ミャンマーの湖上で暮らす 少数民族に寄り添う猫
【連載】アジアの猫 第6回(最終回)
グラフィックデザイナー & 写真家
南幅 俊輔
連載「アジアの猫」は今回が最終回です。取り上げるのは、10年ほど前に訪れたミャンマー。最大都市であるヤンゴンのお寺をはじめ、旅の途中で出会った猫たちはみな個性的で、気付けば写真をたくさん撮っていました。特に印象に残っているのが、北東部シャン州のインレー湖で出会った猫たちです。

実は「アジアの猫」について連載の話を受けた時、最初に頭に浮かんだのがミャンマーでした。
2021年に軍事クーデターが起き、今ではあちこち気軽に旅することは難しい国ですが、私が訪れた頃はとても魅力的な旅先でした。壮大な景色と親切な人々がとても印象的で、日本に帰ってからしばらく「次はどの街に行こうか」と思いを巡らせていたほどです。
中でも風光明媚(めいび)な景色で観光地としても人気の高いインレー湖は、どこか懐かしい雰囲気で強く印象に残りました。
インレー湖はその後、地震や水害など度重なる自然災害で大きな被害を受けました。クーデターの影響もあり観光客は激減。復興は進まず、湖の環境や周辺の人々の生活は様変わりしてしまったと聞きます。
少し古い写真ですが、またこの湖が美しい景色を取り戻せるよう祈りを込めて紹介したいと思います。

「ジャンピングキャット」の子孫たち
インレー湖は、少数民族の人々が湖の上で暮らしていることでも知られています。家やお店は木で組まれ、水の上に浮かぶように建てられているのが特徴です。



湖上にあるガーペー僧院は、ボートツアーで必ず立ち寄る人気スポット。1844年に建立され、大きな本堂には多くの仏像がまつられています。靴を脱いで木の床を歩いていると、猫たちがすっと横切っていきました。


このお寺では、かつてジャンピングキャットと呼ばれる猫の曲芸が有名でした。僧侶が猫に輪くぐりをさせるもので、観光客の人気を集めていたそう。その子孫に当たる猫たちが、のんびりと自由に過ごしていました。


猫たちの様子を写真に収めて帰ろうとした時、急な雷雨に襲われました。観光客や地元の人たちが次々とお寺に避難してきて、あっという間に人でいっぱいに。雷の音も激しくなり「湖の上の雷はこんなにも怖いものなのか」と実感しました。
雨宿りをする間、不安そうにしている人たちのそばで、猫たちは変わらずゆったりと過ごしていました。その姿に、自然と気持ちが和らいでいきます。特別なことをするわけではありませんが、お寺にとって大切な存在なのだと感じました。

インレー湖では貸し切りのボートで移動していたのですが、船頭をしてくれた若者もとても印象に残っています。湖畔の観光スポットごとに降りて見て回るため、待ち時間は30分から2時間とばらばらだったのですが、毎回ちょうどいいタイミングで船を岸に着けてくれました。その正確さは驚くほど。手作りの傘袋ひとつを見ても、几帳面でまじめな人柄が伝わってきます。
水位の低い場所では、船を降りて押す場面もありましたが、そのたびに近くにいた村の人たちがさっと手を貸してくれました。こうしたさりげない親切に、何度も心を打たれました。




猫と人の距離が近い
インレー湖の他にも、ヤンゴンや落ちそうで落ちない黄金の岩「ゴールデンロック」で有名な東部モン州の観光名所 チャイティヨー・パゴダ(仏塔)を訪れました。

猫を撮っていると、どこでも人々が気にかけてくれます。ある場所では、おばあさんが猫がでんぐり返しする様子を何度も見せてくれたり、写真を撮りやすい場所に案内してくれたりしました。猫も不思議とおとなしく応じていて、人と猫の距離の近さを感じました。


旅から時が経った今も、あの時に出会った人々の優しさや空気は忘れることができません。インレー湖の静かな水面と人々の営みが再び調和し、この湖に穏やかな日常と本来の美しさが戻る日を、心から願っています。そして、いつかまたあの場所を訪れたいと思っています。



【連載バックナンバー】
■5 カンボジアの遺跡群 アンコールワットに暮らす猫たち
■4 タイの古都チェンマイ 青い瞳の子猫に魅せられて
■3 マレーシア・ランカウイ島 楽園にくつろぐ猫たち
■2 台湾の「猫村」 廃坑の村が世界から脚光
■1 世界遺産をバックにキリリ トルコ・イスタンブール編

南幅 俊輔(みなみはば・しゅんすけ)
グラフィックデザイナー & 写真家
盛岡市生まれ。2009年より外で暮らす猫「ソトネコ」をテーマに本格的に撮影活動を開始。ソトネコや看板猫のほか、海外の猫の取材、その他さまざまな動物たちの撮影も行なっている。著書は『ワル猫カレンダー』(マガジン・マガジン)、『美しすぎるネコ科図鑑』(小学館)、『コアラのひみつ』(カンゼン)、『ハシビロコウのボンゴとマリンバ』(辰巳出版)など多数。最新刊に『心が軽くなるシマエナガのことば』(ブティック社)、『世界一しあわせな動物 クオッカのすべて』(廣済堂出版)がある。

