見出し画像

連載小説『夏彩の別れ』第7話(全9話)【note創作大賞2026_恋愛小説部門応募作品】

【あらすじ】
父が、突然亡くなった...。
知念皐月(ちねんさつき)と妹の芽依(めい)は還暦を迎える母のことが心配で仕方がない。残された家族は右往左往するしかない。
それぞれが抱える寂寥感のさなか、父を敬愛して止まなかった会社の元部下が現れる。現在は僧侶を務める御坊英二(おぼうえいじ)は、後日家にきた。彼を通じて少しずつ理解していく父のこと。
母の孤独の隙間を埋めるべく姉妹二人は必死にもがき続けるが...。
一人より二人がいい。二人より三人がいい。
信じ合うことは、助け合うこと。
母を巡る人間模様と家族の再生を描く。
『出会いと分かれ』或る家族の、夏の物語。
_________________________________________

【第1話】⇩

【第2話】⇩


【第3話】⇩

【第4話】⇩

【第5話】⇩

【第6話】⇩

【第7話】⇩

 「ええっと...」躯(からだ)の中で谺(こだま)がする。
 心臓の鼓動だって普段ほとんど聞こえてこないのに、変な意識が回ると過剰に福音が聴こえることがあると、何かの記事で読んだことがある。自分が無意識のうちに発しているサインなのか、単に思い詰め過ぎているのか...自分で、自分のことが段々と分からなくなってきていた。
 「お姉ちゃん...」
 「分かってる、分かってるって」
 「お昼ご飯になっちゃうよ」
 「なに、それ?」
 「今、なんかすごいボーっとしていたよ」
 自分でも分からない。母を想うばかりに、無駄な事を色々考え過ぎて、私自身がおかしくなっていたのか。
 「げっ!?」
 ショートメールを送った主である私は、届かなかったEメールがそのままエラーになって、着信箱に入っているのに気がついた。
 「お姉ちゃん、どうしたの?なんか、蛙でも踏み潰した様な奇声あげて...」
 メイは、私がパニックになったのかと訝しんでいるのだろうか?
 【父の七回忌ではお世話になり、ありがとうございました。知念皐月(ちねんさつき)です。突然のメールを差し上げることをどうかご容赦ください...】
 自らのメール文面を音読してみる。えっ、これ私?私が書いたの?思わず、溜め息に近い哀愁と共に声が漏れる。マジ、マジ、マジ?
 「お姉ちゃん、文章硬いよー」
 メイは、私の溜め息に容赦なく被せてきた。
 私は、さらに大きな溜め息を吐いた。
 「そうだよね。緊張感丸出しのようなメール」
 どうして、自分の文章ってこんなに肩肘張ったように見えてしまうのだろう。読み上げた時の気恥ずかしさは言葉では表現出来ない。もし、一言で表すならば、羞恥しかない。
 こうも言っている場合ではなかった。母の為、母の為、と念じるように呟く。なんとかなるなんとかなるなんとかなる。もう、私自体が言霊だ。
 「お姉ちゃん。そもそも、ショートメールじゃ気持ち伝わらないんじゃない?」
 私はメイの一言に過剰に反応した。
 「気持ちはメールでも、伝えられる」
 「いや、そうじゃなくて...」
 「そうじゃなくて?」
 「うん。字数が短いってこと」
 「ああ...。そういうことね」
 「ご理解くださいました?」
 「はい、分かりましたっ」
 私は思わず敬礼ポーズをメイにしていた。彼女は、自分がやらないとなると急に冷静になった。
 「じゃあ、メイ。指示して」
 私は頭を下げてから一つ笑った。
 突然、手に持っていた携帯電話がけたたましく鳴った。
 「お姉ちゃん、音、大きいな〜」
 着信音は大音量でもない。メイは驚嘆と嫌悪が混在した、複雑な表情をした。
 スマホの画面に表示された番号を見る。どこかで見覚えのある番号だった。
 「えっ!?」
 御坊さんからの電話だ。私は思わず、瞬間的に携帯電話をメイに渡した。
 「おっ、お姉ちゃん」
 私以上に慌てふためいたメイは、すかさず携帯電話を返してきた。
 「あっ、あ、私が出なきゃ」
 私は一つ深呼吸をして、興奮した気持ちを落ち着かせた。そうしている間に、電話の着信音は消えた。
 「私が、かけ直すからね」
 先ほど着信音がなった瞬間は焦っていたのに、不思議なくらいに冷静だった。折り返し電話があったという事実を、まずは一度ゆっくりと噛み締めていた。
 「お姉ちゃん。良かったね」
 メイも安堵の表情を浮かべた。
 でも、ここからが本当の勝負。これを乗り越えなければ、家族の明日はない。そんな、強い気持ちがメイにも伝わっただろうか。いや、伝わったからこそ着信があったに違いない。思い続けていつか言語化して、想いを伝えなくてはならない。
 「よし!」「うん!」
 まるで、音が鳴る。
 「じゃあ、いくよ」
 「お姉ちゃん、よろしくお願いします」
 阿吽の呼吸で合った。
 二階の窓から一つ光が刺した。思わず天を仰いだ。もう、後戻りは出来ない。私は、携帯電話を強く握り締める。心に秘めた決意も一緒に。
 もう一度先の着信番号を確かめる。
 090...2626。えーっと。090...つるつる。
 母が書いた十一桁の番号と合致した。メイと二人して、喉元から音が聴こえるほどの生唾を飲み込んだ。お互い思わず目が合った。
 送信ボタンをゆっくりと押す。
 プププ、プププ。プルルルルルル。
 心臓が飛び出しそうで、少し怖くなった。
 電話の向こうから、確かに、男性の声がする。
 「はい、御坊です」
 私は手が震えていた。
 それは期待を象ったような声だった。電波のせいか、少し耳障りが悪いその声は、一瞬、人違いかと思ったがそうではなかった。紛れも無く、御坊さん張本人だ。
 私の携帯を持つ手が更に震える。緊張が一気に張り詰めたように音を立てる。
 「知念皐月ですっ!」
 「あれ、サツキさん?」
 「はい!」
 御坊さんは私の声だと認識した途端に急にトーンが変わった。穏やかで優しく、どこにでもいる中年男性の声だった。
 「どうしたの、こんな時間に?」
 「えっ?」
 「ごめんね。こんな時間ってもう少しで正午か」
 私は、御坊さんの乗りツッコミに思わず笑いが漏れた。二階の隣部屋にいるメイも内容が分からないはずなのに、つられたように笑った。
 「御坊さん、こちらこそ突然すみません」
 「ぜ〜ん、ぜん。大丈夫」
 「ショートメールを送ってしまいましたが、間違いです。後で消去して下さい」
 私は、自らの行為を全否定する。
 「ショートメールしてくれたの?いやー、全く気がつかなかったよ」
 「そうなんです。でも、送信直後に私のほうに戻っていたから、届いていないかも...です」
 私は、ただひたすらに早口で話していた。御坊さんは何回もハイハイ頷きながら、時折、苦笑していた。私は安心しきっていた。先ほどまでの切迫感は一体何だったのだろう、と思いながら。
 窓際に居た私は陽の光を浴び続けていた。御坊さんとの話しは数十分程度和やかな感じで進んでいた。七回忌の御礼、メイが七回忌を境に協力的になったこと、家族で日帰り温泉旅行に行ったこと、そして母のこと...。無駄と思える雑談話は雰囲気を温めるには充分過ぎた。
 「で、今日は何かあったの?」
 少し籠もった声で返って来た。私は見知らぬ陰が襲いかかってくるような恐怖感を抱いた。悪寒がし、なぜ自分が御坊さんと電話をしているのかとさえ疑い始めた。
 メイは行け!と言わんばかりに、私に向かって指を差していた。
 逃げ場を失くした私は「自分は長女だ」と胸を突いた。
 電話口の先から複数回聞こえる「どうしたの?」は、実際の回数より多く感じ始めている。それはやがて、幻聴のようになっていた。少し気分が悪くなり、ふらつきすら覚えた。
 口から吐く息を、敢えて無理やり鼻から放出した。決して、御坊さんに緊迫感を伝えてはならないと直感で悟ったからである。想いを伝える気持ちだけは、不思議とギリギリの所で踏み止まっていた。疲弊した心に、何か見えない力がまだ残っていた。
 「母と、また会って頂けませんか?」
 覚悟を決めた一言は、意外にもはっきりと言いきれた。発した途端に激しい悔悟に襲われた。嫌な汗が体中から溢れる。身体全体から酸い匂いがした。
 電話口の先は急に しんと静かになって黙っていた。メイが小声で「お姉ちゃん、どうしたの?」と反応をした。私は自らが持っている携帯電話を指差すポーズを見せた。
 「...分かりました。また、伺ったらいいんですね?」
 御坊さんは、急に畏まった様子で丁寧に言葉を返してきた。何が伝わったのだろうかと、私は訝らずにはいられなかった。同時に、彼が便宜的に言っただけではないことを願い、電話を強く握った。
 「また日時は母と相談してメールしますので」
 私のほうが、何か事務的で淡々と伝えてしまったと思った。悪いことをしているわけではないのに、間違ったことをしてしまったかと一瞬錯覚した。
 「じゃあ、引き続きメールで遣り取りしましょう」
 御坊さんは切り際に「これから携帯ショップに行くから」と、返してくれた。その優しい声はどこか懐かしく、憧憬の念を抱かせた。私は電話をして良かったと、心底から胸を撫で下ろしていた。

夏彩の別れ(なついろのわかれ)』
【第7話完】
【第8話に続く】⇩

#note創作大賞 #恋愛小説部門

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集