見出し画像

出張者が現地で重傷 本社のあなたはどうする

【連載】アジア安全講座 第6回

安全サポート株式会社
代表 有坂 錬成

駐在員・出張者を危険からどう守るか。今回は、海外出張中の社員が事件事故や災害に巻き込まれた際の本社の対応。本人や家族に代わってシビアな判断を下さねばならない場合もある。(聞き手=編集長 岡下貴寛)


レクチャー1
出張者が重傷を負った


海外出張者が大きな事件(事故、災害)に巻き込まれたと現地の当局から連絡が入った。重傷を負って一人では動けない(あるいは意識がない)状態だという。


――本社の人は何をすべきですか

会社がそれを知った時点で、病院に入っている可能性が高いです。けがをして倒れていたなら救急搬送されます。その意味では病院を手配することはありません。
 
会社としては、できるだけ早いタイミングで誰か人を送り込みましょう。本人のサポートをしなければいけません。容体が落ち着いてからでなければ、日本に連れては帰れませんので。
 
深刻なケースを想定してみましょうか。例えば、負傷箇所が壊死して命に関わるから手足をどこか「切断しなければいけない」と現地の医師が言っている。本人の意識はない。どうしますか、と問われている。それを誰かが判断しなければいけない。誰が判断するのか。判断も早く行わねば命が危ない。

「本人の意識がなく、家族にも連絡がつかない場合を想定しておくべき」と有坂氏(NNA撮影)

――会社が判断をするのでしょうか
 
普通は、まず本人のご家族に連絡を取って了解を求めることになります。
 
ただ、われわれが机上訓練によく用いるのは「家族に連絡がつかない状況」という設定です。そのまま何もしなければ、壊死が広がって死亡する可能性が極めて高くなる。1時間以内に回答しなければならない。でも、例えば両足を切断するなどというような決断を、会社が行ってもいいのか。
 
そうした場合にどう答えるべきなのかということを、あらかじめ想定して、会社として定めておく必要があります。普通に考えれば生命が最優先ですが、本人や家族から「なぜ現地の病院に切らせてしまったんだ」と言われる可能性もあります。本人や家族が判断できれば「壊死のリスクがあっても足を残す道を選びたかった」というような話も出かねません。どちらを選ぼうとトラブルになったかもしれないという場合は考えられます。

厳しい状況設定
とことん考える


――訓練や想定問答を行いますか

 
こういうテーマの訓練はもう山ほどやってきました。これは精神的にきついです。本社の危機管理体制や対応時の取り決めをどうするのか、とことん考えさせるためにあえて極端な想定事例を用いることも必要です。
 
あくまで架空の話ではあるものの、必死になって考えます。会社はどういう立場を取るべきか、経営者や担当者はどうするべきなのか。そうすると、実際のマニュアル作成や対応基準を決める際、本当に考え抜かれたものになります。
 
危機管理を担当する課長が、両足切断の判断をするのかといえば「いや、部長に相談します」と。役員まで行っても一緒で「会議で検討しないと」みたいなことになり、なかなか決められません。

でも、経営会議など開いている暇はないですからね。社長にもなかなか電話がつながらないとか、逆に社長まですぐにつながって、さあどう対応しますかという設定にすることもあります。
 
厳しい心理状態に追い込まれた上で、そこでどのような考え方で判断を行えば、本人や家族に納得してもらえるような会社としてのまっとうな答えを出せるのか。それが肝心だと思います。
 
「重傷だけど意識はある」という場合は分かりやすい。本人に決めさせることができますから。ただ、意識不明だと本人は決められない。その時に誰かが判断しなければいけないというのが、医療事案としては難しいんです。

――死亡した場合は
 
出張者が亡くなった場合は、基本的にはご遺体を搬送して日本まで連れ帰ることになります。
 
死亡確認を行うために誰かが現地へ行かねばなりません。多くは本人をよく知るご家族の方が行きますが、テロ、暴動、大きな災害などで引き続き被害が発生しそうな危険性があると、ご家族は行かせないこともあります。その時は、自社の社員や大使館員などが赴きます。
 
なお、ご遺体の損傷が激しい場合、現地ではあまり修復できないことが多い。日本まで連れ帰れば、そのようなご遺体の修復を行う会社が空港にあります。そこで修復してからご遺族にお渡しする、という流れでしょうか。

昨年12月、台北市中心部のショッピング街で男が通行人らを刃物で次々切りつけ、3人が死亡、10人以上が負傷する事件が発生した(NNA撮影)

レクチャー2
行方が分からない


社員の出張先で大きな事件(事故、災害)が発生したという報道があった。その社員と連絡が途絶え、行方も分からなくなった。


――どこかへ逃れたのか、隠れているのか、連れ去られたのか、身動きできないような状態になってしまったのか

無事に逃げのびたなら、どこかの時点で本人から連絡してきますよね。この場合は自然に解決します。
 
でも、大きな車や崩れた建物など何かの下敷きになったり、川に流されたりしたとなると、誰かが見つけ出さない限り分かりません。警察、消防、軍などの現場を処理する人が見つけてくれるのを待つことになります。
 
連れ去りについては、そもそも連れ去られた事実や形跡があるのかどうか。目撃した人がいるとか、犯行側が声明を出したとか。ただ、その場合もどこの誰が連れていかれたのかまでは、よく分からないことが多い。

タイの地震で倒壊した建物(NNA撮影)

――連れ去られた場合、会社はどうすれば

まず、テロだった場合。例えば、パレスチナのイスラム組織ハマスがイスラエルから民間人を連れ去ったようなケースだとしたら、会社は何もしようがない。残念ながら、いち企業にはできることがありません。
 
テロ以外にも、身代金目的の誘拐事件の被害に遭うことはあります。その場合、企業が誘拐保険を契約していれば、解決に向けた犯人との交渉の支援や身代金も保険で対応することが可能になります。

保険代理店が広く販売している保険ではないため、保険会社の社員でも知らない人が多いのですが、危機管理の世界では常識的な選択肢になっています。

政治デモが過激化し、無差別な暴動に変わることもある(NNA撮影)

既往歴、薬、アレルギー
医療データを持たせる


――出張者に持たせておくべき物は


会社が出張者に持たせるべき物としては、身分確認できる物、それから本人の医療データです。
 
既往歴、常用薬、使えない薬、アレルギーの有無など。こうした情報がすぐに分かるか否かで、生命に関わる局面で行える治療が変わってきます。
 
それから、意識がない時に連絡してほしい宛先を、その国の言葉や英語で書いたカードがあるとベターですね。

身分証カードを廃止し、デジタルに移行するケースが増えている(NNA撮影)

有坂 錬成(ありさか・れんせい)
安全サポート株式会社 代表取締役 上席コンサルタント

三井住友海上でドイツ駐在、本社での駐在員送り出し業務、および危機管理業務を担当。1999年、外務省に出向し、官民合同の海外安全対策を担当。「誘拐対策マニュアル」の編集や「海外安全ホームページ」の基となったサイトの立ち上げにも携わる。

安全サポート株式会社
創業20年。海外派遣者の危機管理に特化した危機管理会社。社員の命を守るために必要な、全ての業務をワンストップで提供。顧客は企業、政府機関、大学、業界団体など幅広い。企業担当者向け無料セミナーも多数提供。https://www.anzen-support.com/


【連載バックナンバー】
■5 出張先でテロ遭遇 銃乱射をどう逃げる
■4 海外出張中に事故で重体 会社がとるべき3つの対応
■3 出張者を狙う海外の犯罪 ケチャップ、薬物、ニセ警官にご用心
■2 出張者は「安全弱者」 空港ロビー着後の攻防
■1 海外社員の命を守る「体制」を守り抜く