【ちょっと昔の世界一周】 #49 《旅が創られていく》
ギョレメからパムッカレへ…
私を乗せたバスは進んで行く。
パムッカレ
名前は聞いたことがなくとも、真っ白な棚田に美しいトルコブルーの水面が広がっている写真を見たことがある人も多いであろう。
旅の前にトルコの観光スポットを調べていた際『ここに行きたい!』と目を奪われた。
そう思ってルートに組み込んでいたのだが、訪れたかった理由はもう一つ。
それは、日本人がいる旅行会社&食堂があるらしい!
本来であれば、バンコクで旅行会社に行ってからは、現地の日本人関係のお店には行かない予定であった。
なので、ここで久しぶりに日本人に出会い、安心しよう。そう考えていた。
それがどうだろう。
ビエンチャンでのタカダさんとルームシェアから始まり、タケオでの日本人宿デビュー。
さらにトルコに来てからは、イスタンのツリー、シオリさんとの二人?旅、シンジさん達との飲み…夕食会…
日本人だらけである!
それだけいい出会いに恵まれていたのだろう。
結果として、久しぶりに感じる〝日本〟ではなかったのだが、やはり安心感はある。
なによりツリーで聞いたのだが、パムッカレに住んでいるノリコさんの食堂で食べることのできる
日本人が作る日本食
が食べたくてしょうがない。
パムッカレの石灰棚よりも、どちらかというとそちらに引かれ、心を弾ませながらバスに揺られていた。
*****
トルコでの長距離移動はバスが主役。
その為、大きな街に限らず、国中の様々な街へと簡単に行ける。
しかし、規模を問わずどこへでも…
さすがにそれは難しい。
なので、大きな街までは大人数を乗せる大型の長距離バス。
そして、そこから小さな町へはミニバスで移動をする。
チケットは最終目的地までなので、乗り換え時は流れにのっていけば問題ない。
ギョレメに着いた時はこの流れで乗り換えのバスが遅れたのだが、さすがに今回はそうならないことを願い、窓の外を見ているとどうやらバスターミナルに着いたようだ。
荷物を持ち、パムッカレ行きのバスに乗るであろう他の乗客たちに付いて行く。
幸運にも(当たり前だが)バスはすでに来ていた。
チケットを見せ乗り込むと、あっという間にいっぱいになりすぐに出発。
無事にパムッカレへと辿り着いた。
とはいえ、旅で重要なのはここから。
荷物を持った状態で、できるだけ動き回りたくはない。
到着と同時にタクシーの客引きが来るのは旅あるある。
もう慣れたものである。
「どこ行くんだ!俺の車に乗れ!」
言葉は完璧に分からなくとも、言いたいことは十分に伝わる。
そんな客引きの中の一人が、私が日本人だと感じたのだろう。
「ノリコ、ノリコハウス?」
と言ってきた。
ツリーで聞いていたが、ノリコさんはトルコ人の旦那さんと結婚し、パムッカレで食堂と旅行会社をやっている。
なので、パムッカレに行く日本人(特にバックパッカー)はだいたい彼女のところに行く。
この客引きもそのことを知っているのだろう。
「Yes !! Noriko !! I wanna Go !!」
(そう!ノリコさんのとこに行きたい!)
さすが、在住の人は知られている。
すると、周りの客引きたちも一斉に
「Walk !!! Near !!!」
どうやら歩いて行けるらしい。
ある意味、親切な客引きたちだ。
儲け関係なく、アドバイスをくれている。
ひとまず、彼らの指差す方へ歩いて行く。
一応、ツリーで住所と大体の地図はカメラに収めていることもあり、進んでいくとすぐに見つけることができた。
【ラム子のロカンタ】
情報通り、ノリコさんの店の名前が書かれた旅行会社が目に入ってきた。
ロカンタとはトルコ語で〝食堂〟という意味。
ここが日本人の作った日本食が食べれる、とてもありがたい食堂だ。
ドアを開けると中に入ると、トルコ人らしき男性が一人でいる。
『あれっ、ノリコさんじゃない...』
と、一瞬思ったがそれならそれで、いつもの雰囲気でいくことにする。
「メルハバ!」
トルコ語の挨拶も慣れたものだ。
男性は、挨拶を返してくれたあとにこう質問してくる。
「ニホンジンデショ。ノリコ、イマクルヨ!」
あっという間に安心感に包まれる。
その言葉通り、すぐにノリコさんらしき女性がやってきた。
さすが今まで数多くの旅人と関わってきただけ合って、こちらの聞きたいこともすぐに分かってくれて、宿を教えてくれたり石灰棚の話も色々と教えてくれる。
「高いけど、ご飯食べたい時はおいで〜」
と言われたら、行くしかないだろう。
宿へチェックインも済ませ、観光したら絶対に来ます!と伝え、石灰棚へと足を進めた。
*****
パムッカレの石灰棚とヒエラポリス
ここは世界遺産にも認定されている。
カッパドキアほど名の知れた観光地とは言わないが、やはりそこは世界遺産。
多くの観光客が訪れる。
ノリコさん曰く、入場料が最近値上がりしたとのことだったが、それは仕方のないことだろう。
正直言って、パムッカレの街は人が少ない。
イスタンブールはもちろん、ギョレメよりも遥かに落ち着いている。
経済的なことはよく分からないが、この街にとってこの世界遺産は様々な意味で大事なのだろう。
宿から少し歩くと、遠くからでも巨大な石灰棚が見えてくる。
入口に向けた看板通りに進むと、入場口がありそこでお金を払う。

そこから広がる石灰の棚田。
そこに温泉水が流れている。


その温泉水により、何年もかけてこの棚田が作られていったらしい。
ラオス・サワンナケートから、基本的にサンダルで移動している(ミラノでの出来事はそれも原因だろう…)こともあり、うっすらと水が張っている棚田もそのまま歩けるのだが、周囲の人たちは裸足で歩いている。
私もサンダルを持って歩いてみることにした。


実はこの世界遺産は〝がっかり〟遺産と言われている。
パンフレットでは、一面に広がる白の世界にトルコブルーの水が張り巡らされているのだが、実際はというとそれほど水がない…
場所によっては水着で温泉に入っている人たちもいるのだが、そんな場所は数えるほどしかない…
温泉水の枯渇問題や、景観の管理の面で以前のような状態では無いとのことだが、写真を期待してくると当然物足りないであろう。
しかし、私の目的は〝ノリコさん〟(問題のある言い方…)
なので、ここはおまけである!
他の人たちにとってはがっかりでも、私にとっては素晴らしい景色。
思う存分満喫できた。
さらに、この世界遺産は石灰棚だけでは無い。
ヒエラポリスと呼ばれる〝古代都市〟の遺跡も見どころの一つ。






旅を通し遺跡好きになった私。
ある意味、石灰棚よりもこっちを楽しみにしていた。
しかし、こちらは…
これは旅のルートの関係もあるだろうが、イタリアで多くの遺跡を見てきた。
建造物としての美しさはさすがであった。
さらに、崩壊した都市という意味では、アンコール・ベンメリアで体感していた。
なので、ヒエラポリスも素晴らしかったのだが、物足りなさを感じてしまった。
よくよく考えれば贅沢な悩みである。
これも含めて私の旅。
そんなことを思いながら、私は街へと戻って行った。


*****
観光も終わり、その足で【ラム子のロカンタ】で食事を取る。
久しぶりの日本の味に感動していると、日本人らしき男性が入ってきた。
彼に対し、ノリコさんが
「今日の夜出発だったよね。観光でもしに行くの?」
と声をかけていた。
男性はというと、そうしようかなぁ〜。と言いながら、席に着く。
注文を聞きつつ、日本人いるよ。と私を紹介してくれる。
お互いに挨拶をし、せっかくなら…と相席で食事をする。
彼は今夜のバスでイスタンブールへと向かうらしい。
私はこの後【エフェス】に行くことを伝え、お互いに旅の話で盛り上がる。
しばらく話し彼は散歩に、私は昨夜の移動もあったので昼寝でもしようかと思い宿に戻る。
よくよく考えると、お互いに名前を伝えることもなく、話し込んでいた。
これも旅の面白さ。
人見知りだった私が、こんな感じで何気なく人と話す。
これも私の旅。
少しずつ、私の旅が創られていく。
