連載小説『夏彩の別れ』第8話(全9話)【note創作大賞2026_恋愛小説部門応募作品】
【あらすじ】
父が、突然亡くなった...。
知念皐月(ちねんさつき)と妹の芽依(めい)は還暦を迎える母のことが心配で仕方がない。残された家族は右往左往するしかない。
それぞれが抱える寂寥感のさなか、父を敬愛して止まなかった会社の元部下が現れる。現在は僧侶を務める御坊英二(おぼうえいじ)は、後日家にきた。彼を通じて少しずつ理解していく父のこと。
母の孤独の隙間を埋めるべく姉妹二人は必死にもがき続けるが...。
一人より二人がいい。二人より三人がいい。
信じ合うことは、助け合うこと。
母を巡る人間模様と家族の再生を描く。
『出会いと分かれ』或る家族の、夏の物語。
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【第1話】⇩
【第2話】⇩
【第3話】⇩
【第4話】⇩
【第5話】⇩
【第6話】⇩
【第7話】⇩
【第8話】⇩
未来はいつだって茫洋(ぼうよう)としている。忌まわしき記憶を脳裏に残した儘(まま)前に進んでいくしかない。
「お姉ちゃん、どうだった?」
御坊さんとの電話を切ってから、間髪を入れずにメイが私の目を凝視する。
私は溜め息混じりにメイの顔をじっと見返す。
「なんかお姉ちゃん、顔やつれてるよ」
目の前の顔が二重になって、ぼやけるくらいに私は疲弊していた。こんなに緊張して電話をしたのは何年か振りだったから、余力は無かっただろう。でも、後味は清々しく達成感は味わったことがないほどにあった。
「少し、横になっていい?」
私はそう言って、今いる二階の畳の部屋から離れたくなかった。ここから離れずにこれからのことを考えたいと思った。
ここから見える隣室には仏間がある。昼下がりの部屋には一筋の光が刺していた。まるで、父が降りてきたような優しい陽のように見えた。
「じゃあ御坊さんは、来週土曜日の正午に来る、ということで」
私がそう言うと母は、一階のリビングに掲示してある大きなカレンダーに【御坊さん】と太字で書いて、さらに大きな丸で囲んだ。来週土曜日は八月の第二週目で、あえてお盆の週を避けたのだった。たとえ上手く行こうとも、そうならなくとも、亡き父をきちんと迎える為に心と気持ちの準備を整えようと、母とメイの三人で示し合わせたのだった。
「何か賭け事みたい」
メイはコーヒー豆を軽量スプーンで計り、ミルケースに入れながら勝負師のような顔をした。そう、これは新しい家族の船出が懸かっている。
「ママ、いつも通りで。自然体でね」
「メイ、何?プレッシャーの圧が、なんか凄いんだけど...」
何かを警戒するような一言がリビング中に響き渡る。メイには代弁してもらった気がした。母に見えないように手でゴメンのポーズをした。
「で、御坊さんは何か言っていたの?」
母は底辺から睨むように、メイを足の爪から頭の方へ視線を向けた。
「特には、何も」
「そう...」
母は少し淋しそうだった。
「何も言ってはなかったけど、父ちゃんと会うこと楽しみだって」
メイは吐き捨てるように言葉を返す。
私は驚いた表情で、止めて止めてと何度も手を振った。母とメイは数十秒間、凌ぎ合うように目線を合わせた。私は何とも居た堪れない気持ちになり、メイが離れた際にコーヒーメーカーのほうに思わず歩み寄って手をかけた。
豆を細挽きする。強いコクが出て、より濃厚な味が抽出された。何でも少し時間をかけたほうが絶対に上手くいく。
最後、コーヒーカップを取り出す手が少し震えたが、何とか三人分のコーヒーを淹れた。
「はい。お母さん」
コーヒーカップをテーブルに置く緊張は無かった。心の奥底にある、母を必ず幸せにするという確固たる信念が、強い気持ちを維持しているのだから。メイと私の分も、順々にテーブルに置いていく。
「うわぁ。サツキ、メイこのコーヒー豆いつものと違う」
グアテマラ産から、美奈子さんから貰ったブラジル産の豆に差し替えておいたのだ。メイが小さくガッツポーズをして私を見た。
「何か、コーヒー豆の自然な苦みの味がして美味しい」
「母ちゃんの為に用意させて頂きました」
「メイ、ありがとう」
コーヒーの優しい薫りは、忽ち笑い声と共に室内に香(かぐわ)しく立ち込めた。
メイは「母ちゃん、意気込みを一言」と手でマイクのフリをして問いかけた。
「家族の明るい未来の為に頑張る!」
母はこう言い放ち、堂々と宣言する姿が頼もしく映った。
「お母さん。自分の為に、ね」
私は母の背中を摩るように優しく触れた。
「自分の為に...生きる...か...」
「そう。母ちゃんの一度きりの人生だから」
メイは母の肩を撫でるように触れた。
「なんか、力が漲ってきたわ」
母はマッスルポーズを見せる。こんなに自信満々な表情を見たのは久しぶりだ。
「お母さん、力まずにね。いつも通りのお母さんならきっと大丈夫だから」
力瘤(ちからこぶ)に触れた私は両肩を回し、深呼吸してとリラックスさせようとした。
「母ちゃん、力み過ぎると空回りするから」メイはこう言うとケラケラと笑った。
普段の母は誰にでも好感を抱かせる前向きな性格と、明るい雰囲気で周りの人たちを楽しませることの出来る人なのだ。きっと、御坊さんじゃなくても母のことを魅力的だと思うはず。例え、御坊さんが運命の人じゃなかったとしても婚活は続けて欲しい。
「サツキとメイ、ありがとうね。ママ頑張るからね」
「ママって...それ、父ちゃんの呼び方」
「あっ」母は、しゃっくりのように不自然な発声をする。
メイは俯いた。
母は面と向かって、私たちに御礼を言ってきた。
「母ちゃん、何も頑張らなくていいんだから」
「そう...?」
「お母さん、頑張って生きる時代なんか、平成でとうに終わっちゃってるから」
「母ちゃん。『頑張れ』ってプレッシャーになるからね」
「頑張れって、言った?モラハラで訴えます!」
母はこう言うと、天を仰いで高笑いをした。
私たち三人は、コーヒーが入った小さなマグカップで乾杯をした。
カツーン。まるで、木製バットの芯部分にボールがジャストミートしたような心地良い音がした。
「女三匹にカンパーイ!」
私は勢いよくそう言うと、声高らかにカップを高く上げた。
「なんか母ちゃんの闘うオーラが凄いことになってきている!」
メイは、目を爛々と輝かせて言った。
私は「よっ、一家の家長」とおだてて煽る。
家族は一致団結して、怖い者無しといった感じの雰囲気になった。
「これからも協力して頑張るぞ!よし、じゃあ行くぞー。エイエイオー!」
母がこう言うと、全員で円陣を組んだ。
家族の雰囲気は、父が亡くなって以来、今までになく最高潮に達した。
夏彩の別れ(なついろのわかれ)』
【第8話完】
【第9話(最終回)に続く】⇩
