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連載小説『夏彩の別れ』第9話(最終回)【note創作大賞2026_恋愛小説部門応募作品】

【あらすじ】
父が、突然亡くなった...。
知念皐月(ちねんさつき)と妹の芽依(めい)は還暦を迎える母のことが心配で仕方がない。残された家族は右往左往するしかない。
それぞれが抱える寂寥感のさなか、父を敬愛して止まなかった会社の元部下が現れる。現在は僧侶を務める御坊英二(おぼうえいじ)は、後日家にきた。彼を通じて少しずつ理解していく父のこと。
母の孤独の隙間を埋めるべく姉妹二人は必死にもがき続けるが...。
一人より二人がいい。二人より三人がいい。
信じ合うことは、助け合うこと。
母を巡る人間模様と家族の再生を描く。
『出会いと分かれ』或る家族の、夏の物語。
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【第1話】⇩

【第2話】⇩

【第3話】⇩

【第4話】⇩

【第5話】⇩

【第6話】⇩

【第7話】⇩

【第8話】⇩

【第9話(最終回)】⇩
 御坊さんを待つ一週間は瞬く間に過ぎた。
 前日である金曜日の夜は十八時には家族三人全員が帰宅して、リビングやトイレ、洗面所、廊下、そして仏間に玄関など、あらゆる場所を清掃することになっていた。
 「ただいま」
 母とメイは既に帰宅している。二人の声が聞こえる。
 玄関は塵一つないくらい整理整頓されている。
 「今朝ね、電車の中で御坊さんに似た人が乗っていたよ」
 メイが私を玄関で出迎えてくれ、にこやかに話し掛けてきた。
 「そう...」
 「お姉ちゃん、テンション低っ!」
 いつもより甲高い声で返してきた。明日は御坊さんと母のお見合いの日だ。色々想像するうちに、頭の中に一匹の蝿がグルグルと駆け巡った。
 「明日のことを考えると何か憂鬱になってね。なかなか、仕事も思ったように手がつかなかった」私がこう言うと、メイは突然大声で笑い出した。
 「えー!?お姉ちゃんらしくない!」
 メイと私は、正反対な性格らしいことが今さらながら気がついた。何かが起こって、分かることがある。どんな事象にも功罪は存在する。父が亡くなったことは、決して悪いことばかりではなかったと思えるようになった。私は一人ぶつぶつとつぶやく。父が亡くなったことは、誰のせいでも無いと思う。死は側から見れば全て孤独なもの。いつかは、みな死ぬ。
 ボーっとしていると、そのうち母まで玄関に迎えにきた。
 「サツキ、大丈夫?」
 我に返った。一瞬何かが私の身体の中にスッと入り、自分を見失いそうになった。
 私は大丈夫だ、そう言い聞かせて玄関を上がり、リビングに向かう。
 入った途端、眩しいぐらいの閃光が目に映った。肉眼では捉えきれない何か。
 「お姉ちゃんどうしたの?」
 私が目を閉じた儘、立ち止まるのを心配したメイが声を掛けてきた。
 「お姉ちゃん、大丈夫?」
 「サツキ、体調悪いの?」
 リビングにある机の上は、埃一つ無いぐらい綺麗に拭かれていた。
 「お姉ちゃん、見て、机の回りは私が掃除したんだよ」
 自らを誇示するかのように指を差す。
 「サツキねぇ、メイが相当気合いを入れてピカピカにしてくれたのよ。褒めてあげて」
 母が手放しでメイを褒めている。なかなか見られない光景だった。母がメイを褒めるのを初めて見た。
 母は、三面鏡の前で化粧を始めた。
 私は大きく目を動かした。
 「あっ、これ?明日のメイクどうしようかと思って」
 母はやけに嬉しそうな表情をこちらに向ける。こんな表情を見たのはいつ以来だろう。少なくとも、父が亡くなってからは初めてだ。
 「お母さん、あんまり目元のチーク濃くしないほうがいいと思う」
 私は母の気力を削がないように丁寧な口調で話す。
 「じゃあ、薄く皺を隠すぐらいが丁度いいのかしら?」
 「うん。身体の部位と同じで隠しきれないものはどうしても出ちゃうから、なるべく自然で...」
 「そぉ?ありがとう」
 母は現実を受け入れつつ、その反面ではベースメイクを濃くし過ぎたせいで厚化粧になっていた。
 「でも何か、やっぱり落ち着かないよね?」
 母は、急に不安そうな顔色を覗かせた。

 清々しい心持ちで朝を迎えた。落ち着いた気持ちがあればあるほど、嵐の前の静けさが怖いと思うことがある。結局のところ気は持ちようで、余計な不安など持ち合わせてなくてもいい時がある。
 「おはよう」
 二階の自室で七時に起床して、一階のリビングで第一声が母とメイに届いた刹那、二人とも笑顔でこちらを振り返った。
 心底から、この家に産まれて来て良かったと思った。頭の脳裏には母が言う、
 「ワタシ、この儘、全て、終わってもいいかなって思う...」という、一言が思い浮かんだ。
 「家族は一つのクルーで、全員で力を合わせて荒波に立ち向かう、なんてよく言ったものよ」
 母はこう言うなり、ニヒルに笑った。
 「新しいメンバーが必要になる日がいつか来るといいよね」
 メイが間髪入れずに笑う。
 私も相好を崩した。
 「笑うしかない」メイがこう言うと、母は「笑わないとやっていけない」と口を尖らせた。味わったことのない思いが湧き起こる。
 「ぼちぼち準備始めますか?」
 誰からともなく、そんなセリフが室内に聞こえた。精神的に全員がピークに達していた。
 「御坊さん来るの12時だったよね?」
 母はこう言うと、メイと私の肩を叩いた。
 「ほら、二人共。元気出して」
 自然と笑いが漏れた。
 「『人間万事塞翁が馬』よ。一寸先はどう転ぶか誰にも分からない」
 母は、どうもマウントを取って、メイと私を頷かせたいようだった。
 メイと私は一つ大きく唾液を飲み込んだ。まるで生成AIのような音は、早朝の乾いたリビング中に響き渡り、しばらく消える気配はなかった。
 「これ、お寿司のネタ、御坊さんに合うかしら?」
 母はこう言って、自宅近くの寿司チェーン店のチラシを見せて嬉々として話す。
 「それでいいんじゃない。日本人でお寿司が嫌いな人はいないでしょ」
 私は分かりきったように、まるで定型文しか話さない店員みたいに滔々と答える。
 「そうね。でも、特に苦手な魚介類とかはあるのかしら?」
 「御坊さんって、食物アレルギーとかあるの?」
 メイが思い出したように話す。
 「下調べしておくべきだったか」
 私は、嘆息を漏らす。
 「仕方ないか...」母も続く。
 一人ずつに布製の赤色のランチョンマットを敷き、取り皿を人数分真ん中に置く。飲み物はソフトドリンクを数種類用意した。あとは、使用するグラス。
 「母ちゃん、お酒は?」
 メイが目をクリクリさせて言う。
 「最初は、ノンアルコールビールよね?サツキ?」
 母は私に、何かを背負わせるような目で訊ねてきた。
 「うん。今日は、お酒は止めとく?」
 一言だけ返して、母に押し付けるような表情を返す。
 そうこうしているうちに時間は経った。
 突然、私のお腹が鳴った。
 「そう言えば、皆んな朝ご飯食べていなかったわね」
 母は心配した直後、自分のお腹が鳴ったことに気が付き、メイも釣られるように「キュルルー」とお腹を鳴らした。
 「お寿司も無事注文したし、これで安心」
 母は、私が携帯電話でインターネット上から注文したのを確認してから、何か大仕事を終えたような清々しい表情をした。
 「本当。安心だね」私は母の表情を見た。
 「何か、食欲湧かないね」不安そうに母が言った。
 「まぁ、しばらくしたら御坊さん来るから...」
 私がこう言うと、母は「そうね」と一言だけ呟いた。
 ピンポーン。
 玄関先から聴こえるインターフォン音がいつもより家中に響く。私はいつもより通る声で返事をする。まるで、星に願いが届くように。
 「はーい!」
 受話器を持つ手が思わず震える。
 「御坊です」
 落ち着き払って澄んだ声だった。
 メイと勢いよく廊下を駆ける。玄関先に飾った七夕飾りが視界に入った。幼き頃の思い出がふと甦る。
 「本当にまた来てくれたんですね」メイが、御坊さんを見てケラケラと笑う。涼風が笹の葉を揺らした。
 「今日は七夕ですよね」御坊さんがにこやかな顔を見せる。
 「御坊さん、これどうですか?似合いますか?」
 私はメイとお揃いの白のワンピースの丈の部分に軽く触れておどけた。
 「すごーい、お揃いのワンピース!」
 御坊さんは、割れんばかりの拍手をして「さすがにお二人ともお若いですね」と続けた。なぜだか、時折、目頭を押さえて。
 「御坊さん、そんなに喜んで貰えて嬉しいです」
 私はメイとアイコンタクトを交わしてグータッチをする。
 突然、廊下の奥から床を叩くような大きな足音が聞こえる。 
 「えっ、母ちゃんー?」
 凡そ、聞いたことのない、天地が激しく揺れるような叫び声が廊下中に轟く。
 一体いつの間に購入したのだろうか。私たちと全く同じ白いワンピースという出立ちで登場した。母は年甲斐もなく、私たちより遥かに短いスカートの裾丈を指先で掴んでエヘっと笑った。まるで、天にまで昇るバレリーナの如く。

 「御坊さん、こんにちは。」
 「お母さん...なんで?いつの間に??」

 「奥さん!ブラボー!!サイコー!!!」
 御坊さんは麦わら帽子を恰幅よく放り投げて、母の両手を握って快哉を叫んだ。

 しかし、あれから何があったのだろう。御坊さんの毛髪は綺麗さっぱり全て剃られていて、見事な禿頭(とくとう)になり果てていた。今日は、いつもより黒縁眼鏡のフレームが太く見える。
 私とメイは御坊さんへ軽く会釈をした。彼は、首を微動させて笑みを浮かべていた。その様は豊穣かつ優美で、どこまでも穏やかだった。

 「えー。なんか、いい感じの三姉妹みたいじゃぁ、あ、あーりませんか??」

 御坊さんは、お世辞なのか何なのか、これでもかと言わんばかりの礼賛を送ってきた。微笑ましそうに私たちを見つめるその柔和な眼差しは、ずっと遠くの、遥か未来を見据えているようだった。


『夏彩の別れ(なついろのわかれ)』完
#note創作大賞 #恋愛小説部門

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