汗をかいた。
「えっ!?」
母は私たち二人に「まだ覚えていたの?」と少し惚けた表情をした。
「忘れるわけないでしょっ」
私はメイに加勢するかのように、母にやや厳しい口調で言い返した。母は一瞬、ハァという口元をした。そんなことはお構いなしに、メイと私は毅然とした態度を見せた。
「じゃあ、二人がそう言うなら...」
母はあっさりと折れた。意外なまでに早く、俯き加減で視線を落とした。
「御坊さんの携帯電話番号...」
母はほらと言わんばかりに、小さなメモ用紙に電話番号を書いて渡してきた。
「セッティングするからね」
何の確約もないのに、メイは自信満々の表情だった。いつの間に彼女はこんなにしっかりしてきたのか。ただの一人の妹としか見たことがなく、こんなに頼りになる人だとは思ったことがなかった。何より、それだけメイも必死になっていることが嬉しかった。メイも私も思いはたった一つ。
母に、幸せになって貰いたい。
それ以外でも、それ以下でもない。
想いは一緒だった。
朝食を済ませてから、メイと二階に戻る。
メイの部屋で作戦を考えることにした。
「メイどうする?御坊さんに電話するの私がしようか?」
私は憂慮そうな表情を浮かべる。
「ううん。お姉ちゃん、大丈夫。私が連絡するから」
「どうやって?電話で直接話すの?それとも、メールするの?」
私は母から受け取ったメモ紙をポケットから取り出す。メモ帳には母の乱れた字で、御坊さんの電話番号が記されていた。
「メイ、頑張る!」
たった一言だけ放った後には長い空白というか、大きな余韻があった。彼女が少し大きく見えて、妙な安心感を抱いた。
「何かあったら、私が出るから」
そうだ。メイ一人で御坊さんへ連絡を取らせることは、少し危険が伴う気がする。
風の噂で、御坊さんは独り身だと聞いたことがある。その話は複数の人たちからのものだった。万が一、パートナー的な存在がいたら謝ろう。それぐらいの気概でいた。
アイフォンの画面を操るメイの指が小刻みに震えている。人差し指か、中指か、やっぱり中指か?液晶画面上の数字ははっきりと表示されていない。
「携帯電話故障しちゃったのかなぁ?」
有るはずも無いことを、何回も私に訴えかけるように言う。
最初はソワソワしていたのが、次第にイライラし始めた。精神的に不安定な妹に成り変わってしまっている。
「メイ。ありがとう。私がやるからいいよ...」
私は刺激を与えないように、丁寧に語りかけるように話す。
「メイがやるからいいもん!」
意味のない、強気で強情さを表した面構えをしている。ほぼ高い確率で、姉妹喧嘩になることを予想した。互いに、冷たい汗が左右の額上部にピタリと張りつく。10分後を考えるだけで恐怖感しか起こらない。妹は暗殺者のような目をした。
私は怖気(おじけ)付いた。
私はメイに強く返して、言い争いになりそうになった。今日はいつもとまるで状況が違う。母のパートナーを探す、いや見つけだすというミッションがある。私は、争ってはならない。
「指が動かなかったら、スマホの打込みが出来ないでしょう...」
私は、おそるおそる説得をするように伝える。
「腱鞘炎にでもなったのかなぁ...」
メイは次第におかしな事を言い始めた。自分から言った手前、もう後戻り出来ない窮地に陥ってしまっていた。これをSOSサインと捉えるか、放置してしばらく待つか。私も、精神的に追い詰められていた。そんな簡単に、自分を産んだ人間の再婚相手など見つかるわけがないのだ。
「メイ。肩の力抜いて、もっとゆっくり指を動かしてみたら」
私は、どうすればスマホの画面上の数字をタップ出来るかということを必死に考えていた。
「090がようやく押せた!」
メイが奇声を上げた。
「本当? 良かった!」
私も負けじと声を張り上げて、喜んだ素振りをした。
「お姉ちゃん、ありがとう」
「...んで、その先は?」
私はすぐさま返し、少しだけ急かすようなオーバーリアクションを指で示した。決して感情を表に出さないように優しく表現する。
「ええっと...メモは、っと」
「これでしょう」
御坊さんの携帯電話番号が記された、母から貰ったメモをなぜか私が床の下にあるのを見つけた。メイは完全にテンパっていた。
「私が代わりに押そうか?番号」
「うん。お願いします」
メイは、いとも簡単に自らのスマホを私に差し出した。私は何の躊躇もなく受け取った。
「そう言えば...」
私はこう言うなり、操る指先が思わず止まった。
「電話か、メールかどっちで考えていた?」
メイに内心あれだけ疑ってばかりいた自分を一旦省みた。自分だって、いざとなれば何も出来ないのではないか。
「電話でいいんじゃない?」
メイは、思っていたより冷静だった。
「そうだよね」
「お姉ちゃん。それしか無いんじゃない?」
「うん。分かった」
私は妹の何を理解したのかよく分からなかったが、この世に生息する唯一の姉としてYESかNOかをはっきりと返さなくてはならない。殆どの返答は前者ではあるが、よく分からないまま画面の数字を素早く操った。
「じゃあ、発信ボタンを押すよ...」
「もちろん」
私は一つ息を呑んだ。普段からは、考えられないくらいの大きな音が喉元から聞こえた。
プププ、プププ...
渇いた発進音がニ階の狭い一室に響き渡る。緊張した面持ちの二人の身体中で大音量に聴こえた。その驚いたお互いのリアクションを見合った途端、更に緊張感は増した。張り詰めた緊張はピークに達した。
電話には誰も応答しない。
「お姉ちゃん。番号、御坊さんのじゃないんじゃ...」
私は電話口の前で、御坊さんが見知らぬ番号を見て困っている様子がふと思い浮かんだ。普段、大らかで豪放磊落そうな人こそ実は警戒心が強いことが多い。つまり、余計な事には関わらないようにして注意深く生きている。御坊さんもそうなのだろうか?
しばらく待っても着信が無いから、メイが痺れを切らしたように呟く。
「母ちゃんに相談してみようよ」
「メイ、それ意味が無いでしょ...」
思わず私はメイを制するように言う。でも、彼女が言うのも理解出来る。このまま連絡が無ければ、別の方法で御坊さんに連絡を取るか。いや、別の方法と言うか残された伝達ツールはメールしかない。メールはメールでも、ショートメールだ!
ショートメールで交信するなんて、一体何年振りだろう?異常なまでに昂奮を覚える。文字を打ち込んで送信すると言えば、令和に於いてはもはやLINEしか思い浮かばないから。
そもそも、自分の為じゃない通信動作はなんて虚無で、しかも無意味にさえ感じるのだろう。一番身近な母のことでさえ厄介事のように思えるのは、きっとこれ以上の不幸は訪れないだろうという確信に似た予感があって、しかも今は言霊が叶う夜明け前だから。誰だって、きっと人と繋がっていたいという至極単純な願いを抱いて日常を生きていることに、気がついた。
夏彩の別れ(なついろのわかれ)』
【第6話完】
【第7話に続く】⇩
